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「最も嫌だったのは、ノーと答えること」

6月23日、フェラーリからマーケティング&営業部門トップに関する人事異動が発表されました。7月1日付けでマッシミリアーノ・ディ・シルヴェストレが就任し、16年以上その職にあったエンリコ・ガリエラは、新たな道を求めて退職するとのこと。多くの取材でエンリコと交流のあった大谷達也のレポート、その後編です。

およそ10年前、ガリエラはドライブというオーストラリア・メディアとのインタビューでこう語っている。

【画像】台数限定のスペチアーレ、最新モデル『フェラーリF80』! 全23枚

ガリエラがフェラーリに入社した当時、「フェラーリは新しい市場に参画しようとしていましたが、顧客体験や対応は国によって異なっていました。国際的な協調はまだ存在していなかった」という。


フェラーリ・ファンであれば誰もが手に入れたい、台数限定の『スペチアーレ』。    フェラーリ

つまり、国ごとにバラバラだったマーケティング活動を統一し、新しい市場に参入する基盤作りをすることが、ガリエラに期待されたタスクだった。同じインタビュー記事で彼はこうも語っている。

「自分の仕事で最も嫌だったのは、(顧客に)ノーと答えることでした」

フェラーリ・ファンであれば誰もが手に入れたいと願うのが、台数限定の『スペチアーレ』である。彼らは自分の夢をかなえるために、ありとあらゆる手を尽くす。そして最終的に辿り着くのが、グローバルなマーケティング責任者であるガリエラだった。

従って新しいスペチアーレが発表されると、もしくはその噂が広まっただけで、ガリエラのところに数え切れないほどのメールが届き、電話が掛かってきたのである。

彼らは懇願する。「次のスペチアーレ、どうしても手に入れたいんだ。私はこれまでにフェラーリを何十台も買ってきた。先日、発表されたニューモデルも発注した。だから、新しいスペチアーレを、是非、私に1台売ってもらえないだろうか?」と。

ある種の開放と民主化を成し遂げた人物

前述したインタビューでガリエラは、こうも語っている。

「例えば、お金を持っているというような理由だけで申し込んでくるお客様がいます。そういう方々は、『私はどこそこの王だ。だから、私はこのクルマを手に入れるに相応しい』と仰いますので、私は『ええ、そのとおりですが、貴方はフェラーリのクライアントとして相応しいとは言えません』と答えます。こうしたやり取りは私にとって簡単です」


モンテゼーモロが会長の時代と比べ、マラネロの空気は変わった(2014年撮影)。    フェラーリ

「大変なのは素晴らしいお客様からお問い合わせを頂いても、その方が(限定台数が例えば200台だった時に)世界でトップ200のフェラーリ・クライアントに入っていらっしゃらないケースです。それでも、私が説明するとほとんどのお客様はすぐに理解してくださりますが、中には『ノー!』と言って何度も頼まれる方もいらっしゃいます」

私はルカ・ディ・モンテゼーモロが会長を務め、ジャン・トッドがCEOに就いていた当時からフェラーリを取材しているが、この時代のフェラーリは気位が高く、排他的なムードがなきにしもあらずだった。

そんなマラネロの空気は次第に和らいでいったが、私にとっては、ガリエラこそはフェラーリの変革を象徴するような存在だった。それまで固く閉ざされていた門を開き、ある種の開放と民主化を成し遂げた人物。それが、私にとってのガリエラだったのだ。

理不尽な要求が届かなくなった理由

ちなみに、ガリエラがもっとも嫌いだったという『顧客にノーと答える事態』は、顧客の優先順位を客観的に決める方法を構築することによって回避できたと、ガリエラ自身から聞いたことがある。

それは過去に購入したフェラーリのモデルや台数、さらにはフェラーリ主催のイベントへの参加回数などをもとにポイントを算出。この結果に応じて優先順位を決めるもので、この手法を導入して以来、顧客から理不尽な要求が届くことはなくなったという。


ルーチェ不評の責任をとる形でガリエラが解雇されたという報道は、全くのデマだ。    平井大介

さて、ガリエラの退社について気になるのは、彼が『ルーチェの不評』の責任をとる形で解雇されたという類いの報道が多いことだが、これは全くのデマである。

ガリエラ自身が『キャリアの新しい章を切り拓く』ため、かなり早い段階で退社を決めていたことは、6月23日にフェラーリのホールディングカンパニーが発表したプレスリリースに記載されているとおりだ。

そもそも、ルーチェのデザインをLoveFromに委託するという方針は、ガリエラよりもさらに上層部で決められたもので、チーフデザイナーのフラヴィオ・マンゾーニでさえ、決定の後で知らされたらしい。従って、ルーチェのデザインを巡って起きている現在の賛否両論に関して、ガリエラに一切の責任がないことは明らかである。

ルーチェのセールスに関しても、現時点ではほぼ目標どおりであることを、私はフェラーリ本社の担当者から直接確認している。また、ルーチェのデザインが『騒ぎ』になることもフェラーリ社内では織り込み済みだった模様。いずれにしても、ガリエラには何の否もなかったことは間違いない。彼はあくまでも自らの意思でマラネロを去ったのだ。

さながら映画スターのよう

それにしても、メディア向けワークショップの冒頭で登場し、我々の関心を惹きつけながら次第にニューモデルの核心に迫っていくあの巧みなトークがもう聞けないかと思うと、返す返すも残念だ。

とりわけ印象に残っているのが、2019年にスタディオ・オリンピコ・ディ・ローマの特設会場で開かれたフェラーリ・ローマのワールドプレミア。この時ステージ後方に設けられた巨大なバーカウンターに人知れず腰掛けていたガリエラが、イベントの開始とともにスポットライトを浴びながらスピーチを始めた時の様子は、さながら映画スターのようで、自動車業界でこれが様になるのは彼ひとりだけと思える演出だった。


2019年、フェラーリ・ローマのワールドプレミアにて。その登場はまるで映画スターのようだった。    大谷達也

ガリエラの後任には、BMWグループ・イタリアの会長兼CEOだったマッシミリアーノ・ディ・シルヴェストレが就任するが、ガリエラの去就に関するニュースはまだない。しかし、あの笑顔がある限り、彼には明るい未来が待っていることだろう。

「Buona fortuna, Enrico! Ci rivediamo!!」(エンリコに幸運を! また会いましょう!!)