毎回高視聴率を出す、正月の箱根駅伝。各大学は上位を狙うため、優秀な高校生を入学させようと躍起になっている。スポーツライターの酒井政人さんは「高校トップクラスの選手になると、授業料免除は当たり前で、寮費、食事代、合宿代を大学が負担。さらに返済不要の奨学金を用意するチームもある。月30万円という奨学金を手にする選手もいる」という――。(前編/全2回)

※本稿は、酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
箱根駅伝/一斉にスタートする各校の選手たち=2023年1月2日、東京・大手町[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

■月数十万円を受け取る選手たちがいる現実

箱根駅伝の人気が高まるにつれて、有力選手の場合は、「優勝を狙える大学」「世界を目指せる大学」「練習環境の良い大学」「ブランド力のある大学」「入学条件の良い大学」を吟味して、選ぶことができるようになってきた。その結果、近年は“マネーゲーム”がエスカレートする一方だ。なかには授業料免除の選手を10人近くもスポーツ推薦枠で獲得している大学もある。

高校トップクラスの選手になると、授業料免除は当たり前でプラスアルファが必要になってくる場合もある。具体的にいうと、寮費、食事代、合宿代を大学が負担。さらに返済不要の奨学金を用意しているチームもあるのだ。ある強豪大学は特待生が4段階あり、Cは授業料・寮費免除、Bはプラスして月5万円の奨学金、Aは月に10万円、Sは月に15万円。高校時代の実績と期待度に応じて、選手への“報酬”が変わってくる。

別の大学では月に30万円という奨学金を手にしている選手もいる。筆者が知る限りの最高額で、それだけの奨学金を複数の大学が準備している。「令和4年賃金構造基本統計調査」によると、大卒の初任給は22万8500円。この額を優に超える金額を受け取る選手を「アマチュア選手」や「学生ランナー」と呼べるのだろうか。

この“奨学金問題”は今年3月にあった大学指導者の研修会でも話題になったという。ケニア人留学生も奨学金を受け取っているが、日本では慎ましい生活を送り、ケニアの実家に送金したり、帰国時に大量のお土産を持参する選手が大半だ。一方、日本人で多額の奨学金を受け取っている選手は、ブランド品に身を包むなど、散財する選手が多い印象だ。

筆者が大学時代、授業料免除はあっても、奨学金を出している大学は非常に少なかった。これも時代の流れだろう。しかし、箱根駅伝は「学生が仲間のためにタスキをつなぐ姿が美しい」と感じている人が多いはず。この現実を知ってしまうと、箱根駅伝を観る目が変わってくる可能性がある。そのせいか、読売新聞、スポーツ報知、日本テレビはこの問題に触れようとしない。これも大きな問題だ。

箱根駅伝に出場する選手は無報酬だが、学生ランナーを取り巻く環境では大きなお金が動いている。

■選手のキャリアプランは非常に危うい

箱根駅伝が華やかすぎるため、実業団に進んだ選手たちは目標を見失ってしまう場合が少なくない。箱根駅伝が30%近い視聴率を叩き出す一方で、前日に行われるニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝競走大会)は視聴率10%前後。オリンピックのマラソン代表選手にでもならない限り、学生時代ほど世間はチヤホヤしてくれない。せっかく実業団に進んでも、「箱根駅伝以上の目標を見つけられない」と早々にシューズを脱いでしまうランナーもいるほどだ。

撮影=プレジデントオンライン編集部

また大学で“特別待遇”を受けてきた歪みが、その後のキャリアにも影響している。箱根駅伝で活躍するランナーは、高校・大学にスポーツ推薦で入り、大学卒業後は実業団に進むというのがオーソドックスなルートだ。一般的な学生が経験する「一般入試」「アルバイト」「就職活動」をまったく経験していない。

しかし、競技を引退した後に特別待遇は終わってしまう。企業で一般業務に専念するようになると、苦悩が多いようだ。ある大学の監督は、「競技を頑張ってきたとしても、人生のハードルを越えてきていないんです。1000円稼ぐのがどれだけ大変なのかわからない。高校、大学、企業に苦労なく入ってきているので、社会人になって挫折したときに、次の職がないんですよ」と話す。人生のキャリアプランで悩んでいる選手は少なくないようだ。

「選手は先のことをさほど考えていないですし、勧誘する実業団チームも競技引退後の具体的な説明をすることはほとんどありません。私は選手たちに『必ず引退後のセカンドキャリアを聞きなさい』と言っているんです。そっちの方が大事ですから。そうでないと使い捨てになりますよ。これまで多くの選手が実業団に進みましたが、競技を退いた後、その会社を去った者は少なくありません」(前出監督)

酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)

箱根駅伝でチヤホヤされた選手たちは、実業団に進むときも、破格の条件を提示される場合がある。「自分たちは特別なんだ」とカン違いしたまま、社会人になってしまう。

実業団チームに入社しても、一般業務は半日ほどで、あとは練習に集中できる企業が一般的だ。選手は合宿で職場を離れることも多いため、責任ある業務を任される機会は非常に少ない。競技を長年頑張れば、頑張るほど、同世代の社員との経験値は開いていくことになる。企業戦士としてのキャリアアップは非常に難しいといえるだろう。

最近は「契約選手」も増えてきた。一般業務は免除され、報酬は一般社員より高いが、契約が終了すれば、新たな所属先を探さないといけない。世界大会で大活躍するレベルなら、競技引退後、「指導者」のオファーがあるだろう。しかし、さほど目立った活躍ができなければ、新たな職を探す必要に迫られる。箱根駅伝を目指して、努力した選手たちのキャリアプランはかなり危うい。

----------
酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
----------

(スポーツライター 酒井 政人)