自衛官は「貧乏人」で「人殺し」なのか? 日航機めぐるデマに海自の元最高幹部が警鐘――「マスコミによる深刻な人権侵害は看過できない」
つい最近も「自衛隊に入るのは経済的に厳しい家庭の子だけ」といった趣旨の発言で国会議員が猛烈な批判を浴びたように、公務員に対する誹謗中傷に世論は厳しい目を向け始めた。そんな中、根拠なく自衛官を「殺人犯」扱いする陰謀論の拡散について、元海上幕僚副長の真殿知彦氏は「メディアによる深刻な人権侵害だ」と警鐘を鳴らす。
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きっかけはテレビ番組での評論家の発言か
私は今年2月、『日航123便墜落「撃墜説」の真相 海上自衛隊元最高幹部が解き明かす』(PHP研究所)という本を出した。
2025年4月、参議院外交防衛委員会において佐藤正久議員(当時)は、1985年8月に発生した日本航空123便墜落事故について、「海上自衛隊が日航123便を撃墜した」「陸上自衛隊が火炎放射器で遺体を焼却した」といった主張の真偽について政府に質した。

上記の主張は、いずれも「青山透子」なるペンネームの覆面作家の著作に記されたものだが、答弁に立った防衛大臣らは当然その内容を「偽情報」だと否定した。
海上自衛隊の横須賀地方総監であった私は、この国会中継を通じて初めて青山透子という人物の存在を知った。国会で取り上げられるほど深刻な問題となっていることに驚き、直ちに図書館で青山氏の著作を数冊精読したが、そこには一読して直ちに虚偽と判別できる、自衛隊に関する事実無根の記述が数多く並んでおり、強い衝撃を受けた。
そもそも日航123便墜落事故をめぐる陰謀論は、40年前の事故当時から存在した。当時の関係者の証言によれば、事故直後から一部メディアでは「自衛隊の救助が遅い」といった批判があり、ある航空評論家がテレビ番組で「自衛隊の標的機との衝突の可能性」について何ら根拠を示すことなく言及したという。おそらくこれが、自衛隊による「撃墜説」の最初の発信であったと思われる。
同様の主張は一部週刊誌でも展開されたが、当時から各自衛隊の広報室はメディアの取材に対応し、そうした言説を明確に否定していた。同種の「撃墜説」を書籍化する者はその後も現れたが、いずれも荒唐無稽な内容に過ぎず、社会的に大きな影響を持つことはなかった。
相手にする暇がないほど忙しい
防衛省・自衛隊がこれらにどう対応してきたかといえば、少なくとも私の知る限り、省内や自衛隊内部では話題に上ったことすらなかった。一般の方は「これほど話題になっているのになぜ対応しないのか」と疑問に思われるかもしれないが、防衛省・自衛隊は、日々の情勢分析、防衛力整備、日米同盟の維持、防衛協力、演習・訓練など、極めて多忙な任務を抱えている。
加えて、少子化に伴い自衛官の充足率は低下の一途をたどり、反比例して増え続ける仕事を定員未満の人数で回さなければならない。メディアの取材があれば広報担当者が回答するが、防衛省への取材も経ずに出版される荒唐無稽な虚説や、SNS上の投稿に逐一対応する暇はない、というのが実情である。
しかしながら、SNSの影響力が飛躍的に拡大し、主要メディアを「オールドメディア」などと揶揄して信用しない風潮が広がるにつれ、「陰謀論」はもはや看過できない存在となってきている。
ナチスと同じ手法
このような時代にあって、マスメディアの責任は、かつてなく重大である。ナチスの宣伝戦略として知られる「嘘も百回繰り返せば真実になる」という手法が再び社会を支配するようになれば、人類は同じ悲劇を繰り返すことになるだろう。
日航機に関する青山透子氏の著作を刊行し続けている出版社は、事実に基づかない虚偽のストーリーによって、元自衛官たちを大量殺人の加担者のごとく繰り返し描写してきた。いわゆる「陰謀論」は商業的に売れやすいという業界の構造的事情もあるだろう。出版不況が続く中、真偽の慎重な検証よりも販売部数の拡大が優先された可能性は否定できない。
護衛艦がミサイルを発射した、航空自衛隊のパイロットがミサイルで止めを刺した、陸上自衛官が火炎放射器で遺体を焼却した――こうした記述がいずれも事実無根であることは、当時の現場を知る存命中の元自衛官たちの実名・顔出しでの証言によって、明確に否定されている。
彼らが「殺人犯」であるかのような社会的印象を与えられ、その名誉と人格、すなわち基本的人権が著しく侵害されていることは、看過できる問題ではない。自衛官に対する人権侵害を放置すれば、ただでさえ深刻な自衛隊の人手不足に拍車が掛かり、日本の安全保障を根底から脅かすことになるだろう。
もちろん、「言論の自由」や「権力監視」は民主主義社会に不可欠である。しかし、マスメディア自身が「第4の権力」と呼ばれるほど強大な影響力を持つ以上、その行使に際しては、何よりもまず人権への最大限の配慮が求められるのは当然である。報道と言論に携わる者が最も守るべきものは、センセーショナルな物語ではなく、人間の尊厳そのものだからである。
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真殿氏が新潮QUEに寄稿した論考【なぜ政府は日航機「撃墜説」を放置してきたのか 陰謀論が国民の「生命・人権」を脅かす時代】では、学界や報道機関が果たすべき責任、外国の情報機関がこうした陰謀論を利用する手法について、詳細に論じている。
デイリー新潮編集部
