女性との中絶トラブルを報じられた巨人・坂本勇人選手のように、日本のプロ野球選手はたびたび非常識なトラブルを報じられている。どこに問題があるのか。スポーツライターの広尾晃さんは「日本のプロ野球は意図的に一般社会との間に距離をつくっており、選手たちは社会常識や倫理観を学ぶ機会がない。この問題を放置していれば、プロ野球の未来はない」という――。
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契約更改交渉後にオンラインで取材に応じる巨人の坂本勇人=2021年12月15日[同球団提供] - 写真=時事通信フォト

■なぜプロ野球のスキャンダルが多いのか

プロ野球はポストシーズンに突入し、いよいよ佳境に入っているが、最近のプロ野球では、あたかもペナントレースの「サイドストーリー」のように、選手の「スキャンダル」のニュースが、雑誌を中心にメディアをにぎわわせるのが恒例になっている。

巨人の坂本勇人、DeNAの田中健二朗などの女性スキャンダルの話が記憶に新しいが、それ以外にも、春季キャンプ中に女性を呼んで浮気をしたとか、コロナ禍で外出が禁止されている中、女性と密会していたとか、二股三股で女性と交際しているとか、とかく非常識でインモラルなニュースが枚挙にいとまがない。

他のジャンルのアスリートのスキャンダルもなくはないが、プロ野球選手は特に多いようだ。これはなぜなのか?

■女性は誰でも行為の対象だと思っている

2016年に亡くなったスポーツライターの佐野正幸さんは、野球選手との交流も多く、そのプライベートをよく知る人だった。

佐野さんは『プロ野球の世界に生きること」(長崎出版)と言う本で、「プロ野球選手の特性」を列挙しているが、その中には

・ご馳走されても、モノをもらってもお礼は言わない
・女は誰でも「やらせる」ものだと思っている
・何でもやってもらって当たり前だと思っている
・上の指令には恐ろしく従順である
・プロ野球経験のない人の野球に関する意見には素直に従わない

などがあった。

■ほかのスポーツ選手との決定的な違い

プロ野球選手は成功すれば、若くして大企業の社長を上回る収入を得ることになる。自分の金で何でもできるから、ご馳走やプレゼントもうれしくない。

同じ人気スポーツの大相撲の力士は日本相撲協会からもらう給料、場所手当、持給金(本場所毎に支払われる褒賞金)を合わせても収入はそれほど多くない。それよりも贔屓筋(ひいきすじ)(タニマチ)からもらう祝儀の収入が大きいから、経営者など年長者への礼儀をわきまえているし、社会常識を教えてもらう機会もある。

しかしプロ野球選手は「手銭で遊ぶ」ことを好む。自己中心的な遊びをする選手が多いのだ。

また鍛え抜かれた肉体を持つ野球選手は、高校時代から女性ファンから近づいてくる機会も多いから、女性には不自由しない。既婚の選手でも女性と遭遇する機会は多いが、倫理観に乏しい選手の中にはやすやすと浮気をすることもある。

さらに軍隊方式の絶対服従の社会で育ってきた野球選手は、先輩、指導者の言うことには絶対服従だが、野球界以外の人の言うことには、なかなか耳を傾けない。とにかく「野球界のヒエラルキー」の中にこもりがちだ。

端的に言えば、野球以外のことをほとんど学ばず、社会常識やモラルも知らず、閉鎖的な社会で育ってきた若者が、たまたま持ちつけぬ大金を持って、いきなり「全能感」をもったがために、こうしたスキャンダルが頻発するということになるだろうか。

■入団会見前に外車を購入する高卒新人

筆者は数年前に高校ラグビーの強豪である東海大仰星高ラグビー部の湯浅大智監督に話を聞いたことがある。湯浅氏は

「野球と違ってラグビーはいくら強くても、それで食べて行けるわけではない。だから選手には、ラグビーの練習だけでなく勉強もしろ、本も読め、映画も見ろ、見聞を広めろと常々言っている」

と語った。「野球さえうまければ、どんなことでも許される」野球との違いは大きいのだ。

ただ、一方で佐野正幸さんは野球界には「常識人系」と「体育会系」の2つの系統があるとも言っている。非常識な行動をするのは「体育会系」であり「常識人系」はそうではないと言うのだ。

筆者は元ロッテのクローザーだった荻野忠寛さんにはいろいろご教示いただく間柄だが、さしずめ荻野さんは「常識人系」の典型だろう。社会人の日立製作所からプロ入りした荻野さんは、多額の収入を手にしてこのままでは金銭感覚がおかしくなると思い、球場の行き帰りにもタクシーなどは使わず電車通勤したという。「同期で入団した高校上がりの選手はばんばんタクシーに乗っていましたが」と言う。

関東地区の高校からドラフト1位で指名されたある選手は、契約金を手にするとすぐに高級外車を購入した。この時期、たまたまある練習施設で彼のチームメートと話す機会があったが「あいつ、まだ入団会見もしてないのに、女の子乗せて走り回ってますよ」と苦々し気に言った。

球団もドラフト上位で入った選手は「将来の球団を背負う」逸材だから、若くても最上級の待遇をする。身の回りの世話も、食事も宿泊もユニフォームの洗濯もマネジャーやスタッフが担当する。選手は「野球をする」だけだ。

