欧州サッカーの旗手たち(4)〜守備的ミッドフィルダー編

 かつての「10番」像はすっかり崩壊した。2トップは激減。それとともに2トップ下というポジションも激減した。2トップ下の総称だった10番、司令塔、ゲームメーカー、ファンタジスタは、1トップ下には合致しない表現になる。彼らは、布陣の変化に伴い、キャラクターを変えざるを得なくなった。

 では、ゲームメーカーはどこに行ってしまったのか。中盤の3人がVの字型に構える4−3−3の場合は、比較的分かりやすい。Vの字の左右の頂点を務める選手になる。バルサにおけるイニエスタやシャビのポジションだ。

 とはいえ、彼らはかつての10番タイプより、相手ボールに対して敏感に反応する。より「中盤的」だ。攻守を50対50に近い感じでプレイする。

 かつてのゲームメーカーはそうではなかった。80対20。相手ボールを奪い返す意識は希薄だった。つまり、かつてのゲームメーカーとは、マイボール時のゲームメーカーであって、試合全体のゲームメーカーではなかった。

 司令塔もしかり。攻撃の司令塔だった。全体の司令塔ではなかった。サッカーは基本的に相手ボール50、マイボール50の関係にあるスポーツ。マイボール時しか司令できない司令塔は、サッカーの概念はもとより、司令塔本来の意味からもかけ離れている。

 攻守両面に渡って強い影響力を行使できる選手。これこそがサッカー本来の司令塔だ。ピッチの真ん中付近で構える選手、あるいはその少し下で構える選手。ポジション的に該当するのは彼らだ。

 グアルディオラ(バイエルン監督)、シメオネ(アトレティコ・マドリード監督)、アンチェロッティ(レアル・マドリード監督)。今季チャンピオンズリーグのベスト4に進んだ監督のうち、3人はそのポジションの出身だ。

 守備的MF、ボランチ、ピボーテ、センターハーフ、セントラル・ミッドフィルダー、チェントロカンピスタ等々、呼び方は様々だが、彼らこそが、事実上の司令塔になる。ピッチ上の監督になる。

 即、連想するのは、シャビ・アロンソ(スペイン代表/レアル・マドリード)だ。異色の大卒選手だから言うわけではないが、見るからに思慮深そうだ。ベンチに座る監督と同じくらい、見えている。まさに監督向き。司令塔と言いたくなる選手だ。

 同じレアル・マドリードで、それより若干高めのポジションでプレイするモドリッチ(クロアチア代表)は対照的に、局面に強い選手だ。細やかな技術と運動量で、いいタイミングで繋ぎに入る。奪われても落胆することなく、鋭い反応で、ボールを奪いにかかる。巧さとしぶとさを兼ね備えるセントラル・ミッドフィルダーだ。

 4−2−3−1メインで戦うクロアチア代表では、守備的MFに入ることが多い。コンビを組むのは、セビーリャの中心選手として今季のユーロリーグ優勝に貢献したラキティッチ。こちらは、モドリッチとは対照的にスマートなプレイをする。視野が広くパス能力の高い、品のあるプレイをする。セビーリャ以上のクラブでプレイする力は十分にある。ビッグクラブがいま最も目をつけている選手といっても言い過ぎではない。

 むしろ攻撃的MFの方が相応しいのではないかと思わせる2人を、4−2−3−1の2に並べるクロアチアのやり方に、サッカーの今後の姿が垣間見える。守備的MFにあえて守り屋を置かない。潰し屋、壊し屋ではない技術系の選手で臨む。技術で主導権を握ろうとするサッカーは、いま世界に浸透しようとしている。

 W杯開幕戦でホスト国、ブラジルに対して、どんなプレイを見せるか。相当苦しめるのではないかと僕は思っている。

 それは日本に不足している考え方、文化と言うべきである。

 ボランチ。ブラジル人が持ち込んだこの言葉は、センターハーフ、セントラルMF的な解釈を、日本から失わせる結果になった。ボランチと攻撃的MF。気がつけば、MFは攻める人と守る人に2分されていた。4分割表記が浸透する遙か前からだ。それが10番、司令塔を変に持ち上げる結果になっていた。

 中間がなかった。50対50のスタンスでプレイする選手が育たなかった。

 50対50。ジェラード(イングランド代表/リバプール)、ランパード(イングランド代表/チェルシー)は、その代表的な選手になる。イングランドには中盤フラット型4−4−2の伝統がある。したがって、センターハーフは元々存在した。イングランド代表の布陣が4−2−3−1に変化しても、その概念には変化がない。4−2−3−1の2を務める両選手に、ボランチという言葉は似合わないのだ。

