PKを蹴る中村俊輔コーチ(カメラ・今成 良輔)

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 日本サッカー協会が、日本代表・中村俊輔コーチ(48)に北中米W杯後も続投オファーの提示を検討していることが29日までに分かった。今年4月に電撃入閣を果たし、今大会に向けた5月下旬の国内合宿から代表に帯同している中村コーチは、直接FKの指導や攻撃の練習メニューの作成を担当するなど森保ジャパンをサポート。長く代表の10番を背負ってきたレジェンドが、2030年にモロッコ、ポルトガル、スペインで共催されるW杯でも代表スタッフの一員として臨む可能性が出てきた。

 中村コーチが北中米W杯後も継続して、日本代表の指導者として強化の一端を担う可能性が出てきた。日本協会関係者によると、森保監督続投の場合はもちろん、後任監督が日本人、外国人かを問わず、監督交代となった場合でもサッカーの方向性を話し合った上で、同コーチのスタッフ入りの可能性を模索、検討していくという。

 中村コーチは、今年3〜4月の英国遠征後に森保監督から直接コーチ入りを要請されて、4月中旬に電撃入閣。その際、山本昌邦技術委員長(68)は「我々サイドとしても5年、10年先の代表チームを託せるような人材の有力な候補の一人でもあると考えている。彼がスタッフとしてW杯を経験するのは選手時代とまた違った経験で、成長のチャンスでもあると思っています」と話していた。先を見据えた抜てきの意図もあり、次の4年間も日の丸を背負って戦う選手をサポートする可能性は高い。

 コーチとして帯同したのは、W杯に向けた5月下旬の国内合宿からだった。それでも、DF菅原が「本も買っていたし、もうアイドルです。俊輔さん、そのままでいてくれることが僕らにとってプラスになる」と語ったように、現代表選手たちは、現役時代に代表の10番を背負ってプレーしていた俊輔コーチを見て、育った世代。レジェンドの存在そのものが、選手にとって大きな力になっている。

 また、コーチとしても既に攻撃の練習メニュー作成などの役割も担う。W杯に向けたメキシコ・モンテレイでの事前合宿では、FKのスペシャリストとして“FK塾”も開講。指名した伊東、鎌田、田中、菅原、久保のキックをゴール裏からチェックし、映像で撮影する場面も。伊東が「日本人では一番憧れていた選手。やっぱり一番FKのうまい人から教われるのは大きい」と明かしたように、今大会中も“レジェンド効果”は間違いなく見られた。

 今回は大会直前での参戦だったが、続投が決まれば次は4年間かけて、30年W杯に臨むことが出来る。長く日の丸の10番を背負って戦ってきた俊輔コーチが代表チームに残ることは、間違いなく日本サッカーにとってもプラスになる。

◆今後の動き

 日本協会は今後、2030年W杯(モロッコ、ポルトガル、スペイン共催)へ向けて監督、コーチ陣の新体制人事を本格化させる。代表監督を巡っては、北中米W杯が2大会目の指揮の森保一監督(57)の3期目続投も、選択肢の一つとなっている。

 森保サッカーの踏襲を含めた日本人路線が現状可能性が高いとみられ、ロス五輪代表監督の大岩剛氏(54)も協会が高く評価しており、次期監督候補の一人に挙がる。また、外国人監督を招へいする案も残す。選定の手順は、強化部会、技術委員会で代表監督としての要件を検討する。その上で日本協会の宮本恒靖会長、山本昌邦技術委員長、会長が指名する助言者(1人)の計3人で候補者を決め、理事会で決定する流れ。後任監督を決定次第、コーチ陣の組閣を行うのが通例。外国人監督の場合、スタッフを自国から連れてくるケースが多い。

◆中村 俊輔(なかむら・しゅんすけ)1978年6月24日、神奈川・横浜市生まれ。48歳。桐光学園高から97年に横浜M入団。2000年、日本代表デビュー。同年シドニー五輪出場。02年にイタリア1部レッジーナ移籍。スコットランド1部セルティック、スペイン1部エスパニョールを経て10年に横浜M復帰。磐田、横浜FCでもプレー。日本代表通算98試合24得点。06、10年W杯出場。23年より横浜FCコーチを経て、26年4月に日本代表コーチ就任。178センチ、71キロ。家族は妻と4男1女。リーグのカテゴリーは当時。