紳士服会社の逆転劇、債務超過から復活に導いた“大手術”とは
紳士・婦人服の製造を行っているB社の強みは、国内だけでなく中国に製造工場を持っていたことだ。それによりオーダーメードのスーツを安く提供でき、「初回お試し価格1万9800円」という大胆な戦略が展開できる。
B社が成功した理由のひとつは、直営店による販売網を自社で構築していったからだろう。それ以前は百貨店やスーパーマーケット、専門小売店などを通しての販売が中心だったのだが、バブル崩壊により、販売先が次々と破綻してしまい、販路を失ってしまう。そしてB社も債務超過に陥り、最後は税金や社会保険料まで滞納しているほどだった。
そんな厳しい状態で父親から経営を引き継いだ若い社長が私たちのところに相談に来たのは、2006年のことだ。この時も中小企業再生支援協議会に行くよう背中を押したのはメーンバンクであり、支店長が親身になってアドバイスをしてくれたという。販路の多くを失ったとはいえ、その後の売り上げは安定していたので、再生の可能性ありと判断したのだろう。
しかし問題だったのは、年間売り上げとほぼ同額の借入金だ。とても返済できる見込みはない。ただし、若社長は生産の中国シフトを進めて大幅なコストダウンを成功させるなどの経営努力を続けてきており、この点は私たちも大きく評価した。
デューデリジェンス(企業の価値査定)の結果は、やはり厳しく、たとえ金融機関に債権を放棄してもらったとしても、自力での再生が望めるとは考えられなかった。このため、B社のビジネスモデルに価値を見いだし、投資してくれるスポンサーを発掘する必要があった。イメージとしては、スポンサーの出資により設立した新会社がB社の事業を引き継ぐ。商取引と雇用も全て引き継ぎ、残された借金漬けの会社を清算するスキームである。もちろん、すべての金融機関の了解を得て行うウルトラCのスキームなのであるが、今では「第二会社方式」と呼ばれ、すっかり一般的な手法となっている。
蛇足であるが、どうもこのネーミングを普及させたのは私のようである。
「大手術」で復活
このような「大手術」の結果、B社の事業は継続されることになり、しばらくは社長が続投していたものの、その後スポンサー企業の事情により、社長は退任しB社を去ることとなった。さらにその後、リーマン・ショック、東日本大震災と日本経済全体を揺るがす激震を経て、何と、B社がオーナー家の社長の手に戻ったのである。
このような逆転劇を経て、活気を取り戻し、直営店による販売へと軸足を移したことでB社は完全に復活し、今に至る。そういう意味では、かなりドラマチックな抜本再生だった。
(文=藤原敬三)
【筆者略歴】東京都中小企業再生支援協議会顧問、中小企業再生支援全国本部顧問
72年(昭47)大阪府立北野高校卒。76年神戸大経卒、同年第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。支店長、審査部企業再生専任審査役などを歴任。03年3月みずほ銀行を退職し、東京都中小企業再生支援協議会統括責任者、顧問、07年4月より全国本部統括責任者。17年4月より現職。主な著書に「会社は生き返る カリスマドクターによる中小企業再生の記録」(日刊工業新聞社刊)など。
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