フィクションなのに…。歪んだ人間観がはぐくまれてしまう可能性

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性教育に関して、日本が世界で遅れをとっている事実をご存じでしょうか?

【おうち性教育】子どもにママの生理について教える!?

日本の性教育は2019年に「性教育の手引き」が改定されているものの、まだまだ歩みは遅い。そもそも、性教育は学校で教えるもの? それとも親が担うもの? それ以前に、性教育について考えたこともなかったという人だって、少なくなさそうです。

今、話題のコミックエッセイ『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』では、「子どもに何を教えたらいいか」「どうすれば伝えやすいか」「教えることのメリット」などを、分かりやすく丁寧に説明しています。

「子どもに何を教えたらいいか」という性教育の疑問を、長年性教育に携わってきた村瀬幸浩さんに取材し、コミックエッセイにしたのは、二児の母でもある漫画家フクチマミさん。正しい知識だけでなく親の立場からのとまどいや疑問も盛り込まれ、読後の感想はひたすら「頼りになる本」でした。今回はフクチマミさんに、この本を作るときに感じた事などをいろいろとうかがってみました。

――親として子どもに「性」をどうやって伝えればいいのか。親たちのとまどいに共感しつつ、その答えが明確に示されているので、とてもためになりました。フクチさんご自身は、この取材に臨むまで、「性教育」にどのようなイメージをお持ちでしたか?

フクチマミさん「性教育=『性器と生殖にまつわる話』だと思っていました。大切な事らしいけれど、できれば触れたくない気持ちがあって。子どもに教える事はもちろん、自分で調べることにすら抵抗感がありました」

――どうしてそんなに抵抗感があったのでしょうか?

「その原因が2つある事に気づきました。1つ目は、知識が乏しい事。実は私たちは子どもの頃、大人から自信を持って教わってきていないんです。それなのに身の回りに溢れている商業的な性情報(アダルトコンテンツなど)を性の知識だと勘違いして『知っている』と思い込んでいたんです。

2つ目は、性を不潔視していた事。性にまつわることは恥ずかしい事、汚い事として捉えていました。そう教えられてきましたし、周りに性を『大切な話』として伝えている大人がいなかった。だからどんなに『大切なんだよ』と言われても、子どもに教えたくない!と心の中でストップがかかっていたのだと思います」

――ちなみにこの本によると、性教育とは性器と生殖にまつわる話…いわゆる「セックス」の話だけではないんですよね。まずここで目からうろこ、という人も多そうです。

フクチさん「はい、シンプルに言うと性教育は『自分と相手をどうやったら大切にできるかがわかる学問』なんです。

今、世界では性教育は「包括的性教育」のことを指していて、旧来の生殖や思春期の体の発達のこと以外にも、関係性や権利、セクシュアリティ、ジェンダーの理解など、幅広い内容をカバーします。性教育を通して、自分や他者を尊重することを幼児期から学ぶ。それがスタンダードなのだそうです」

――大人の立場からは、「伝え方」も知りたいところです。お手本や実例がない中、何をどうやって子どもに教えればいいのかわかりません。この本ではフクチさんのほか、お子さんがいる編集者たちも登場していますね。「自然とわかかっていくものでは?」と言った男性のコメントが、すごく印象的でした。こう思ってる親は多いのではないでしょうか。

「今の日本で『自然に』まかせていると、子どもの性の入り口がアダルトコンテンツになってしまうことが多いんです。アダルトコンテンツの多くは、現実とフィクションを区別できる大人(=アダルト)のためのもので、興奮をかきたてるよう支配や暴力によって従わせる表現が多い。現実と妄想の線引きができる大人が「作りもの」として見る分にはいいと思うのですが……まだそれを判断することができない子ども達が、性の教科書のようにしてしまい、歪んだ人間観や間違った知識を持ってしまうことが、とても怖いなと感じています」

――学校教育では受精の仕組みや性交は指導要領に入っていないんですよね。だから家庭で伝える必要がある…。でも多くの家庭では未だに「人前で語るものではない」という先入観がありますよね。

「私は1980年生まれですが、学校で受けた性教育の授業は、小中高でそれぞれ数時間程度だった記憶があります。授業内容より『恥ずかしかった』という記憶の方が残っていますね。家庭では母から生理の対処法は教わりましたが『それが起こるしくみ」』については触れられていません。私の親もまた、「学校で教わっているから、親が教えるものではない」と考えていたように感じます。性にまつわる話題は、冗談では口にしても、真面目に語られる事はなかったですね。そういった状況だったので、いろんなことが不確かなまま大人になってしまった感覚があります」

――そういったご体験を伺うと、大人が背筋を伸ばして伝えることの大切さも実感させられますね。自分の恥ずかしさを、子どもに押し付けてもいけない。この本では子どもに伝える際の言い方などもとても詳しく書いてあり、とても参考になりました。それを描くにあたってのご苦労などはありましたか?