■チケットが買えない、ホテルの予約が取れない

野球しか知らなくて、非常識でインモラルであっても、大スターになれば引退してもそのまま世渡りができる。

しかしそれはほんの一握りだ。野球選手もいずれは引退して球団を離れて社会に放り出される。そのとたんに途方に暮れることがよくあるのだ。

ある独立リーグ球団の社長は、元プロ野球選手を監督やコーチに迎える際に

「契約をするから何月何日にうちの事務所に来てください、と言うと、多くが新幹線や飛行機のチケットを取ったり、ホテルの予約をしたことがないんですが……って言うんですね。私はかわいそうだなとは思うけど、この先のためにならないと思うから、自分で取ってきてください、と言うんです」

と話す。多くの元選手は、野球界を離れると、まるで「孤児」のような境遇になるのだ。

写真=iStock.com/Arnon Mungyodklang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Arnon Mungyodklang

■選手への教育のきっかけとなった“ある事件”

2016年に巨人を中心に起こった「野球賭博」事件も、社会常識に疎く「反社」などへの免疫がない野球選手だから起こったという側面がある。

この事件で有為の選手が何人も将来を断たれたが、NPB球団側はようやくこの頃から、選手に社会常識を教えるようになった。

ある球団のスカウト部長は、自分が獲得した新人選手に「この社会はどんな仕組みになっているか」「自分たちの年収は、どういう仕組みで支払われているか」「スポーツビジネスはどんな構造になっているか」などの講義を行っている。

「別に球団から頼まれたわけじゃないけど、見てるとみんな危なっかしいので自分から先生役を買って出たんだ」という。

野球一途で生きてきた若者には、将来を考えれば、どこかのタイミングで、何らかの形で「社会性を身に付ける」機会を与える必要があるのだろう。

■「野球界」の外に出ていく恐怖感

最近は、引退したスポーツ選手の「セカンドキャリア」のための教育を行う機関もできている。

日本営業大学(今年5月からAthletes Business United)は、プロ野球選手など引退したアスリートが一般社会で再スタートが切れるように、ビジネスマナーの初級ステップからビジネスの仕組みなどを学び、最後は提携企業とのマッチングまでをリモートで行う。

中田仁之学長は

「元アスリートは、『粘り強さ』『目標達成力』『最後まで諦めない力』『逆境に耐える力、逆境を楽しむ力』など、一般の人にはない『非認知能力』を持ち合わせています。これらの能力は、人材難に悩む近年の日本企業にとっては、大きな戦力になると思います」

と語る。

しかながら、特に野球選手は「野球界」という閉鎖的な社会で子供の頃から育ってきたために、一般常識、モラル、社会性などが身に付いていない選手も多い。彼らを一般社会に「軟着陸」させるには、一定程度の再教育がいるということだ。

2020年3月に日本営業大学を受講した元日本ハムの森本龍弥は、「引退までに心の準備をすることができず、野球以外の適性を見つけることができなかった。そのまま就職することにためらいを感じて、受講することにした。就きたい職種がないのでまだ自分探しだ」と語った。

同じく元日本ハム・森山恵佑も「何の知識も持たずに、今まで知らなかった社会に出ることを躊躇するようになった」と語った。

筆者撮影
2020年3月、日本営業大学を受講した元日本ハムの森本(左)と森山 - 筆者撮影

ともに「大谷翔平世代」であり、期待された逸材だったが、新たなスタートを切るに際して、大きな不安を感じていることが見て取れた。

引退したプロ野球選手がコーチや職員として球団に引き続き残りたがったり、大学、高校の指導者になりたがるのは「勝手知ったる仕事」だからではあるが、同時に、子供の頃から一般社会とかけ離れた「野球界」で育った選手は、世間の風にさらされて働くことに恐怖心を抱くのだ。

また、野球界を引退後、金銭トラブルを起こしたり、DVなど家族のトラブルを起こす選手が後を絶たないのも「社会性」「一般常識」を教えられてこなかった野球人たちの悲劇と言えよう。

■社会常識を教える機会がまったくない

このほど、福岡ソフトバンクホークスは「4軍制」を導入すると発表した。昭和の時代までプロ野球は1球団60人、全体で720人だったが、今は1球団70人の正規選手に加え人数制限のない育成選手まで抱えている。プロ野球選手の総数は1000人になろうとしている。

しかし1軍野手のレギュラーポジションは投手を除けば12球団で102人(セ48人パ54人)、一線級投手も80人前後しかいない。多くは「レギュラー未満」で、引退しなければならない。

彼らが一般社会で路頭に迷わないために、野球界は「社会性」「一般常識」についての教育を行う必要がある。

それはプロ野球だけではなく、高校、大学の段階から折に触れて行うべきだろう。

「全寮制」で、人間関係と言えば監督、野球部の先輩後輩だけ、「24時間野球漬け」という教育環境を見直し、社会常識や人間としてのモラル、世の中の仕組みをしっかり学ぶ機会をつくって、選手たちの視野を広げることは、野球界の健全な未来のためにも必要だと思う。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)