本記事はRokt松田誠氏による寄稿です。
記事のポイントリテールメディア市場は急成長しており、2025年の市場規模は約1795億ドルに達し、広告業界の主要分野へ。高精度ターゲティングと収益多角化を目的に、リテールメディアの活用が加速。リテールメディアは広告の新たな標準となり、小売業の競争力強化に不可欠な要素へ。

<目次> NRF 2025 レポート Vol.3 リテールメディアの進化と日本市場への示唆 リテールメディア市場の概況 広告主のリテールメディアへの取り組み リテール側の状況 日本国内のリテールメディア 広告主が今後検討すべき課題 小売企業が今後検討すべき課題 リテールメディアが新たな事業基盤に NRF 2025総括

リテールメディアの進化と日本市場への示唆
ニューヨークで開催された「NRF 2025: Retail’s Big Show」レポートの第3回では、リテールメディアに焦点を当てる。リテールメディアは、日本と米国でそれぞれ異なる進化を遂げており、その差分が大きいからこそ、日本市場にとっても多くの学びが得られる分野である。NRF 2025では、リテールメディアに関する議論が通常のセッションや展示ブースで取り上げられたが、イベントの前日にはリテールメディアに特化した特別イベント「What's in Store for Retail Media Networks」も開催された。リテールメディア市場は急速に拡大しており、この成長は小売業者と広告主の双方のニーズが合致した結果と言える。小売業者にとっては、付帯収益の獲得や本業の競争力強化が可能となる一方で、広告主にとっては、購買のタイミングで消費者にリーチできる点が大きな魅力だ。加えて、オンライン広告市場ではサードパーティCookieの廃止によりターゲティングの精度が低下しており、ブランドセーフティが担保されるリテールメディアは、より戦略的な広告投資先として注目を集めている。本レポートでは、NRF 2025で語られた最新のリテールメディアの動向を分析し、小売業者と広告主それぞれの視点から、今後の戦略的示唆を探る。
リテールメディア市場の概況
リテールメディア市場は近年急速に拡大しており、広告業界全体のなかでももっとも成長が著しい分野となっていることが報告された。2025年にはグローバル市場規模が約1795億ドル(約24兆5300億円)に達し、前年比15.4%増という力強い成長が見込まれている。特に米国市場においては、リテールメディア広告への支出が2024年に約523億ドル(約7兆820億円)に達し、2025年にはさらに20%増の620億ドル(約8兆3080億円)を超えると予測されている。この成長率は依然として高く、将来的には米国の広告費全体の約4分の1をリテールメディアが占めるとの見方も示された。NRF 2025では、複数のアナリストがリテールメディア市場の成長性を強調していたが、特に印象的だったのは、「2030年までにリテールメディア予算が総広告費の50%を占める」(サーチ&サーチX 会長 アンディ・マレー氏)との予測である。この予測が現実になれば、リテールメディアはもはやデジタル広告の一分野にとどまらず、広告市場の中核を担う存在へと進化することになる。これまでリテールメディア市場は、大手小売企業が主導してきた。北米ではAmazon Advertising(Amazon)、Walmart Connect(ウォルマート)、Roundel(ターゲット)、Kroger Precision Marketing(クローガー)、Best Buy Ads(ベストバイ)などが代表的なリテールメディアネットワークとして確立されている。特にAmazonは、2024年の決算でリテールメディア事業の売上が562億ドル(約7兆5280億円)に達し、前年比18%増という堅調な成長を記録しており、同社の全体成長を牽引する要因のひとつとなっている。また、最近のトレンドとして大手以外のリテールメディアネットワーク(RMN)の台頭が挙げられる。特定の顧客セグメントやカテゴリーに特化し、独自のファーストパーティデータを強みにした中小規模のRMNが、競争力を高めつつある。従来の巨大プレイヤーに対抗する形で、ターゲティング精度の高さやニッチ市場への対応力を武器に、広告主の投資を引き寄せている。すでに一部のRMNでは、大手と比較しても遜色ない成果を上げる事例も出はじめている。リテールメディア市場は、こうした巨大プレイヤーと新興勢力が競争を繰り広げる、急成長・急拡大マーケットであり、「検索広告」「ソーシャルメディア広告」に次ぐデジタル広告の「第3の波」とも称されるようになった。その影響力は年々増しており、特に2023年以降、広告主の予算シフトが本格化。GoogleやMetaといった従来のデジタル広告の巨頭から、リテールメディアへと広告費の移動が進んでいる。このように、リテールメディア市場は今後も継続的な拡大が予想され、広告業界全体の勢力図を大きく塗り替える可能性を秘めている。次章では、この市場拡大の背景にある広告主と小売業者の視点に着目し、それぞれの戦略を紐解いていく。
広告主のリテールメディアへの取り組み