「まず、性教育に抵抗を感じること自体を否定しないよう気をつけました。そうなって仕方のない背景が私たちにはあるので。あとは『きれい、汚い』『素晴らしい、悪い』のような価値観を押し付けないよう、淡々と事実を伝える表現になるよう試行錯誤しました。ふんわりしたイメージトークになるような言葉も出来るだけ使わないようにしています。回数や、理由などを具体的に、と意識して描きました。」

――子どもが親に隠れてアダルトコンテンツに触れていたとき、「性的なものだからダメ」「いやらしい」と行って否定するのではなく、「今それらの情報に触れてほしくない理由」が書かれていて、とても参考になりました。

「そもそも性的な欲求そのものは『悪』ではありませんから、否定しなくていいんです。ただ子ども向けには作られていないコンテンツに触れて欲しくない理由と、親の思いを言葉にして伝えることは、とても大切だと思います」

――子どもに聞かれたら、こう答えればいいんだという安心感がハンパありません!

「私自身も、本に描いた内容を、生活の中で子どもに伝えています。『おうち性教育』の利点は、日常生活の中に話すチャンスがたくさんあることだと思います。例えば、プライベートパーツ(※)の話は毎日のように話しています。『おしりはプライベートパーツだから親子でも勝手に触らないよ?』のように。繰り返し伝えてきたことで、子ども達の意識にしっかりしみ込んできているのを感じます。私がうっかり触ってしまった時も『ママ!プライベートパーツ!!』と即座に注意されます。なんだか頼もしいです(笑)」

※「プライベートパーツ」いのちに直接関わる場所で、口、胸、性器、おしりの4つ。他人がお世話や看護以外で勝手に触ったり触らせたり、見たり見せたりしてはいけない部分。プライベートゾーンとも呼ばれる。

――人によっては「性交について親から伝えるのはどうしても抵抗感が…」といった場合はどうしたらいいでしょう?

「親から伝えられない時は、子どもが自分で読める本を渡してみたり、信頼できる性教育情報メディアにつなげるのもいいと思います。まず伝えることが一番大切です。ちなみに、10歳くらいまでのお子さんが自分で読むなら『あ!そうなんだ!性と生』(エイデル研究所)という本がわかりやすくておすすめです。中高生なら「セイシル」というサイトが参考になります。気持ちに寄り添った内容でイラストやデザインがとてもかわいいんです。正しい性の知識は、子どもが幸せに生きていくために必要です。大人が「自然とわかるものだから」と目を背けたしわ寄せは、そのまま子どもにいきます。このことを大人はしっかり考えないといけないと思いました」

――「正しい知識を知る」ことが「自分と他者を守る」につながるという点が、この本の最大のテーマだと思いましたが、あっていますでしょうか?

「そうですね。私自身この本に書いたような教育を受けていたら、自分の心や体を肯定的に受け止められて、もっと自己肯定感の高い人間になっていたと思います。今回性教育を学び始めて、過去の自分の発言や行動を思い出して「なんて失礼なことをしてしまったんだろう…」と悔やんだり恥ずかしくなることもありました。正しい性教育は、自分や他者を傷つけずに済む、大切にできることにもつながります」

――この本で伝えきれなかったけど、これもぜひ!という情報はありますか?

「性教育で『性の話題をオープンに!』と言われると戸惑う人も多いと思います。人前で自分の経験を話さなくてはいけないの⁉……と。しかし『オープン』とは、自分のプライベートなことをあけすけに語ることではありません。『性をタブー視しないこと』『語るべき時に語れること』『その為に性について考えられること』なのではないでしょうか。どこまで話すか・話さないか、どこまで聞くか・聞かないかは自分で決めていい。そう考えると踏み出しやすくなるのではないかな、と思います」

――最後に、読者へのメッセージをお願いします!

この本は男性にも女性にも読みやすい内容を目指して描きましたので、ぜひ「夫婦で」読んで頂きたいなと思っています。おうちでの性教育は、夫婦が共通認識を持って力を合わせて伝えていくことが大切です。特に思春期以降は同性の親だからこそできることもあります。また、シングルペアレントの場合にはどう伝えていけばいいのかについても触れています。性は生きていく上で必須の知識、それを子どもに正しく伝えていくのは大人としての責任だと思います。ただ、私たちはしっかり教わっていない。だから今からでも学んでいくことが大切なのではないでしょうか。その為にこの本を役立ててもらえたら嬉しいです。

文=木下頼子