愛知を拠点に活動する、2人の日本記録保持者。共にベテランともいえるスイマーたちには、苦難を乗り越えた共通点がありました。

「いらっしゃいませ。どうぞおかけください」

窓口で接客する、1人の会社員。

「お店に来られた方というのは 何かしら理由を持って来られている。お客様が満足できるように対応することが一番大事かなと思います」

客と真摯に向き合う、26歳のもう一つの顔は――。

中京大出身で、愛知で活動する競泳日本代表・松本周也選手。

オリンピック・世界水泳に次ぐ三大大会の一つ、パンパシ水泳の代表に選ばれています。

日の丸を背負うほとんどの選手が大学卒業までに代表経験がある中、社会人4年目で初めて代表入りした苦労人です。

「夢に描いていたような日本の代表なので、うれしく思います」

自由形1本に絞ったことが転機に

2年前まで、4つの泳法を1人で泳ぐ個人メドレーで代表を目指していた松本選手。

しかし、上位2人までしか選ばれない選考会で、最高成績は3位。

世界で活躍するスイマーたちの影に隠れた存在でした。

「瀬戸大也さんとか萩野公介さんとか、世界で戦える選手がいた時に、本当に何度競っても勝てない。正直、嫌だなと思っていた時期があった」(松本選手)

転機となったのは、パリオリンピックの代表に落選した2024年。

4つの泳法で最も成長していた自由形1本に絞ったことでした。

「正直、自分の中であんなタイムが出るとは思っていなくて。日本記録は夢のまた夢だと思っていたので、いやマジか! 僕が?みたいな」(松本選手)

転向1年で日本記録樹立

2025年夏、転向してわずか1年で50m自由形の日本記録(21秒64)を樹立。

今年春の代表選考会でも初優勝し、初めて代表の座をつかみました。

「悔しい気持ちから、本当にイチから何か変えてみようと。生活面・練習など全部変えたところ、結構うまくいって出た記録かなと思います」(松本選手)

8月に世界デビューへ

そんな松本選手が働いているのは――。

「毎週土曜日に番組撮影をしていて、お客様がいても撮影するゾーンです。地域の方々もここに来たら、『あれ?見たことある!』と思うかもしれません」(松本選手)

愛知県豊田市にあるケーブルテレビ局「ひまわりネットワーク」。

中京大学卒業後、アスリート社員として週に2日、ロビーの窓口で接客をしています。

ここで松本選手の存在を知り、ファンになる客も多いんです。

「すごくお客様からも人気がありまして、とても丁寧に爽やかに説明ができるので、私もそうなりたいと思っています」(先輩)

「僕なりに結構真面目に行動しているので、見てもらえていることがうれしい」(松本選手)

代表入りする前からサポートしてくれる職場に、感謝の気持ちを込めて。

遅咲きのスイマーが、8月に世界デビューを果たします。

「パンパシ水泳では日本記録も意識しますし、個人種目もあればリレー種目もあって、リレーでも日本新記録が狙えると思うので、その辺も含めて狙っていけたらと思います」(松本選手)

記録を大きく更新したパワフルスイマーの谷口卓選手

そしてもう1人、パンパシ水泳に出場する地元注目選手が。

「これはレアですよ。(中日OBの)藤井淳志さんのサイン入りユニホームです。競泳選手でこんなやついます?」

三重県四日市市出身・男子平泳ぎの谷口卓選手(24)。

試合観戦にもよく行く、大のドラゴンズファンです。

「直近だとサノー選手がすごく面白いと思います。石川昂弥選手は僕と同い年なので、すごく応援したい」

2024年のパリオリンピックに出場し、2025年5月には、男子50m平泳ぎで自身初の日本記録を樹立。その2か月後にも記録を大きく更新した、パワフルスイマーです。

「本当に自分はプライドを持って泳いでいますし、あとは世界記録だけだなと思っている」(谷口選手)

何度も病気やケガを乗り越える

2024年7年のメ~テレ「ドデスカ+」の「じもスポ!」コーナーで、コメンテーターの田中雅美さんが直撃した時には、趣味の話で盛り上がりました。

「朝練前の日の出くらいに釣りに行って、朝練の時間に練習に戻って、朝練が終わったらまた釣りに。それでまた午後練に行くみたいな」(谷口選手)

「ええっ??」(田中さん)

とにかく明るいムードメーカー。

その裏には、何度も病気やケガを乗り越えてきた苦労がありました。

「中学生の頃から脈が速くなったりというのはあったんですけど、高校1年か2年の頃に練習中に脈が上がってきて、記憶が飛びそうになっちゃって。すごく危なかったなっていうのは今でも思います」 (谷口選手)

高校時代に心臓の不整脈が分かり、2度の手術を経験。

大学時代には、椎間板ヘルニアの手術を受けました。

椎間板ヘルニアを再発

さらに今年初め――。

「ぎっくり腰だと思っていたんですけど、もうほぼ歩けない状態で。ちょっとこれはおかしいなと検査してみたら、ヘルニアが悪化・再発していて、緊急手術になりました」(谷口選手)

2月に再び手術。3月のアジア大会代表選考会を辞退せざるをえませんでした。

「今回2カ月ぐらい泳げない時期があって、そんなことは水泳人生で初めてで。メンタルもすごく崩れるぐらい弱っていたので…」(谷口選手)

「パンパシで優勝を」

それでもケガから復帰すると、2か月の空白を埋めるために猛練習。

「このまま終わりたくないっていうのが一番ですし、諦めずにやるっていうのが大学生のけが明けにも感じたので。その時の感覚がもう1回来た感じです」(谷口選手)

そして手術から4か月後の6月、パンパシ水泳の最終選考会で優勝し、日本代表の座をつかみました!

「(パンパシ水泳は)もちろんメダルだけを狙って、とにかく優勝を目指します」(谷口選手)

幾度の苦難を乗り越えてきた24歳。

世界で活躍する先に、見据えるのは――。

「しっかり世界でメダルを取って、ドラゴンズの始球式に呼ばれるように。始球式のために競泳を頑張っているようなものなので(笑)。もっともっと競泳を頑張ります」(谷口選手)

(2026年7月16日15:40~放送 メ~テレ『ドデスカ+』じもスポコーナーより)