限界プーチンが断行する「命の選別」…少数民族や受刑者がキルゾーンへ 選挙をにらみ都市部の男性は戦地に行かせず、次は北朝鮮兵
ロシアによるウクライナ侵攻から8月で4年半。前線では、ウクライナの無人機が待ち構える「キルゾーン」を突破するため、ロシア軍が人的損失をいとわない突撃を繰り返している。死者は増え続け、氏名が判明しただけで23万人を超えた。ただ、これは最低限の数字にすぎない。死者と負傷者を合わせたロシア軍の人的損失は、120万人を超えたとの推計もある―。
【画像】ロシア軍内部から不満噴出で孤立を深めつつある「プーチンの忠犬」
戦死者が多い「非ロシア系民族」が多く暮らす地域
これだけの損失を出しながら、ロシアはなぜ侵攻を続けられるのか。その背景には、地方や刑務所から兵員を集め続ける仕組みがある。
地方政府は高額の契約金や給与を掲げて募兵を進めてきた。雇用が乏しく賃金も低い農村部では、軍の提示額が家族の生活を一変させるほどの意味を持つ。
戦争のしわ寄せを受けているのは、首都から遠く離れた地方の住民や少数民族、そして受刑者だ。
経済的、社会的に立場の弱い兵士を前線で消耗させ、その死を覆い隠す。浮かび上がるのは、戦争の痛みを大都市の中間層から遠ざける、ロシア指導部の冷徹な計算である。
ロシアの独立系メディア「メディアゾーナ」と英BBCは、SNSの投稿や地方当局の発表、墓地に刻まれた名前などを基に、ロシア軍の戦死者を特定している。
確認された戦死者が地方別で最も多いのは、バシコルトスタン共和国。2024年9月時点で約2800人だったが、2026年7月までの1年10カ月で1万106人に膨らんだ。タタルスタン共和国も8845人に上る。どちらも非ロシア系民族が多く暮らす地域だ。
モスクワ州の戦死者は地方の30分の1
一方、首都モスクワ市の戦死者は男性1万人あたり5人にとどまり、経済的に貧しい地域の30分の1程度だった。
この格差は、部隊の配置だけでは説明できない。メディアゾーナの分析では、2023年以降に死亡した兵士の中心は、侵攻開始後に国防省と契約した「志願兵」だった。
バシコルトスタンやタタルスタンで戦死者が急増した時期は、地方当局が募兵を強化した時期と重なる。
形式上は志願でも、誰もが自由に選択したとは限らない。高等教育を受けた都市部の中間層には、兵役を避けたり国外へ逃れたりすることが比較的多い。
一方、地方の若者や生活困窮者にとって、軍との契約は数少ない収入源となる。「志願」の背後には、愛国心だけでは説明できない経済格差がある。
少数民族コリャークの村、人口400人のうち男性の7割が戦地に
極東カムチャツカ地方にある少数民族コリャークの村セダンカでは、人口約400人のうち、軍務可能な男性の約7割が戦地に赴いた。多くの戦死者を出し、村は2025年10月、国から「武勲の村」の称号を与えられた。
村の平均月収はモスクワの3分の1以下。軍と契約すれば、250万ルーブル(約520万円)の一時金に加え、月20万ルーブル(約42万円)以上の給与が支給されるという。国家がたたえる「武勲」の陰には、地方の貧困と家族を失った人々の悲しみがある。
ロシア軍が兵力を確保する方法は、戦況とともに変化してきた。
侵攻初期の2022年、戦闘の中心を担ったのは契約軍人だった。同年9月にプーチン大統領が部分動員令を出すと、予備役が大規模に招集された。
これと前後して、民間軍事会社ワグネルは刑務所で受刑者から戦闘員を募集し、一定期間戦えば釈放すると持ちかけ、前線へ送り込んだ。
受刑者部隊は、ウクライナ東部バフムトなどの激戦地で突撃に投入された。メディアゾーナの集計では、2023年3月ごろ、受刑者が戦死者の最大のカテゴリーとなった。短期間の訓練しか受けていない兵士が、ウクライナ軍陣地への攻撃を繰り返し命じられた。
ワグネルの反乱と事実上の解体後も、受刑者の動員は終わらなかった。国防省が募集を引き継ぎ、刑務所は引き続き兵員の供給源となった。
なぜ? 地方で高額報酬を掲げて契約兵を集める手法に依存
ただ、2023年後半以降、戦死者の中心は受刑者から地方の契約兵へ移った。ロシア政府は、国内の反発を招きかねない新たな大規模動員を避ける一方、契約一時金を引き上げ、地方政府にも独自の給付を競わせた。
