いま、日本全国で海水浴客が激減しています。その数は、ピークだった33年前の2割にも満たないとのデータもあり、猛暑の続く日本の夏から「海水浴」という娯楽が消える日も遠くないのかもしれません。そんな状況にあって、徐々に客足を取り戻しつつあるのが神奈川の湘南・三浦半島の海水浴場です。新しい「海の家」、騒音問題の解決など、そこには並々ならぬ努力と苦悩、そして巧みな戦略がありました。フリー・エディター&ライターでビジネス分野のジャーナリストとして活躍中の長浜淳之介さんが、現地に直接足を運び、海人気「復活」の理由とその奮闘ぶりを詳しく分析しています。

日本の「海水浴離れ」が進む中、賑わいを取り戻した湘南・三浦半島の奮闘

海水浴客は全国的に減少している。ピークだった1985年に3790万人だったのが、なんと2016年には730万人へと2割以下に激減している(日本生産性本部「レジャー白書」より)。しかも昨年は、日焼けしないナイトプールが話題をさらったうえに、8月が雨天続きで、集客を減らしてしまった。各海水浴場はかき入れ時のお盆から8月下旬の天候に気をもんでいる。

夏のレジャーで海離れが進んでいる中、神奈川県の湘南から三浦半島の海水浴場は、家族で楽しめるファミリービーチとしての魅力アップをはかり、「去年の2割近く客数が増えている」(三浦海岸海水浴場組合)、「クラブ化問題の解決が進み基本的に昨年並み。昨年も梅雨明けが早く7月は良かった」(鎌倉市観光課、逗子市経済観光課)と前半戦は順調に集客している。特に三浦海岸は東京に近い立地を活かして、関東で最長の9月30日まで海開きを行い、攻めの姿勢で大幅な集客増を狙う。

関西最大の海水浴場、須磨海水浴場(神戸市須磨区)が昨年の6割程度の客数にとどまるなど、外出を控えるほどの猛暑の影響もあり、全国的には苦戦している海水浴場が多い。そうした中で、神奈川勢は全般に健闘が目立っている。また、猛暑対策として、テラスで食材を焼いて、クーラーの効いた室内で食べる“涼しいBBQ”を提案するレストランも現れている(後述)。海水浴場を借景とした、熱中症の不安のない新しいBBQのスタイルとして注目されているようだ。

海に賑わいを取り戻す、神奈川県の主要海水浴場の奮闘を追った。

ピーク時の10分の1まで激減した三浦海岸海水浴

三浦半島の南端部に位置する三浦市の三浦海岸海水浴場は、神奈川県とはいえ東京から遠いイメージがあるが、京浜急行線で品川駅から快特に乗って1時間10分程度と、手軽に行ける行楽地である。横浜駅からだと45分ほどである。

神奈川県海水浴場では、片瀬西浜・鵠沼(藤沢市)、由比ガ浜(鎌倉市)、片瀬東浜(藤沢市)に次ぎ4番目に客数が多く、昨年は41万人を集めたが、一昨年の43万人よりも2万人減ってしまった。

過去に遡れば、1971年には過去最高の客数399万人を集めており、ピーク時のほぼ10分の1にまで減ってしまった。

三浦海岸海水浴

その背景にはレジャーの多様化、過度の日焼けを嫌う傾向、海水のべたつき感が好まれない、東日本大震災の原発事故による海洋汚染の懸念などの理由がある。全国の衰退している海水浴場に共通する課題として、海の家の飲食店化、ブラッシュアップに後れを取ったことも挙げられるだろう。

事実、藤沢市の片瀬西浜・鵠沼海水浴場では、旧来型の海の家を改革して、夏限定のビーチカフェのような大人が楽しめる海の家を積極的に出店した結果、東京から多くの観光客が訪れ、客数が2000年の104万人から07年には360万人にまで3倍の増加を見せている。

