「毎晩、舐めさせられた」4歳で入所した養護施設で“性虐待”を受け…「TikTok日本一」まで上り詰めたアーティスト(25)が明かす“地獄のような幼少期”
ダンボールの土台を回転させると、志村けんやハリー・ポッター、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』の主人公「ジャック・スパロウ」など著名人が浮かび上がる――2023年9月から摩訶不思議な「ダンボール影アート」を制作し、TikTokの平均再生回数で日本一にも輝いた黒主厳太さん(25)(※1)。今やSNSの総フォロワー数は300万人を超え、国内だけでなく「バーバリー」など海外の超有名ブランドともコラボするほどの人気ぶりだ。
【写真】「毎晩、舐めさせられた」性虐待やネグレクトを受けていた黒主さんの幼少期や、SNSで大バズりした「ダンボール影アート」などをじっくり見る
※1:100万人以上の登録者を持つ国内のTikTokアカウント(24年6月末時点)が、2023年7月1日〜2024年6月30日に投稿した動画。投稿後に削除された動画もカウントする。BitStar調べ。
実は、そんな彼にはギャンブル依存症の両親の下で育ち、児童養護施設で苛烈ないじめや性被害を受けた過去がある。世界的なバズアーティストとなった黒主さんの壮絶な生い立ちを聞いた。

ダンボール影アートが世界的な注目を集めている黒主さんの家族写真(本人は写真右、写真は本人提供)
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2024年にはTikTokで「日本一」に 世界が注目する「ダンボール影アート」とは?
――ダンボール影アートは、どれもSNSで大きくバズっていますよね。いつごろから制作されているんですか。
黒主厳太さん(以下、黒主) 2023年9月から各種SNSで作品を投稿しはじめたところ、すぐに注目されました。特に「志村けん」さんの作品が大きく跳ねて、フォロワーが約40万人から約200万人に急増しました。
2024年には、TikTokの『平均再生数』と『平均エンゲージメント率』でどちらも1位を獲得しました。(※2)
※2:同前
――題材やテーマなどで意識していることはありますか。
黒主 当初から世界的なバズを狙って作品を制作していました。「誰もやったことのないアートであること」、「世界的に知られている人物をテーマにすること」、「言葉がなくても理解できること」もそうですし、テーマによってターゲットを決め、その国で見られやすい時間に投稿しています。またハッシュタグは2〜3個に限定し、広範囲で適応できるものを使用することを意識しています。ただ、狙っていたとはいえ、反響は想定以上でした。
――ちなみに作品は、どんな風に作っているんですか。
黒主 ダンボール箱の上にアートを作り、土台を回転させてできる影で2つの絵柄を表現しています。使っているのは、ごく普通のダンボールです。手で細かくちぎって、DIYなどに使われる工具のグルーガンで貼り付けて制作しています。1作品あたり制作時間は約6〜8時間。絵柄は全て、頭のなかで設計しています。
ゴミ屋敷で生まれ育ち、「腐ったパン」を食べるなどの極貧生活
――ホームページで過酷な少年時代や起業の背景をつづられています。幼少期は、どのような生活をされていたのですか?
黒主 僕は、ギャンブル依存症を患う両親の下に生まれました。父は個人事業主で網戸の張り替えを営んでいましたが、エアコンの普及で収入が激減してしまって。加えて、稼ぎを全てギャンブルに使ってしまうので、僕が4歳の頃には借金が1000万円近くに膨らんでいたそうです。母には精神的な病もあり、子育てが手に負えない状況でした。
当時、父と母と3人で住んでいたアパートの部屋は、荒れ放題でゴミ屋敷状態。僕自身は覚えていませんが、両親が見ていない間に腐ったパンを食べていたこともあったと祖母から聞きました。両親がパチンコ店にいる間に1人で店の外に出て、車にひかれたこともあります。
――いわゆる「ネグレクト」ですよね。
黒主 生活はとても厳しく、子どもが安全に暮らせる状態ではなかったですね。両親に連れられてパチンコ店に行き、併設されたゲームセンターをうろうろしながら帰るのを待っていました。警察に声をかけられることも度々あって、両親は注意を受けていたようです。
ただ、暴力や暴言などは一切なく、むしろ父はたくさん褒めてくれたし、甘やかされていた記憶があります。
――4歳から12歳までは、児童養護施設で暮らしていたんですよね。そこで壮絶な体験をされたと。
黒主 僕たち家族の状況を見かねた叔母が、「このままでは厳太が危ない」と僕を施設に預けたんです。ただ、その施設は、これまで以上に厳しい環境でした。
僕のように家庭が貧しい子をはじめ、両親がいない子、非行歴があり鑑別所を経て入ってきた子、精神的に不安定な子など、さまざまな背景を持つ子どもが集まっていたため、いじめや暴力が日常的だったんです。
今でも忘れられないのは、同じ部屋になった中学生男子2人から性虐待を受けたことです。
――……どんな内容だったのか、聞いても良いですか。
毎晩、性器を舐めさせられ、施設には違法薬物も……
黒主 毎晩、性器を舐める行為を強要されました。強い気持ち悪さと恐怖をハッキリ覚えています。嫌がったり、職員に伝えようとしたりすると、さらに嫌がらせを受けるため、次第に抵抗をやめてしまいました。
暴力も日常茶飯事でした。一方的に殴られることもあれば、年上の子たちが主導するタイマンに巻き込まれることもあって。僕は幼い頃からどちらかというと穏やかな性格で、人を殴ったり蹴ったりできず、一方的にやられてばかりでした。
あとは、砂場で砂を掘っていたら違法薬物が入ったジップロックを見つけたこともあります。当時はそれが何だかわからなかったのですが、見つけた瞬間に背後から思いきり顔を蹴られて、病院に搬送されました。今思えば、本当に異常な環境でした。
母親は周囲から「妖怪」と呼ばれていた
――あまりにひどすぎて、言葉を失います……。
黒主 「死にたい」とまで思うことはなかったものの、精神的にはかなり追い詰められました。結局その施設で約2年間を過ごし、その後は別の施設に移りました。以前の施設と比べると穏やかに過ごせていたものの、集団生活のため暴力が完全になくなることはなかったですね。僕自身は覚えていないのですが、おそらく体にたくさんアザや傷ができていた様子を職員か叔母が見つけて、施設を移ることになったのだと思います。
――想像を絶する体験で、トラウマになってしまいそうです。
黒主 性行為において「性器を舐められる」のは今でも嫌悪感があります。自分がとても嫌な思いをしたので、女性にもしてほしくないと思ってしまいます。
――ご家族との関係性は、どうでしたか?
黒主 あまり仲良くなかったですね。両親は、僕が施設にいる間ほとんど会いにきませんでしたし。特に、「母親」が大きな悩みのタネでした。病気の影響もあったのですが、見た目がちょっとひどい状態で、周囲に「妖怪」と呼ばれていて……。
〈真っ黒な歯でギャンブル依存症、「妖怪」と呼ばれた母は死に際に「ごめんなさい」と…ネグレクトを受けた男性(25)が、それでも両親を“許せた”ワケ〉へ続く
(小林 香織)
