"5年で200万単価上昇"ボルボ好調の理由
■いまのクルマに求められるのは「安全」の絶対性
――軽自動車ばかりが売れる国内の自動車市場で好調が続いているのはなぜでしょうか。
【木村】2016年から商品が大きく変わりました。16年のラージSUV「XC90」や17年に出したミディアムSUV「XC60」、18年のコンパクトSUV「XC40」、新型ワゴン「V60」と新しい商品が加わったことが大きい。XC60は17−18年のカー・オブ・ザ・イヤー,XC40は18−19年のカー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。専門家からも高評価を得た、いいクルマが出てきたのです。デザインやプラットフォームを一新した次世代モデルが売れ行きに貢献してくれました。
――新車効果もありましたが、14年の社長就任以降の社内改革も効いたのではないですか。
【木村】私が社長に就いた14年7月ごろはひどい状況でした。全然受注は取れず、5カ月分の売り上げ台数に匹敵する4800台の在庫を抱えていました。最初の半年間は敗戦処理投手のような状態でした。でも私はボルボのブランドに期待をしていました。
21世紀の車に必要なものは「走る・曲がる・止まる」といった20世紀の車に求められたものではありません。もちろんその基本性能はなくてはなりませんが、安全に対する絶対性、環境への配慮、車を介してのコミュニケーション、そして素晴らしい車がライフスタイルを変えてしまうというインパクトに期待が集まるのが21世紀です。ボルボが持っているブランドイメージはそれに重なっていると信じていました。
ボルボのお客さまはドイツのプレミアム車のベンツやBMW、アウディなどのお客さまの年齢や所得とほぼ同じです。それなのに14年ごろのボルボの平均購入価格は317万円でした。ドイツ車の平均購入価格は約500万円です。とてもいいお客さまを抱えているのに安売りをしていたのです。そこを大きく変えました。
■「安全」と「スカンジナビア」という2つのイメージ
――どのように変えたのですか。
【木村】ボルボのブランドイメージって何だろうか、と考えました。「安全」と「スカンジナビア」という2つのイメージです。ボルボは昔から安全を重視し、3点式シートベルトを標準装備したのは世界最初です。頑丈でぶつかっても壊れないイメージもあります。それなのに安全を強くは訴求していなかった。
一方、デザインはドイツ車とは違い、明るい色使いやシンプルさ、優しさを取り込むスカンジナビアの特徴を持っています。この二つをとにかくアピールをすることに集中しました。その後もずっと安全とスカンジナビアを言い続け、軸はぶれていません。
――安全とスカンジナビアという2点ならこれまでの外国人社長も気がつきそうですが。
【木村】外国人だから分からないのです。スウェーデン人だからスウェーデンの良さが分からなかったのだと思います。日本人も日本の良さを外国に駐在して、的確にアピールできるかというとそうでもない。自分たちの良さ、アピール点は他人の方がよくわかるものです。
それと外国人社長は3年でころころ変わりますから一つの戦略を長期的に続けるということが難しい。短期的に業績を上げたがる傾向もあります。それが日本人の私にはありませんでした。
安全をアピールしなければいけないのに、14年当時は自動ブレーキなどの先進的な安全装置の一部がオプションでした。それを全車種で標準装備にしました。プレミアムブランドのボルボなのに、しかも安全を最優先しているのに、オプションというのはおかしい。
■5年前に317万円だった平均購入価格は530万円に
なぜオプションになっていたかというと、標準装備にすると「販売価格は300万円を越えますよ」という理由です。安売りを訴求するというバカげた戦略をそれまでは取っていたのです。安全装備をすべて標準装備にしているのは世界中のボルボで日本だけです。スウェーデン人も自分たちの強みが分かっていないのかもしれません。
5年前に317万円だった平均購入価格は昨年、530万円になりました。日本の上質な消費者は100円ショップにも行きますが、安いものだけでなく自分が気に入ったモノなら高額な商品も購入するという2面性を持っています。安くすれば売れるわけではありません。
■ボルボのマークのピンバッジも新たに作成
――人材育成にも力を入れられていますね。
【木村】お客さまをハッピーにして顧客満足(CS)を高めなければなりません。実は私が社長になる前には販売員のドレスコードもありませんでした。プレミアムな商品を売っているのだからスーツを着て売るのが当然です。
スーツに付けるボルボのマークのピンバッジもつくりました。商品知識も豊富にしていなければなりません。年2回、サーキットに販売員を連れて行って競合車も含めて運転し、何が違うのか、ボルボの良さは何かを教えます。ブランドに対する誇りが生まれ、仕事へのやりがいが増します。
従業員がハッピーでなければお客さまをハッピーにすることはできません。そのためには従業員満足(ES)を高めなければなりません。会社が高収益になれば給料も増える。人材教育にもお金を使い、いい人材を育て、採用する。そうすると会社も良くなり、ESが増し、CSも増していくという好循環が生まれます。会社の経営は「ヒト、モノ、カネ」だという人がいますが、私は「人、ひと、ヒト」だと思います。
■30年以上できなかった「ディーラーの入れ替え」を敢行
――ディーラーにも厳しく対応されていますね。
【木村】ディーラーのお客さまへの対応が悪ければ、お客さまに申し訳ありません。私が社長になってから50数社のディーラーの中で11社にやめていただき、3社に入ってもらいました。ディーラー網の見直しは30年以上ありませんでしたが、CSを高めることを第一と考え、ES、CSを高められないディーラーに去っていただきました。
こうした施策は3年ごとに交代する外国人社長にはできませんでした。ディーラーの入れ替えは短期的には売り上げに影響を与えますからね。私は「木村塾」という経営塾を2015年からディーラーの次世代経営者対象に開いています。ディーラーも含めて日本のボルボ全体でES、CSを高めなければならないと考えています。
――今後はカーシェアリングなどが伸びて、車の販売にも工夫が必要だと思いますが、どう対応されていますか。
【木村】すでに手を打っています。2017年に「スマボ(SMAVO)」という毎月の支払いが定額のリース販売を始めました。3年後には乗り換える特約があり、新車に乗り換えることができます。
また「ブリッジSMAVO」という新型車が登場するまでの間に別のボルボ車をリースで乗る仕組みも加えました。これは消費者が車に対する意識を「所有」から「使用」へと変えていることに対する新しいサービスです。
■高感度な人は3年ごとに「最新の安全装備」を使いたい
いま消費者の関心は安全、安心に移っています。自動運転に向けた技術開発が進展しています。高感度な人たちは常に最新の安全装備を備えたいと考えるようになっています。3年たったら新しく登場した安全装置を使いたい、というニーズをかなえるには「所有」ではなく「使用」しやすい仕組みが必要になっているのです。
――「SELEKT」という中古車販売にも力を入れていますね。
【木村】日本で輸入車を扱っている会社にとっては特別な意味があります。日本の消費者はいったん輸入車を購入するとその後に日本車に戻ることはほとんどありません。とにかく一度輸入車に乗っていただくということが大切なのです。
ディーラーが中古車販売にも力を入れていると、新車は高くて今は手が出せないお客さまにも、正規ディーラーが品質を保証している「SELEKT」の中古車をお勧めすることができます。ボルボのファンになっていただければ、中古の次には新車を買っていただけるかもしれません。自動車ローンを組む場合もボルボの場合は新車も中古車も同一条件で対応いたします。
SMAVOもそうですが、お客さまにいろいろな選択肢を提供し、まずはボルボに乗ってもらうことが重要なのです。そうするとお客さまを逃がしてしまう機会損失を減らせます。だからこそ豊富な商品知識を持った販売員がお客さまに対応し、CSを高めていくことを最優先で目指しているのです。(後編に続く)
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ボルボ・カー・ジャパン 社長
1965年生まれ。87年大阪大学工学部卒業、トヨタ自動車入社。海外の商品企画を担当し、2003年米ノースカロライナ大学でMBA(経営学修士)取得。レクサス国内営業部を最後に2008年退社し、ファーストリテイリング入社。09年インドネシア日産自動車社長に転じ、12年からアジア・パシフィック日産自動車社長兼タイ日産自動車社長。14年7月からボルボ・カー・ジャパン社長。
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(ボルボ・カー・ジャパン 社長 木村 隆之 聞き手・構成=安井孝之 撮影=プレジデントオンライン編集部)