「財産が消える…」都心一等地〈超高級マンション〉を「格安管理会社」に委託した代償。50代理事長が打った〈起死回生の一手〉【マンション管理士が解説】
国土交通省の「マンション総合調査」によれば、管理会社に業務を委託している管理組合は、一部委託を含めると95%を超えます。都心の一等地に建つ「超高級マンション」であれば、手厚いサービスに伴い管理委託費が高くなるのは当然です。しかし、その負担を避けて「安さ優先」で格安の管理会社へ変更した結果、かえって工事費が跳ね上がり、管理組合の財産が脅かされるケースも考えられます。竣工わずか3年で管理会社を乗り換えた超高級マンションで、50代理事長が直面した「安かろう悪かろう」の実態とは。マンション管理士の松本洋氏が解説します。
竣工3年で管理会社を“格安”に変更した「超高級マンション」
大手デベロッパーが展開するフラッグシップブランドのマンションは、都心の一等地に建設される最高峰のレジデンスです。ブランド名そのものが資産価値であり、居住者にとっては誇りでありステータスでもあります。
しかし、こうした超高級マンションであっても、管理組合の運営を巡る対立は避けられないようで……。
理事長を務めるAさん(50代)が住むマンションも、例外ではありませんでした。竣工からわずか3年足らずで、管理委託費の削減を目的に、声の大きな一部の組合員が主導して管理会社の変更が決まったのです。
「超高級マンションなのに、管理は安さ優先なのか」「アルマーニのスーツに100円ショップのネクタイを合わせるようなものだ」と反発する住民もいました。
一方で「管理はサービスの対価であり、ブランド料を払う必要はない」と考える節約派もおり、ブランド価値を重視するステータス派と、合理的なコスト削減を求める節約派のあいだで、激しい論争が起きた末の決定でした。
管理委託費は下がったのに、工事費は上がる矛盾
管理会社の変更後、管理委託費はたしかに下がりました。しかし、通常であれば工事業者名で発行されるはずの工事代金や備品購入の見積書が、管理会社名で出されるようになりました。
いわゆる「元請け見積書」ばかりになってしまったのです。そしてその見積書には、いずれもこれまでより割高な工事費が記載されていました。
これに困ったAさん率いる理事会や修繕委員会は、独自にネットで安価な業者を探し、見積書を提示しましたが、新しい管理会社はこう牽制してきました。
「そちらで選んだ業者で工事を行う場合、工事にはいっさい関わりません。なにかあっても理事会で責任を取っていただきます。念のため、こちらの手順で進めていただけますか」
その言葉に理事会はひるんでしまい、結果として管理会社の提示する高額な工事代金で発注せざるを得ない状況に陥りました。
このままでは財産が消える…危機感から「原点回帰作戦」開始
築8年を過ぎるころには、建物や設備の不具合が増え、修繕工事の機会も多くなってきました。管理委託費を削減できても、工事代金が高額では意味がありません。
Aさんは、「このままでは大規模修繕工事やインターホン更新などのグレードアップ工事で、管理組合の財産が消えてしまう」と危機感をおぼえました。
そこでAさんは、管理会社を元の大手デベロッパー系に戻すために水面下で作戦を立て、実行することにしました。
まず、理事会において管理会社が同席する時間を開始から1時間半後に設定し、管理会社のいない時間に役員だけで議論できる体制を整えました。
また、現行の管理会社が提示する「元請け見積書」について、理事会主導で相見積もりを取る方針に切り替えました。前述のように管理会社は当然関与しないため、工事の立会いもAさん自らが行います。
その結果、100万円を超える元請け見積書が、工法の工夫によって半額以下で実施できることが判明。他の工事でも同様に、3〜5割以上の削減が可能であることがわかり、理事会メンバーも次第にAさんの作戦に協力するようになりました。
臨時総会の結果、「賛成80%」で管理会社の再変更が決定
しかし、管理会社を元に戻すには、総会での決議が必要です。
そこでAさんは、現行の管理会社による妨害を避けるため、議事録素案の作成から配布、郵送作業にいたるまで、すべて自ら行いました。また、理事会メンバーは元の管理会社に出向き、引き継ぎや現場調査の打ち合わせを着々と進めていきました。
その過程で、元の管理会社の管理委託費は、年間で数千万円高くなることが判明しました。しかし同時に、元請け見積書はいっさい使わないこと、工事や備品購入は業者からの直接見積もりとすること、立会いや請求、連絡業務は管理会社が担うことなど、透明性の高い運営が約束されたのです。現行の管理会社が異変に気づいたのは、臨時総会の案内が配布される直前のことでした。
臨時総会では、突然の管理会社変更の提案に対し、多くの異論が噴出しました。しかし最終的には、議場での反対意見こそ目立ったものの、委任状や議決権行使書による賛成が80%近くに達し、管理会社を元に戻す決議は可決されました。
総会の最後、Aさんは目を潤ませながらこういいました。
「今期の理事会は、管理会社に頼らず、自分たちの力で運営してきました。今回の提案にはもっと反対が出ると思っていましたが、これだけ多くの方が賛成してくださったことを、とても誇りに思います」
その言葉に、参加者からは温かな拍手が起こりました。
管理会社の実態は見えにくい…マンション管理に潜む「情報の非対称性」
今回のAさんの事例は、マンション管理に潜む「情報の非対称性」という問題を示しています。
国土交通省の「マンション総合調査」によれば、管理会社に業務を委託している管理組合は、一部委託を含めると95%を超えます。その一方で、なんらかの理由で管理会社を変更した経験のあるマンションは24.5%にとどまっています。
「管理会社がすべてやってくれる」という意識は、実は大きなリスクです。管理会社は議事録の素案を作成し、理事会の議論にも深く関与できる立場にあります。しかし、区分所有者の多くは、管理会社が裏でどのように業務を進めているのかを知る術がありません。
国土交通省のマンション標準管理委託契約書においても、管理委託費の内訳開示の程度は管理会社によって大きく異なります。費用のなかにどれだけ管理報酬が含まれているか見えにくい構造は、業界全体の慢性的な課題といえます。
管理会社と理事会が適切な緊張関係を保ち、区分所有者が主体的に関与することではじめて、マンションの資産価値は健全に維持されます。
Aさんが密かに進めた管理会社変更の取り組みは、こうした構造的な問題に対する一つの現実的な解決策だったといえるでしょう。
松本 洋
松本マンション管理士事務所 代表
