記事のポイント カンヌライオンズ2025で、マーケターたちは自己誇示ではなく再調整を目的に集まり、生成AIや経済不安の中で現実的な対話を交わした。
クリエイターの扱いに変化が見られ、インフラや戦略的パートナーとしての位置づけが真剣に議論された。
DEIの存在感が薄れるなかでも、インクウェル・ビーチは存続し、包摂の本質を問い直す場として意味を持ち続けた。


カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルの1週間は、例年通りの華やかさと、対照的な現実のあいだで揺れていた。1000万ドル(約157億円)規模のビーチフロント・アクティベーションが展開される一方で、経済不安がささやかれ、生成AIへの熱狂と予算削減が交錯した。しかし業界が最後にたどり着いたのは、意外にも、そしてどこかで見覚えのある「楽観」という感情だった。

カンヌとは、そもそもそういう場所だ。緊張感とスペクタクルが共存し、マーケティング責任者たちがシャンパン片手に効率化の指令について語る場所。夕暮れのパネルディスカッションは、パワーアピールでもあり、ある種のセラピーでもある。今年はそのコントラストがいっそう際立ち、それゆえに、むしろ正直に感じられた。

あるいは、周縁においてこそ、その本音が現れていた。

「4月に発表されたアメリカの関税政策や、それに端を発する世界的な経済減速が、多くのマーケターの頭を悩ませてきた」と語るのは、ショーヒーローズ(ShowHeroes)のCMO、デニス・キルシュナー氏である。

だが、ここカンヌでは、雰囲気は決して停滞していなかったという。

出席者の数は堅調に見え、複数のブランドが、アメリカで直面している課題を補うべく、ヨーロッパ市場への深耕を模索していると語ってくれたと、キルシュナー氏は続けた。

目的はポーズでなく、再調整



週を通して一貫していたのは、熱狂ではなく、抑制の効いた現実的なトーンだった。マーケターたちがカンヌに足を運んだ理由は、自己誇示ではなく、再調整──プラットフォームの変化、地政学的リスク、AIによる混乱が続くなか、揺るぎない足場を探しにきたのだ。

「カンヌ2025は、未来が少しずつ輪郭を帯び始めているような感覚だ」と語るのは、ブレインラボ(Brainlabs)北米のプロダクト責任者、ジェレミー・ハル氏だ。

こうした変化の兆しは、ステージ上ではなく、ホテルのバーや街中の静かなミーティングにあらわれていた。複数の投資銀行やプライベート・エクイティ企業が今年は現地入りしていたという。あるエグゼクティブによれば、ホウリハン・ロキー(Houlihan Lokey)は週の半ばに独自のドリンクイベントまで開催した。

「今年は、投資銀行関係者をこんなに見かけたことはない」とそのエグゼクティブは語る。

ブランドの広告であふれかえるなかで彼らの存在は目立たなかったかもしれないが、確かな変化の兆候ではあった。彼らは単にロゼワインを楽しむためにカンヌに来たのではない。投資のパイプラインが見え始めたとき、彼らは動き出す。昨年が「衝撃に備える」年だったとすれば、今年は「偵察」の年──AIが生む成長ストーリー、過小評価された資産、そして国境をまたいだ事業展開の可能性が具体的に語られ始めている。

「この業界に対して真摯な関心を持つ人々がいて、人間の創造性を支えるための取り組みを模索しようという意志がある」と語るのは、コード・アンド・セオリー(Code and Theory)共同創業者でCEOのダン・ガードナー氏だ。

クリエイターをめぐる会話の変化



そうした意志は、もう一つの静かな変化にも表れていた──それはクリエイターをめぐる会話の質だ。

これまでのカンヌでは、クリエイターエコノミーはしばしば「おまけ」のように扱われてきた。CMOたちは義務的に語ってはいたものの、真剣に取り組むには至っていなかった。しかし今年のトーンは違った。フォロワー数ではなく、インフラ──制作スタジオ、メディアネットワーク、スケール可能なクリエイティブを支える裏方のシステム──が話題の中心にあった。

「いまやクリエイターは戦略的パートナーであり、クリエイティブディレクターであり、ブランドとのコラボコレクションを手がけたり、商品開発に関与したり、ブランドのソーシャルアカウントを運用したりしている」と語るのは、ウィーラー(Whalar)の共同CEO、エマ・ハーマン氏だ。「だからこそ、私たちもクライアントとの向き合い方がより戦略的になっている。CMOたちも気づき始めている。『これはソーシャルチームだけに任せていい話じゃない』と。もはやビジネスの根幹なのだと」。

カンヌに芽生えた「謙虚さ」



もちろん、カンヌは依然として「憧れ」の核を抱えている。だが今年は、これまで避けてきたある感情「謙虚さ」をちらりと覗かせた。すべての答えを持ち合わせていないという感覚。そして、その答えの多くは、必ずしもメインステージからは得られないかもしれないという認識。ローカルに、丁寧に、不完全でも手を動かすことの重要性が、静かに共有されていた。

誰もが「業界は救われた」と確信して帰路についたわけではない。だが、多くの人が「どうすればこの業界を安定させられるのか」について、かすかな手応えを得たようだった。

「最近では、より分析的で、このエコシステムの仕組みについて具体的な知識を持つCMOが増えてきた」と語るのは、アドテク企業トリプルリフト(TripleLift)のCEO、デイブ・ヘルムライク氏だ。「それは私たち全員にとって好ましい変化だ。ただし、仕組みにばかり意識が向いてしまい、私たちが日々目指すべき本質を見失わないことが前提だが」。