NRF 2025では、多くのブランドが広告投資の行き先としてリテールメディアの重要性を強調した。広告主がリテールメディアに注目する理由は明確であり、その主な要因として高いターゲティング精度が挙げられる。小売業者が保有する購買データや会員情報は、広告主にとって非常に価値の高いデータセットであり、従来のマス広告や一般的なウェブ広告では難しかった精緻なターゲティングを可能にする。特に、サードパーティCookieの規制強化により、広告主はファーストパーティデータを活用できる代替手段を求めており、リテールメディアはその最有力候補として注目されている。NRF 2025では、「リテールメディアはサードパーティCookieに依存しないターゲティングを提供するもの」として、今後のデジタル広告戦略の中核を担う可能性があることが議論された。さらに、効果測定の明確さも広告主にとっての大きな魅力だ。リテールメディアでは、広告の露出が実際の購買や売上にどのような影響を与えたのかを、小売側のデータを通じて直接検証することができる。このため、広告効果をリアルな売上と結びつけるクローズドループ・マーケティングの実現が容易になる。リテールメディアは、ターゲティング精度の向上、効果測定の明確化、そしてデータを活用した広告配信の最適化を通じて、広告主にとって従来のデジタル広告を超える戦略的なチャネルとなりつつあることが示された。
リテール側の状況
小売企業がリテールメディアに注力する背景には、Amazonやウォルマートといった先行企業の成功事例がある。これらの企業は、自社が保有するファーストパーティデータを活用し、リテールメディアを通じて莫大な付帯収益を獲得。その収益を値引きの原資や新規投資に回すことで、競合が追随できない価格戦略やサービス強化を実現している。小売業者はPOSデータや会員プログラムの購買履歴など、膨大なファーストパーティデータを蓄積している。このデータを活用することでターゲティング精度の高い広告配信が可能となり、広告主にとっても魅力的な広告プラットフォームとなる。加えて、リテールメディアは小売業にとって新たな高収益事業として急成長しており、収益の多角化にも貢献している。NRF 2025では、ウォルマートのリテールメディア事業「Walmart Connect」の収益が前年比27%増の44億ドル(約6600億円)に達し、同社の全体利益の30%を占めるまでに成長したことが報告された。また、ウォルマートの担当者は、「リテールメディアは非常に高い収益性を持ち、その利益を小売本業に再投資している」と述べており、利益率が70%にも達するとの試算も示された。こうした広告収益を商品の値下げや配送サービスの強化に活用することで、顧客満足度を高める好循環が生まれている。リテールメディアの成功には、組織全体での連携が不可欠だ。アルバートソンズ(Albertsons)では、マーチャンダイジング部門、メディア部門、取引先が協力し、部門横断的な戦略を構築することで、広告効果を最大化している。また、コストコ(Costco)では「リテールメディアを組織原則とする」という方針のもと、「広告施策は必ず顧客体験を向上させるものでなければならず、決して買い物の邪魔になってはならない」と、マーク・ウィリアムソン氏が強調。このように、広告が消費者にとって価値ある体験となるよう配慮しながら、リテールメディア戦略を推進している。
日本国内のリテールメディア
日本国内においても、リテールメディアは急速な拡大を遂げている。特にEC分野でのリテールメディア活用が加速しており、国内小売業界もこの波に乗り始めている。筆者が勤務するRoktは、米国に本社を構え、リテールメディアのソリューションとして、広告主向けにはECサイトで購入完了直後に接触する機会を、EC事業者には付帯収益を獲得する機会を提供している企業だ。2019年に日本市場での事業を開始して以来、リテールメディアの成長とともに急拡大してきた。その背景には、多くの企業が自社ECサイトに訪れる顧客との接点を「自社のアセット」として捉え、これを収益化するという発想が急速に浸透していることがある。この変化は、日本の小売業界においてリテールメディアが単なるトレンドではなく、戦略的な収益源としての地位を確立しつつあることを示している。また、日本市場でRoktを導入するEC事業者は近年大幅に増加し、Roktが取り扱うトランザクション数(購入件数)はここ1年で2.5倍になるなど広告在庫が急拡大した。そして、広告主の関心も非常に高く、出稿申し込みが多数寄せられており、常に最大ボリュームで広告が配信されている状況だ。これは、日本市場においても広告主のリテールメディアへの需要が急速に高まっていることを示している。日本市場におけるリテールメディアの進展は、米国とは逆の順番で進んでいる点も興味深い。日本では実店舗でのリテールメディア活用が先行し、その後ECへと拡大していったが、米国ではEC分野での成長が先行し、実店舗でのリテールメディア浸透が後追いする形になっている。こうした状況を踏まえると、米国の成功事例を参考にしつつも、日本の小売業界に適した形でのリテールメディア展開が求められる。今後、日本市場においてどのような形でリテールメディアが進化していくのかに注目が集まっている。
広告主が今後検討すべき課題
