【旭川女子高生殺害】懲役27年を求刑された内田梨瑚被告「責任はすべて私にある」と言いながら殺意を否定したのはなぜか
北海道旭川市で2024年4月18日に女子高生が殺害された事件で、殺人罪などに問われている内田梨瑚被告(23)の裁判員裁判が6月8日に結審した。6月22日の判決を前に、臨床心理士の岡村美奈さんが、内田被告の裁判での発言を振り返り分析する。
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被告本人しか知り得ない殺意を認定するのは難しい。この事件はその難しさを露わにしている。
北海道旭川市の景勝地「神居古潭」にある吊り橋から、2024年4月、当時17歳だった女子高校生Aさんを転落させ殺害したとして、殺人や不同意わいせつ致死、監禁の罪に問われている内田梨瑚被告。5月25日から始まった公判では「殺意の有無」が焦点となった。
被告は一貫して「殺意は全くありません」と主張する一方、被害者の父親は「どうかあいつを、娘が望む判決を下してください」と法廷で悲痛な声をあげた。ネット上には、被告へ厳罰を望む声が広がる。監禁や暴行、全裸にするなど自分勝手で残酷なやり方で、被害者の人格や尊厳を傷つけ、死に追いやったことが知られているからだ。
行為の悪質さから殺意があったと推定されるにもかかわらず、全裸にした理由を問われ「死にたいというから、本当に死にたいのか確認するため、全裸になれと言った」と答えている。そして、橋で土下座させたり、欄干に座らせたことについても「死にたいと言わなくなると思った」と主張した。
逃げられなくする、屈辱を与える、屈服させる、支配し自分のコントロール下に置く……全裸にした理由について、そう考えるのが一般的だろう。共犯の小西優花受刑者(21)を”舎弟”と呼ぶことからわかるように、被告は人間関係に上下、主従をつけることを好む性質であることも読み取れる。
人間関係に主従をつける傾向が強い人間だからこそのやり方で、内田被告は相手を服従させ意のままに動かし、全能感にも似た快感を得ていたのではないだろうか。そのような状態で支配する相手に何回も「死ねや」「落ちろ」と言った。被害者の死を望み、死に至らしめたかったとしか思えない言動に、殺意がなかったというのは矛盾しかない。
「殺意は全くありません」の真意
刑法で殺人罪が成立するには、故意(殺意)があることが必要とされる。そして殺意は「確定的故意」と「未必の故意」に分類される。
「確定的故意」は殺してやるという殺意により相手が死亡する結果を意図した場合や、結果の発生が確実だと認識した場合。「未必の故意」はそうなるだろうという可能性を認識し予見しながら許容した場合で、死亡しても構わないという心理状態でも殺意があるといえる。
内田被告は”橋の欄干から落ちたら死ぬかもしれないとわかっていたか”という問いには「はい」と答えたが、”殺意があるということか”には、沈黙の後、「今は思います」と、犯行当時の殺意を否定。別の質問には「危険なことをしていたので、殺意があったと言われるのは当然と思います」と曖昧な言い方をした。つまり、「確定的故意」はもとより「未必の故意」を認める気もないという主張だろう。
自分が行ったことの罪を理解しているのか、内田被告の答弁からは真意が分かりにくい。
「責任はすべて私にある」と言いながら殺意は否定。追及されると「直接的に橋から落としていませんが、私の言動によって女子高生を橋から落下させてしまったのは間違いないと思います」と発言。直接的に落としていないとしつつ、女子高生が「落下した」ではなく「落下させてしまった」と述べた。女子高生が死ぬように仕向けたという認識はあるものの、そこまでするつもりはなかったから殺意はない、という理屈だろう。
事件後に携帯電話のデータを削除し、車で轢いて壊すなど証拠隠滅を図っていた内田被告。最後の主張では「殺意を持っていたのは共犯の女(小西受刑者のこと)」とした。「反省、謝罪、償いの日々を送ります」という発言はしたが、真摯な謝罪の心は見えてこなかった。
検察側は有期懲役の量刑としては最大となる懲役27年を求刑した。22日には、どんな判決がくだされるだろうか。