しかしその後、後述するクラブ化の問題により、音楽を規制するなどの対策を行ったため、15年には112万人へと、07年の3分の1以下に再度激減してしまった。このように海の家のレストラン化には賛否両論あり、光と影の両面があるが、同様のチャレンジを、藤沢市、鎌倉市、逗子市、葉山町、茅ヶ崎市といった相模湾沿岸東部の各海水浴場は続けてきて、若者にとって行きたいビーチというブランドイメージを確立しているのも事実である。

海の家という概念を覆した「夏小屋」、スポーツで差別化も

停滞した三浦海岸の状況を変えようという鏑矢は、2013年に放たれた。この年初出店した「夏小屋」はIT系企業関係者をバックに持ち、東京資本で、片瀬西浜、由比ガ浜、逗子にあるようなおしゃれ感ある海の家を、三浦海岸に持ち込んだ第1号店だ。三浦海岸の海の家の経営者は全般に高齢化しているが、こちらはスタッフたちの年齢も若い。

昔ながらの海の家は、浮き輪やラーメン、かき氷などを売っていて、大人数を一括して収容する脱衣場兼休憩所という感じだ。しかし、海の中よりも海辺で遊びたい今の海水浴客は、水着にならなくてもリゾート気分に浸れる、リラックスできる空間を求めていて、海の家も外国にいるようなトリップ感や、プライベート感ある雰囲気づくりが必要である。

海水浴客は水着を来て波打ち際でも遊ぶが、泳いだり潜ったりはあまりしない。日焼けする日光浴より、ビーチパラソルの下や海の家でのんびりと過ごすのを好む。

「夏小屋」はミュージシャンを呼んでのライブ開催、ブラジル・リオデジャネイロ発祥のビーチでプレイする卓球とバドミントンの中間のようなスポーツ「フレスコボール」を発信するなど、多彩なイベント企画により三浦海岸の活性化に取り組んでいる。フレスコボールは三浦海岸ではよく見るスポーツで上手い人も多いが、他所の海岸ではまだあまり見ない。その意味で差別化に成功しており、売りになっている。

三浦海岸で「フレスコボール」に興じる人々

2014年から三浦海岸海水浴場は京急と組んで、「みうら海水浴きっぷ」というお得な切符を売り出している。効果も出ていて、昨年は1万7,000人以上が利用した。この切符を使うと、品川駅から三浦海岸駅までが大人1人で往復1,800円。それにプラスして、海の家6施設から1つ選んで利用でき、コカ・コーラ300mlのペットボトルの引換券も付いてくる。

通常なら運賃と海の家利用代を合わせて3,220円になるので、通常の6割以下の出費で海水浴が楽しめる。

今年は昨年より18%増ほどのペースで売れており、首都圏の他の海水浴場でやってない鉄道会社とタイアップした集客作戦が実を結びつつある。駅から浜まで歩いて7、8分程度で、案外と近い。海水浴場組合では「サッカー、テニス、バレーボールなどビーチスポーツの楽しさを体験してもらいたい」と、先ほどのフレスコボールを含めて、スポーツ関連のイベント、教室を積極的に誘致し、リピートにつなげたい意向だ。

三浦海岸のビーチスポーツ体験コーナー

三浦海岸は今年、6月29日から9月30日まで、3ヶ月間海を開く決断をした。組合によると昨年は9月10日まで開いて、手応えを得たうえでのさらなる延長とのことだ。

「夏場の天候が悪いと海の家がペイするのは難しい。そのリスクを考えて9月末まで延長した」と三浦海岸海水浴場運営委員会委員長で、地魚料理「魚敬」社長の大島敬三氏。

「同じ三浦市内でも、三浦海岸は三崎港と違ってマグロも獲れないから、活性化するには海水浴場が頑張らないと未来はない。客数が30万人を切ったら地域の死活問題だ」と、厳しく現状を見据えている。