広告主がリテールメディアを最大限に活用するためには、戦略的なメディアプランへの組み込みが不可欠だ。リテールメディアは一過性のブームではなく、今後も広告費の大きな比重を占めることが確実視されている。特に、サードパーティCookieの規制強化により、小売業者が保有するファーストパーティデータの活用は、広告戦略においてさらに重要性を増している。この変化を踏まえ、広告主はマーケティング計画の初期段階からリテールメディアの位置づけを明確にし、適切な予算配分とKPI設定を行うことが求められる。単なる短期的な施策としてではなく、中長期的なブランド戦略の一環としてリテールメディアを活用する視点が重要となる。NRF 2025では、「店内メディアはパフォーマンスメディアであると同時に、アッパーファネル(認知・興味喚起)の役割も果たす」という議論が交わされた。これは、リテールメディアが購買を促進する直接的な手段であるだけでなく、ブランドマーケティングの文脈でも活用する意義があることを示している。広告主にとって、リテールメディアはターゲティングの精度向上、購買データを活用した広告効果測定、ブランド認知の拡大など、多面的なメリットをもたらすプラットフォームとなる。今後のマーケティング戦略において、リテールメディアをどのように活用し、統合していくかが、広告主の競争力を左右する重要な要素になるだろう。
小売企業が今後検討すべき課題
小売企業がリテールメディアで成功を収めるためには、2つの重要な要素を押さえる必要がある。まず顧客体験を最優先に据えることが不可欠だ。リテールメディアの主な目的は収益化であるが、過剰な広告展開によって買い物体験が損なわれてしまっては本末転倒である。NRF 2025では、「店舗をタイムズスクエアのような広告だらけの空間にするのではなく、買い物ジャーニーを向上させることが大切だ」(SMG 北米担当マネージングディレクター ショーン・クロフォード氏)との指摘があった。コストコの事例が示すように、リテールメディアのすべての施策は「顧客価値の向上」につながるものでなければならない。広告が消費者にとって有益な情報や楽しさを提供できるかを常に考慮することが求められる。次に社内外のコラボレーションも成功の鍵を握る。リテールメディアは商品部門、マーケティング部門、IT部門が連携し、組織横断的に取り組むべき領域だ。NRF 2025では、アルバートソンズの事例が紹介され、マーチャンダイザー、メディア担当チーム、経営層が一体となって戦略を策定したことで、大きな成果を上げたことが報告された。小売企業がリテールメディアの成長を持続させるためには、顧客体験の向上と組織全体での連携が欠かせない。今後は、広告の質を高めながら、社内外のリソースを最大限活用し、リテールメディアの可能性を広げていくことが重要になるだろう。
リテールメディアが新たな事業基盤に
NRF 2025を通じて明らかになったのは、リテールメディアが小売業とデジタル広告の未来を形作る極めて重要な要素へと進化しているということだ。その重要性は前年にも増して高まり、もはや「新たな収益源」の枠を超え、小売企業の事業戦略や収益モデルを再定義する存在になりつつある。特に印象的だったのは、リテールメディアが「オプション」から「スタンダード」へと急速に移行しているという点だ。REWEグループのクリスチャン・ラヴォー氏は、「リテールメディアは単なる広告プラットフォームではなく、小売業者が競争し成長するための重要な手段になっている」と指摘している。小売業者と広告主の双方にとって、リテールメディアは持続的な競争優位性を構築するための戦略的要素になっている。小売業者は広告収益を本業への投資に回すことで競争力を強化し、広告主はより精度の高いターゲティングと測定可能なマーケティングチャネルとしてリテールメディアを活用できる。NRF 2025の熱気が象徴するように、リテールメディアは今まさに飛躍の時を迎えている。小売業にとっても広告主にとっても、新しい成長ドライバーとして活用されていくことを確信したイベントとなった。
NRF 2025総括
全3回にわたる本レポートでは、NRF 2025で議論された小売業界の最前線をテーマごとに掘り下げてきた。第1回では、「AIの活用」に焦点を当て、デジタルツイン、パーソナライゼーション、顧客対応の効率化といった分野での具体的な事例を紹介した。AIはもはや未来の技術ではなく、小売業の根幹を支える要素として浸透しつつあることが明確になった。第2回では、「ブランディング戦略の進化」に着目し、デジタルとリアルの融合、ストーリーテリング、企業文化の重要性を取り上げた。消費者がブランドの価値観に共感し、関係を築くことが求められる時代において、ブランドのアイデンティティの確立がより重要になっていることが示された。第3回では、「リテールメディアの拡大」にフォーカスし、急成長する市場の現状や広告主・小売業者の取り組みを分析した。リテールメディアは単なる広告の一形態ではなく、小売業の事業モデルそのものを再定義する要素へと進化している。NRF 2025は、単なる最新トレンドの発表の場ではなく、小売業とマーケティングの未来を形作る洞察が得られる貴重な機会であった。NRFは毎年開催され、次回のNRF 2026も引き続き小売業界の重要な指針を示す場となることが期待される。リテール業界は今、かつてないほどの変革期を迎えている。変化に対して受動的な態度を取るのではなく、積極的にリードし、NRF 2025のテーマでもあった「Game Changer」となることがこれからの成功に必要不可欠となるであろう。
松田 誠(まつだ・まこと)Rokt合同会社 日本マイクロソフトでOffice 365を始めとした各種ソフトウェア・サービスのビジネスをリード。ケルヒャーでコンシューマービジネスの責任者を担当した後、2019年にRokt合同会社に入社。ビジネスデベロップメントとして日本市場におけるRoktビジネスの立ち上げと拡大に従事している。
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