背景には、国内世論への警戒がある。燃料不足に加え、通信アプリ「テレグラム」への接続規制などを巡って国民の不満が強まり、プーチン大統領の支持率にも陰りが見える。
日ロ外交筋は「今年9月の統一地方選までは、大規模な追加動員に踏み切るのは難しいだろう」とみる。
選挙を前に、都市部を含む幅広い国民へ招集令状を送れば、戦争への不満が一気に噴き出しかねない。とりわけ、首都モスクワやプーチン氏の出身地サンクトペテルブルクで、不満を増大させるわけにはいかない。
このため政権は強制動員を目立たせず、地方で高額報酬を掲げて契約兵を集める手法に依存している。
地方や刑務所から「キルゾーン」に送り込まれる
地方指導者にとって、割り当てられた兵員を確保することは、クレムリンへの忠誠を示す手段でもある。募兵数が行政上の実績となり、その結果として増えた戦死者が、地域の「献身」として扱われる逆説的な構図が生まれた。
少数民族地域を含む地方で突出する死者数は、戦争の負担がロシア社会に均等に分配されていない現実を示している。
地方や刑務所から集められた兵士は、前線でどのように使われているのか。
ウクライナ東部の戦線では、無人機が前線とその後方を常時監視する。兵士や車両が発見されれば、位置情報がFPV無人機や砲兵部隊へ送られ、攻撃を受ける。ロシア、ウクライナ双方が「キルゾーン」と呼ぶ空間だ。
大部隊や装甲車をまとめて動かせば、すぐに発見される。このためロシア軍は、数人単位の歩兵を徒歩やオートバイで繰り返し送り込み、ウクライナ軍陣地の隙間へ浸透させる戦術を多用するようになった。ウクライナ軍が「千の傷作戦」と呼ぶ恐ろしい戦法だ。
一度の攻撃で得られる領土はわずかでも、攻撃を途切れさせず、防御側の兵士と弾薬を消耗させる。前の部隊が倒されれば、次の部隊を送る。
必要なのは、高度な訓練を受けた精鋭だけではない。損失を前提として、次々と前進させられる大量の歩兵である。兵士一人一人の生存より、攻撃の継続が優先される。
この戦場に送り込まれる兵士には、地方の生活困窮者や少数民族、受刑者らが少なくない。
命の選別…誰の命なら失っても政権への打撃が小さいか
経済的、社会的に拒否する力の弱い人々が集められ、危険な任務を担う。ロシア軍が進めているのは、戦術としての消耗戦であると同時に、誰の命なら失っても政権への打撃が小さいかを見極める「命の選別」でもある。
ロシア政府は侵攻後、自軍の戦死者の全体像をほとんど明らかにしていない。政権はインターネット統制を強め、戦死者や前線の実態が全国へ広がるのを抑えようとしている。
地方で一人ずつ告げられる死は、国家全体の損失として共有されにくい。戦死者を地方に分散させることは、戦争が社会に与える衝撃を分散させることでもある。少数民族や農村部が受けた被害は地域に閉じ込められる。
だが、地方の住民や生活困窮者、受刑者を高額報酬で集める兵員確保の仕組みにも、限界が見え始めている。
外国の兵士を大量にのみ込む段階へ
米戦略国際問題研究所(CSIS)は、2026年のロシア軍の人的損失が月3万人を超える一方、新たに確保できる兵員は月約2万7千人にとどまり、損失が補充を上回っている可能性が高いと分析する。
前線へ送り込む兵士を国内から集め続けるだけでは、消耗を埋められなくなりつつある。その不足を補う存在として浮上しているのが、北朝鮮兵だ。
ウクライナのゼレンスキー大統領は7月25日、ロシアが北朝鮮から新たに3万人の兵士を受け入れる準備を進めているとの見方を示した。ロシア南西部ボロネジ州では6月から、受け入れに向けた準備が進められているという。
地方の少数民族や受刑者を前線へ送り続けてきた戦争は、外国の兵士を大量にのみ込む段階へ進もうとしている。
ロシア指導部が選別しているのは、誰の死なら社会を揺るがさず、誰の犠牲なら政権への打撃を抑えられるのかということだ。国内で補えなくなれば、その範囲を国外へ広げる。モスクワやサンクトペテルブルクの政治的安定を守る陰で、戦争の代償を引き受ける人々の輪だけが広がり続けている。
文/東銀座コンフィデンシャル 写真/shutterstock