クラブ化した「海の家」騒音問題は今

三浦海岸には元キマグレンのクレイ勇輝氏が経営する「音霊(おとだま)シースタジオ」という、海の家形式で夏にのみ出現するライブハウスが、昨年より出店している。

この音霊はなかなか問題児で、騒音が住民に問題視され、2014年に逗子を追われ、17年に由比ガ浜を追われ、三浦海岸に活路を求めた。

キマグレンの2人は逗子市の出身で、音楽活動を行いながら広告会社を経営。地球温暖化により逗子の砂浜が年々後退していくことを訴え、浜辺の清掃活動などと共に、音楽で地元を盛り上げることができないかと、夏季限定のライブ専門海の家、音霊を提案した。

つまり地元愛と、逗子から音楽を発信し、地球環境問題を訴えるという高い理想が企画の原点だったのである。2004年から営業を開始し、持ち前の営業力で大物アーチストを次々とブッキング。最大1,000人を収容する音霊の発展と共に、逗子の海水浴客もぐんぐんと上昇。08年にキマグレンは紅白歌合戦に出場、アルバム「ZUSHI」がオリコン1位となってアピール。2010年に24万人だった客数が、13年には3倍近い73万人を記録した。

三浦海岸「音霊」の出演者一覧

騒ぐ「パリピ」、怯える市民たち

この13年は、片瀬西浜では藤沢市や警察からの要望もあり、海の家で音楽を鳴らすのを禁じた。クラブ化した海の家が、昼間から閉店時間の夜8時まで重低音を響かせていた。水着で踊り狂う若い男女の姿が、市民を怖えさせていたのだ。クラバーやパーティー好きの「パリピ」たちが、おしゃれで入れる刺青は市民を震え上がらせ、浜に近寄らなくなっていた。

昼間から酔いつぶれて、住宅街の道で寝ている者もいた。海の家がクラブ化した背景には、この頃六本木や西麻布の飲食店の営業で顧客を躍らせていた違法クラブが次々と摘発され、顧客が海の家に移ってきていた事情があった。

そうした片瀬西浜に来ていたパリピたちが、どっと音楽規制の緩かった逗子に流れた。確かに観光客が増えて賑やかになったが、逗子駅前に刺青が入った水着の若者が夜中までたむろし、酔っ払いの喧嘩が絶えない状況に陥った。7月には海岸近くの駐車場で殺人事件も起こった。

こうなると、地元のヒーローで、かながわ観光親善大使でもあったキマグレンだが、一転してクラブ化の総本山と市民に目されるようになる。彼らの音楽が、バカ騒ぎするパリピの趣味に合っていたかは微妙だが、重低音を響かせるライブもあった。逗子、由比ガ浜が続けて音楽規制に踏み切ったため、三浦海岸に転出せざるを得なかったのだ。

JR逗子駅のきっぷ売り場上に掲げられた、逗子海岸「海のルール」

現在、逗子市と鎌倉市は歩調を合わせ、条例により海の家以外での飲酒禁止、音響機器使用禁止、BBQ禁止、そして刺青を隠すことを徹底しており、ライフセーバーに協力してもらって守らない者に注意を促す。パリピが野放図に騒ぐのを抑えている。

逗子海水浴場は13年の73万人が14年には20万人へと、由比ガ浜海水浴場は12年の90万人が15年には52万人へと、共に一時期より海水浴客は激減しているが、「市民が楽しめる海を取り戻すために止むを得なかった」(両市の市役所観光担当者)と考えている。

逗子海岸海水浴場「ウォーターパーク」のアクティビティ

なお、17年の逗子の海水浴客数は29万人、由比ガ浜の海水浴客数は53万人で、いずれもファミリー中心に顧客が入れ替わりつつあり戻してきている。

結局キマグレンは15年に解散し、クレイ氏が音霊を守っているが、三浦海岸では同じ失敗を繰り返さず、市民とライブに来る顧客が融合する施設として持続可能なのかが問われる。

逗子に出現した「本格料理」を提供する海の家

逗子、由比ガ浜ではイメージアップをはかる新たな試みも始まっている。

逗子海水浴場に、今年初めて海の家を出店したのは、結婚式場やレストランを運営するノバレーゼ(本社・東京都中央区)。同社が海の家を出すのは初めてで、社内コンペの結果、入社2年目の女性社員のプランが通り代表者となっている。

店名は「YOLO PACIFIC」で、“YOLO”は“YOU ONLY LIVE ONCE”の頭文字。「人生一度きり、この瞬間を思い切り楽しむ、駆け抜ける」がコンセプト。白を基調としたレストランタイプの店で、脱衣場やシャワーはない。席数32席。

逗子「ヨロパシフィック」店内

料理のレシピを、ハリウッドスター御用達であるニューヨークのイタリアン「セラフィーナ」の日本総料理長などが考案しており、インスタ映えも狙っている。お酒はレモンをタワー型に積み上げたレモンサワーなど、“進化形レサワ”が売りだ。ここまで本格的に料理に取り組む海の家は珍しい。

「ヨロパシフィック」の色鮮やかなピザとレモンサワー

出店にあたっては、6、7時間をかけて、音響設備の設置の仕方、ごみの出し方、客引きのルールなどの説明があり、音響設備は最終的に海水浴場組合のチェックが入る。騒音に関する市民の苦情をなくすことに、逗子海水浴場では神経を尖らせている。

由比ガ浜には元アイドルがプロデュースした「海の家」も

由比ガ浜海水浴場では今年、元アイドリングの伊藤祐奈氏が中心になり元アイドルたちがプロデュースした「サマー&アイドル」や、男女6人組パフォーマンスグループ「AAA(トリプルエー)」の海の家も出現したが、ライブは控え、音楽はモニターで流すにとどめて、ファンとの交流イベントが実施されている模様だ。

由比ガ浜海水浴

「サマー&アイドル」はクラウドファンディングの「マクアケ」を使って、目標の100万円をはるかに上回る258万1,000円を集めた。限定グッズなどを購入して海の家企画を応援するという趣旨のクラウドファンディングだったが、元AKB48や元ハロプロのメンバーも参加。

由比ガ浜「サマー&アイドル」店内

購入者が元アイドルのファンなので、店舗の顧客の囲い込みにも役立っている。

「サマー&アイドル」のアルバイトたち

前出、ノバレーゼは材木座の婚礼施設「アマンダンブルー鎌倉」を、夏季限定のレストランとして開放し営業しているが、今年は新しくクーラーの効いた屋内で食べる、涼しいバーベキュー(BBQ)を提案している。

「アマンダンブルー鎌倉」のBBQを焼くテラス

以前からディナーでBBQを提供して地元住民に人気があったが、ランチタイムは今年が初となる。ディナーでは食材を焼くのはシェフだが、ランチは顧客がセルフで焼く。

これは、施設3階の由比ガ浜から材木座の海が見渡せるプール付きデッキで、肉や野菜を焼き、調理後に屋内のレストランスペースでゆっくり座って味わう、リッチなBBQ。屋内の海側は全面ガラス張りになっており、オーシャンビューが素晴らしい。クーラーの入ったおしゃれな海の家にいるような気分になれる空間となっている。

冷房の効いた「アマンダンブルー鎌倉」屋内

食材、焼台などは全て店で用意するので、手ぶらで出かけられる。料金はランチ5,000円、ディナー7,000円。

1日4部制で昼は4組、夜は2組限定で2時間制。昼は4人、夜は6人以上で、60人まで対応する。ほぼ連日予約で埋まっており、反響は計画以上とのことだ。

今年のような浜を歩くのも厳しい猛暑では、海に来ても、さっと上がって冷房が涼しいカフェで休みたくなる。涼しいBBQというアイデア商法が、定着し広がっていくのかが注目される。

以上、神奈川の主要海水浴場は、地元市民も観光客も幅広い人たちが楽しめるファミリービーチとして確立すべくチャレンジしている。海水浴客を継続的に伸ばして、海離れを食い止めることはできるだろうか。

photo by: 長浜淳之介

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