DEIは後退、それでもインクウェル・ビーチは続く



カンヌのパレ(Palais)やクロワゼット通りでは、あらゆるテーマが語られている。だが、今年のカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルで、ほとんど話題に上がらなかったことがある。それが、「多様性、公平性、インクルージョン(DEI)」だ。

この流れにより、今年の「インクウェル・ビーチ(Inkwell Beach)」の設営を担ったエイドリアンヌ・スミス氏にとって、準備は例年以上に難しくなった。スミス氏は、DEIの推進を目的とした非営利団体「カンヌ・キャン:ダイバーシティ・コアリション(Cannes Can: Diversity Coalition、略称CC\:DC)」の創設者である。インクウェル・ビーチは、同団体が運営するスペースで、ヤフー(Yahoo!)、グーグル(Google)、マイクロソフト(Microsoft)といったテック大手に並んで、カンヌのビーチ沿いに展開されている。

インクウェル・ビーチはこの5年間、変わらず設置されてきた。しかし、DEIが業界にとって“扱いづらい”トピックとなるなか、スミス氏らは対応を迫られている。団体名から「ダイバーシティ」の文言を外し、Cannes Can: Diversity Coalitionではなく「CC\:DC」とだけ名乗るようにし、ウェブサイトからも同様のワードを削除。従来の支援者が撤退するなかで、新たなパートナーの開拓にも注力せざるを得なくなったという。

ここ数カ月、多くのマーケターたちは、あらゆる社会課題に対して態度表明を求める消費者の期待と、保守的なステークホルダーやトランプ政権からの反発のはざまで板挟みになっている。今年のカンヌのパネルでも、人種を扱うトピックは減少し、その代わりに「神経多様性(Neurodivergency)」が話題に取り上げられていた。

スミス氏に現地で話を聞いた。

※以下、インタビュー部分は明瞭さを保つため軽く編集した。

「多様性は、排除ではなく包摂のためのもの」



──DEIへの反発は、今年のカンヌ準備にどんな影響を与えたか?

問題は、ブランドスポンサーシップの領域にある。多くの人が、「自社がインクウェル・ビーチを支援していると見られたらどうなるか」と懸念している。「政府との契約があるから標的にされたくない」「目立ちたくない」と言うんです。私たちは「ロゴを壁に貼らなくてもいい。でも、本当に信じているなら支援してほしい」と伝えています。これは一過性のムーブメントではなく、本気で取り組んでいるかが問われているのだ。

──今年、スポンサーを辞退したブランドはあったか?

はい。2社が、開催のわずか1週間前に撤退した。10日前には、ダイバーシティ関連の予算をカットした企業もあった。

──通常、どのくらいのブランドがスポンサーになりますか?今年のパートナーにはP&G、ヤフー、アバス(Havas)などが名を連ねているが、変化はあったか?

例年は30〜40社。今年も同じくらいですが、顔ぶれは変わっています。

──「多様性」という言葉がタブー視される新たな時代をどう乗り切っていくのか?

逆に、これまでアクセスできなかった人たちにチャンスが巡ってきた側面もある。予算や体制の都合で関われなかった小さな企業にとって、いまは門戸が開かれている。だからこそ、私たちもパートナーシップのつくり方をより創造的に工夫しなくてはいけなかった。

ビジネス面ではかなり大変でした。決定が直前になることが多く、カンヌのベンダーはすぐに前払いを求めてくるため、資金繰りにも苦労した。でも、どうにかこの場所を実現できた。

−−カンヌにおけるDEIについて、人々が誤解していることは?

DEIは、誰かを排除するためのものではない。むしろ「巻き込む」ことを目的としている。それを理解している人たちは、実際に足を運んで、私たちのステージに登壇し、語り、離れてもなお発信を続けてくれる。私たちが求めているのは、そういう人だ。

カンヌライオンズ2025 現地からのその他ニュース



マーケターたちがカンヌに集まったのは、答えを求めてのことだった。今年のPMG統合メディア責任者が語る「3つの気づき」はこちらから。


現地で耳にした生の声(Overheard)



・「AIは、逃れられない悪魔だ」

・「カールトンホテルは素晴らしいが、ドアがもっと必要だ」──カンヌの退出列で後方に並ぶ出席者

・「今年のカンヌは本当に暑い。とりあえずカフタンを詰めてきて正解だった」

・「この場所は幻想だ」

・「フェミニンなエネルギーが、いまこそ必要。気候変動、戦争、テロ、ミサイル──これらが象徴するのは制御不能なペニス。そうしたペニスを象徴する人々は、実は無力なのだ……。狩猟採集時代から続く男性の捕食的エネルギーが、この世界を破滅に導こうとしている」──ディーパック・チョプラ氏(DeepakChopra.ai & Cyberhuman.ai創設者)、カンヌライオンズのFQパネル(男性の仕事と育児・介護のバランスの重要性に関するパネル)で。

[原文:Cannes Briefing: Optimism in the margins]

Digiday Editors(翻訳・編集:戸田美子)