AIエージェントの「物忘れ」を防ぐMicrosoftの長期記憶アーキテクチャ「Memora」とは?

Microsoft Researchが2026年6月29日にAIエージェント向けの長期記憶アーキテクチャ「Memora: A Harmonic Memory Representation Balancing Abstraction and Specificity」を公開しました。長期間にわたる会話や作業の履歴をAIエージェントが効率よく保存し、必要な情報だけを取り出せるようにするメモリシステムとなっています。
https://www.microsoft.com/en-us/research/blog/memora-a-harmonic-memory-representation-balancing-abstraction-and-specificity/

多くのAIエージェントは会話のたびに記憶がゼロから始まるような仕組みになっており、大規模なプロジェクトでは長い履歴を毎回読み直すか、外部データベースから関連情報を検索する必要があります。会話や資料が増えるほど処理に必要なトークン数は増え、情報を短く要約すれば数字や条件のような細かい情報が抜け落ちることもあります。長期的に働くAIエージェントにとって、記憶の扱いが大きなボトルネックになっています。
AIの記憶を改善する既存のアプローチには会話から個別の事実を取り出す「Mem0」、文書や会話の断片を検索して回答に使う「検索拡張生成(RAG)」、人や物事の関係をグラフとして整理する「Zep」や「GraphRAG」などがあります。
ただし、細かい情報を残そうとすると記憶の断片が増えすぎ、全体の流れが分かりにくくなります。一方で要約を強めると検索は楽になりますが、日付や例外条件、合意に至った経緯などの詳細情報が消えやすくなります。Memoraは細かい情報を保ちつつ整理しやすさも両立させる技術とのこと。
Memoraの特徴は「何を保存するか」と「どう探すか」を分ける設計です。保存される中身は「memory value」と呼ばれ、会話の流れやプロジェクトの詳細などを詳しい内容として保持します。一方で検索に使う入り口として「primary abstraction」と「cue anchors」が用意されます。primary abstractionは記憶の主題を短い語句で表したもの、cue anchorsは関連する人物名や予定や話題から記憶へたどり着くための手がかりです。

たとえば「デイブとサラがProject Orionの試作品を4月1日、試験導入を5月2日、実用最小限の製品であるMVPを5月30日に延期することで合意した」という記憶がある場合、Memoraは詳しい内容をmemory valueとして残します。検索用には「デイブとサラが合意したProject Orionの更新スケジュール」のような主題を用意し、「デイブ」「Project Orion」「試作品スケジュール」「試験導入の予定」といった別の入り口も作ります。
人間が昔の出来事を思い出すとき、日付から思い出す場合もあれば、人の名前やプロジェクト名から思い出す場合もあります。Memoraは複数の手がかりから同じ記憶へ向かえるようにすることで、単純なキーワード検索や似た文章の検索だけでは拾いにくい関連情報へ到達しやすくしているとのこと。
さらにMemoraは検索結果を一度にまとめて返すだけではなく、検索方針を段階的に見直す「policy-guided retriever」を備えています。AIエージェントは最初の検索で足りない情報があれば手がかりを広げ、関連しているが表面的には似ていない記憶も探し、十分な情報が集まったところで検索を止めます。
長い会話を扱うベンチマーク「LoCoMo」の結果は以下の通り。「Memora(S)」は意味的に近い記憶を検索するシンプルな方式、「Memora(P)」は「policy-guided retriever」を使用した方式です。Memora(P)は生成された答えが正解と意味的に一致しているかを見るLLM判定でのスコアが86.3%に達したほか、両方式とも全文脈を読み込ませる方式やRAG、Mem0などの手法を上回ったとのこと。また、全文脈を読み込ませる方式と比べて最大98%少ないコンテキストトークンで動作したと説明されています。なお、Memora(P)は高性能な代わりに検索に複数のステップを使うため、Memora(S)より処理時間が長くなるとのこと。

記事作成時点でMemoraはまだMicrosoft 365 Copilotなどの既存製品には追加されておらず、Microsoft Researchによる研究成果とコード公開という段階です。
Microsoft Researchは今後の方向性として、記憶検索やタスク失敗から記憶システムを改善する「MemLoop」、十分な文脈が集まるまで記憶の作成を遅らせる「Deferred Memory」、チームや複数エージェント間で知識を共有しつつ出典やアクセス範囲を管理する「Group Memory」にも触れています。「AIエージェントが毎回すべてを忘れる存在ではなく、長期的に協力し知識を積み上げる存在になるための土台としてMemoraを公開した」とMicrosoft Researchは述べています。
