「自民、公明はゴキブリ以下」…美輪明宏さん91歳で死去 「自公連立」に異議を唱え続けた“憂国の精神”
シャンソン歌手で俳優の美輪明宏さんが6月20日に亡くなったことを所属事務所が発表した。91歳だった。最期の言葉は「ありがとう」だったという。発表があった28日以降、メディアは美輪さんの愛に生きた人生を紹介。その一方で、美輪さんには政治的発言も厭わぬ“憂国の士”という一面があったことをご存じだろうか。「自民・公明の両与党はゴキブリ以下」とまで言い放つほどの……。
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2007年6月23日、美輪さんは東京・八王子市の市民会館でコンサートを開いた。その際、ステージ上から観客に向けて呼びかけた声がネットで話題となった。
「与党には投票するな!」

翌月には第21回参議院議員選挙が控えていた。当時はまだ自民党と公明党が連立与党を組んでいた最中だ。そして八王子といえば、公明党の支持母体である創価学会の牙城である。池田大作名誉会長が創立した創価大学や東京富士美術館など多くの学会関連施設があるため、当然ながら信者も多い。そんなアウェイの地で、この発言である。
当時、学会関係者とおぼしきブログには《「公明党には投票するな」と呼びかけた模様》と書き込まれたものもあった。
そこで「週刊新潮」(07年7月19日号)は美輪さんに真意を尋ねている。以下、抜粋しよう。
「今に日本は大変なことになる」
「コンサート会場で、この参院選では、自民、公明の両党には投票するな、とハッキリ申し上げています」
と語るのは美輪サンご本人である。
「彼らは、ゴキブリ以下の醜い存在です。自民党に長く政権を委ねたことで政財官の癒着が強まり、腐敗が極まっている。権力にしがみつき、ケチなごまかしや天下りが続いている。こうなったのは国民の責任でもある。与党に鉄槌を下すべきです。ここで与党を敗北させないと、今後も襟を正すことはないでしょう」
美輪サンは、共産党は大嫌いだそうだが、
「この際、そんなことも言っていられません。民主党でも社民党でも、とにかく与党でなければ、どこでもいい。日本を再生させるチャンスです。今度の選挙では与党以外なら、何党でもいいから入れなさい」
公明党に関してはこんな鋭い舌鋒も。
「いつまでも宿り木のように、自民党にくっついて権力の甘い汁をすする。寄らば大樹の陰。卑しいじゃないですか。意見の対立があるのに、何もかも自民党に賛成で、それが政党ですか」
そして与党を批判する理由について、親交のあった三島由紀夫氏や川端康成氏の名を挙げて語った。
「日本には素晴らしい文化がありました。礼儀作法、たしなみ、思いやり、恥、誇り。今は自由奔放で、子どもたちに日本のよき文化や伝統を教えません。三島さんや川端さんは、ご存命の折、今に日本は大変なことになる、と言っていました」
そして“憂国の士”はこう嘆くのだ。
「あと100年生きる」
「今日の日本には、武士道精神がまったく活かされていません。嘆かわしい限りです。これじゃ外国からも認められないし、評価もされない。政治に潔さ、誇りがまるでない。今の政治家は醜くて汚い。権力に恋々としている。政治にも大和男子の美学を示すべきです」
このインタビューから20年近くが経った昨年10月、公明党は自民党と袂を分かった。そして今年1月、衆議院で立憲民主党と中道改革連合を結成し、2月の総選挙で中道は118議席を減らすという大惨敗に終わったのはご存じの通りだ。一方、自民党は118議席増と大勝した。この時に再度、美輪さんに話を伺いたかった。まさかこんなに早く逝ってしまわれるとは、誰も考えなかった。
なぜなら、美輪さんは2013年に、「あと100年生きる」と宣言していたのだから。当時、77歳だった美輪さん、「100歳まで」ではなく「あと100年」というのだ。前年の大晦日には「NHK紅白歌合戦」に初出場して「ヨイトマケの唄」を披露、圧倒的な存在感を見せつけていた。
「週刊新潮」(13年2月28日号)は、「あと100年」の真偽について尋ねている。ちょうど4月から始まる舞台「黒蜥蜴」の前で、答えてくれたのは所属事務所の社長だった。
「『黒蜥蜴』に専念するため、テレビ番組にレギュラーで出演して欲しいという依頼やCMのオファーをいくつか断りました。それでも仕事はびっしり詰まっているのですが、本人は信じられないほど元気。“あと100年生きる”と周りに話しています。歌と舞台さえあればあと100年でも生きられる、という意味で言っているのだと思いますが」
だが、美輪さんは亡くなられた。所属事務所の発表では、《この一年は、高齢のため仕事をセーブし、体力の回復に努めて降りました》という。
はたして美輪さんは、今の日本、そして世界を、どう思われていたのだろう。
デイリー新潮編集部