 4−2−3−1は4−4−2と4−3−3を足して2で割った中間型の布陣だ。4−4−2に近いものもあれば、4−3−3に近いものもある。日本の4−2−3−1は例外に属する。ベースにあるのはブラジル伝統の4−2−2−2。その変化形。4−2−3−1の2に、センターハーフ的な選手が見つかりにくい原因だ。

 まさに中盤らしい、中間的な選手はきわめて不足した状態にある。世界と比較すれば一目瞭然。日本にいそうもないタイプの中盤選手が、外国には数多くいる。

 今が旬、売り出し中なのはコケ(スペイン代表/アトレティコ・マドリード)だ。シャビ二世と言われるが、シャビよりもさらに「中盤的」だ。オールラウンドな動きができるパッサー。ひと言でいえばそうなる。かつて、守備的でもなければ攻撃的でもない選手を、「8番の選手」と呼んだことがあった(とりわけ日本で)。中盤のバランスを整えることがその一番の役割だと言われたが、存在としては地味だった。主役ではなく脇役。それが一転、今日では司令塔に昇格した。コケはそうしたトレンドを象徴する選手と言っていい。

 現在はスペイン代表の30人のメンバーに選ばれている段階で、本大会でどれほど出場機会が与えられるか定かではない。だが、スペインが連覇するためには、新戦力の台頭が不可欠だ。

 メンバーの固定化。スペインの力が一時より弱まっているように見える、これが最大の原因だ。勝ち続けたばかりに、変えられなくなってしまった。その弊害を、確かに垣間見ることができた。FWジエゴ・コスタの加入はその意味でも貴重。カンフル剤に十分なり得るが、コケがどれほど出場機会を得られるかも、大きなカギになる。

 そのスペインを、ブックメーカーの前評判でわずかに凌ぐドイツ代表にも、W杯初出場選手がいる。トニ・クロース(バイエルン)だ。自慢は展開力。視野の広さを武器に、常に逆サイドに目を配るドイツのシャビ・アロンソだ。

 4−2−3−1のドイツ代表で、そのクロースとコンビを組むのは、バイエルンの先輩のシュバインシュタイガー。こちらは元サイドアタッカーだ。半分フォワードに近い選手だった。

 バイエルンのグアルディオラ監督は、サイドバックのラーム(ドイツ代表)をそこで起用することもある。現役時代、彼は、スペイン風に言うところのピボーテ、バルサ風に言うところの「4番」で活躍した名手。その彼がラームを、低い位置で構えるゲームメーカーに適した選手だと判断した。グアルディオラにはスペインリーグ3部でプレイしていたブスケッツ(スペイン代表)を「4番」のポジションに大抜擢し、成功を収めた過去がある。

 ピルロ(イタリア代表/ユベントス)も、グアルディオラの「4番」論に叶った選手と言えるが、イタリアのサッカーそのものは、他の常連国に比べると守備的だ。守備的MFが守備に回る時間が長い。その決して高くない守備能力が、逆に露わになる皮肉なケースが目立つ。

 セリエAで新鮮に映るのはビダル(チリ代表/ユベントス)。確実でミスの少ない安定感が売りだ。「8番」系の選手だが、存在感は十分。チリの精神的な支柱だ。同僚のボグバ(フランス代表/ユベントス)は、身体能力が自慢。圧倒的なパワーでゴールを奪う力もある。フランス浮沈のカギを握っている選手と言っていい大型選手だ。

 ナポリに所属するスイス代表コンビ、ベーラミとインレルは、センターハーフタイプ。派手さはないが、けれんみのないボールさばきと堅実な展開力が売り。相手をストップさせる能力にも長(た)けている。スイスの躍進を象徴する2人だ。

 ジョン・オビ・ミケル(ナイジェリア代表/チェルシー)、マスチェラーノ(アルゼンチン代表/バルセロナ)、ナイジェル・デ・ヨング(オランダ代表/ミラン)など、チームの柱となるお馴染みのメンバーも忘れることはできないが、僕の今回のW杯でのイチオシは、ベルギー代表のビッツェル(ゼニト)だ。

 このアフロヘヤーの大型選手が騒がれることはあまりない。ロシアでプレイしていることも名前が広がりにくい原因の一つだが、相手をストップする能力はピカイチ。展開力もある。ベルギーを現在の地位に押し上げた立役者と言っていい。大会後、彼を巡って欧州のビッグクラブが争奪戦を展開する可能性は大いにある。

杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki