ロシア・南カムチャツカ禁猟区のヒグマ(時事通信フォトより)

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 近年、日本各地で季節を問わず熊が出没するようになり、全国的にその脅威にさらされている。なぜ熊はかくも頻繁に人を襲うようになったのか? 熊の被害の実態はどのようなものなのか?

【写真】170cmの巨大な日本のヒグマを狩ったハンター、「頭をホチキスで…」クマに襲われた痛々しい傷

 北海道と同じく数多くのヒグマが生息している隣国・ロシアでは、「少女が母親に電話しながらヒグマに喰われる」という衝撃的な事件が発生した。本事件の詳細と、ロシアにおけるヒグマの「危険地域」について、「人喰い熊評論家」として知られる中山茂大氏の新著『人喰い熊大国ニッポン』(小学館新書)より、一部抜粋して紹介する。【前後編の前編】

ロシアのヒグマ事情

 ロシアにおけるヒグマの生息数は、ニューズウィーク日本版によれば、約12万頭だそうである。この数字でロシアの国土面積1709万平方キロを割ると、およそ「142.4平方キロに1頭」となる。

 同じくアメリカ・カナダの国土から算出すれば、「338.2平方キロに一頭」となり、北海道では「6.95平方キロに1頭」となる。つまりロシアにおけるヒグマとの遭遇率は、北米の約2.37倍、北海道の20分の1である。

 そのロシアでも、人喰い熊の挿話には事欠かないが、中でももっとも著名な事件が、10代の女性がヒグマに襲われて、身体を喰われながらも携帯電話で母親に助けを求めた「ペトロパブロフスク熊事件」だろう。ネット上でも有名な事件だが、筆者はロシア国内での報道等を参照し、改めて経緯を辿ってみた。

別荘に突如現れた巨体

 事件は2011年、北海道から約1000キロ東に位置するカムチャツカ半島の主要都市ペトロパブロフスク近郊で発生した。

 イゴール・ツィガネンコフ(45)、彼の妻のタチアナ、娘のオルガ(オリヤ)・モスカレワ(19)、祖母の4人家族は、郊外のコリヤキ村に在住し、その年の夏、多くのロシア人がそうするように、ダーチャ(菜園付きの別荘)で過ごしていた。

 8月13日土曜日、イゴールと娘のオルガは、パラトゥンカ川に遊びに行った。その地域の草丈は2メートルを超えており、茂みに何かが潜んでいても見つけることは難しかった。

 川のほとりに車を停め、小道を歩いていると、突然、ヒグマが茂みから飛び出し、イゴールの頭部を打ち砕いた。イゴールは悲鳴もあげずに即死した。カムチャツカ半島のヒグマは体長3メートル、体重800キロに達する個体もいるという。 

「食事」されながらの悲痛な電話

オルガは60〜70メートルほど逃げたが、ヒグマに追いつかれ、足をつかまれた。周囲には誰もいない。彼女は携帯電話で母親に電話した。

「お母さん、ヒグマが私を食べている! お母さん、痛い!」

 ヒグマに襲われたと叫ぶ娘の声に、母親は最初は冗談だろうと思った。しかし娘の声にまじって、獣のうなり声や、むさぼり喰う音が聞こえ、ようやく冗談ではないことに気づいた。彼女は恐怖と、愛する我が子を助けることができない絶望感に襲われた。

 オルガと母親の電話は、それから約一時間も続いた。

 オルガは母親に、ヒグマが今、自分を食べていると叫び続けた。そして「三匹の子グマが『食事』に加わった」と伝えた。 一時間後、オルガはとうとう「もう痛みを感じない」と言った。

「お母さん、色々とごめんね。許してね。大好き」

その言葉を最後に、オルガからの電話は途絶えた。

(後編につづく)