山口県の獺祭で、驚きの展開…なんと「杜氏0人でも、酒は造れる」…いったい、何が起きているのか?

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一滴の雫に満たされている、数千年にわたる叡智……。

もはや国民的な飲み物の一つとなったワイン。近年、日本産ワインも急成長していることはご存知の方も多いと思いますが、さらに注目を集め始めているビオワイン、オレンジワインはご存知でしょうか。

ワインは、単なる嗜好品にとどまらず、人類が長い時間をかけて磨き上げてきた文化の産物として多くの人々を魅了し続けています。しかし、グラス一杯の背後には、ブドウ樹の生理、発酵微生物の働き、 果汁やワインに含まれる化合物の化学反応、といった、さまざまな科学的要素が複雑に絡み合っています。

ワインの原料となるブドウの最新の栽培技術、醸造技術から、おいしさ、香り、健康効果はもちろん、温暖化によるブドウ栽培の変化など、ワインの魅力を科学の言葉で説明した『最新 ワインの科学』(講談社・ブルーバックス)。本記事シリーズでは、この書から、興味深いトピックを選りすぐってご紹介していきます。

今回は、AIやIoTといったデジタル技術が切り拓く、醸造の新たな可能性を探ります。

*本記事は、『最新 ワインの科学 芳醇な香りと味わいはどのように生まれるのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。

デジタル技術が変える醸造の未来 スマート醸造システム

ワインや日本酒造りは、長い歴史をもつ伝統的な技術で、造り手や杜氏の経験と勘が酒質を左右する、まさに職人の世界です。

しかし近年、この伝統の世界に新しい風が吹き始めています。人工知能(Artificial Intelligence:AI)やIoT(Internet of Things)、ビッグデータ解析といったデジタル技術が、次々と醸造の現場に導入されています。

これらは単なる酒造りの機械化ではありません。長年培われてきた職人の知恵や感覚を数値データとして可視化し、誰もが高品質な酒造りを再現できるようになる…いわば、伝統技術を次の世代へ引き継ぐための新しい道具です。

ワイン造りにおけるAI活用の最前線

ブドウ畑にセンサーを取り付け、気象・土壌・生育データなどの情報を収集し、病害発生時期や収穫時期、収穫量を予測する試みが進められています。

AIがこれらのデータを学習することで、予測結果に基づいた作業の効率化が進み、品質や収量の安定化も見込まれます。ドローンによって集められた膨大な情報をAIが解析し、経験則に頼っていた判断を、より客観的にサポートできるシステム作りも始まっています。

スタンフォード大学発のスタートアップ企業ディープ・プラネット社は、機械学習を基盤とした栽培管理ツール「バインシグナル(VineSignal)」を提供しています。このツールは衛星画像を活用し、ブドウ畑の土壌水分、葉面の湿度、樹勢(ブドウ樹の健康状態)などをリアルタイムでモニタリングします。

これらのデータを機械学習モデルで解析することで、病害の発生リスクや収穫量、最適な収穫時期を高精度に予測し、栽培管理の効率化を実現しています。

アメリカ・カリフォルニア州のスタートアップ企業テイスツリー社は、AIを活用してワインの「テイスティング」をデータ化する技術を開発しました。

同社のAIは、数万本に及ぶワインを分析し、香り・味・質感など数千種類の化合物の組成とその相互作用を学習することで、ワインの風味プロファイルを数値化しています。この数値データをもとに、ワイナリーは自社製品の特性を把握し、消費者の嗜好に合わせたブレンドや製品の改良を行うことができます。

実際、カリフォルニア州の大手ワイナリーでは、AIが発酵タンクごとのワインの数値データを比較し、最適なブレンド比率などを提案するなど、醸造工程でAIが活躍しています。

日本酒に広がるスマート醸造革命

日本酒の世界ではさらに革新的なデジタル技術が醸造現場で活用されています。いわゆる「スマート醸造革命」と呼ばれる動きの背景には、杜氏の高齢化や後継者不足といった深刻な課題があります。

こうしたなか、AIやIoTなどのデジタル技術を活用し、伝統の技を科学的に解析し、継承・発展させようとする取り組みが広がっています。

その先駆けとなったのが、山口県の「獺祭」です。同社は杜氏制度を廃止し、原料処理から発酵、搾りに至るまでのすべての工程を数値化しました。AIが発酵曲線や温度の最適化を解析し、杜氏の経験や勘に頼らずに安定した酒質を得ることに成功しました。

人の感性と科学の融合がもたらしたこの成果は、まさに伝統技術をデジタル技術で支える新しい酒造りの形といえます。

京都府の「月桂冠」では、約30年にわたり蓄積してきた発酵過程の記録をビッグデータとして活用し、AIに機械学習させています。AIが導きだした製法や知見をもとに技術者が工夫を重ねることで、生産効率の向上や新製品の開発につなげることを目指しています。

これまで杜氏の経験や勘に頼っていた思考プロセスを「見える化」するこの取り組みは、まさにAIを通じて匠の技を未来へと継承する試みです。

麹・酒母・もろみの各工程の温度などを自動計測・記録し、スマートフォンで確認できる「もろみ日誌クラウド」(ラトックシステム株式会社)なども登場し、日本酒造りのIoT化は着実に進んでいます。

ワインの世界では、日本酒ほど急速なデジタル技術革新は進んでいませんが、日本酒業界におけるこうした動きは、伝統とテクノロジーの融合によって新たな醸造文化を創出しようとする挑戦であり、ワイン造りにも応用可能な示唆を与えています。

デジタル技術がもたらす「恩恵」

デジタル技術がもたらすメリットを以下に挙げます。

1、造り手の経験や感性を数値化し、技術継承の加速化

2、数値データに基づく発酵管理による品質の安定化

3、発酵状態を自動に監視することによる労働負担の軽減

4、人間の感性では気づかない品質改善の提示

5、少人数による酒造りの実現

デジタル技術がもたらす「課題」

もちろん課題もあります。初期導入コストの高さ、長期的なデータ蓄積の必要性、そして何より人の感性・勘を完全に数値化することの難しさです。

ワイン造りは、造り手の思想や哲学が大きく反映されます。データ化が進むほど、造り手による創造性をどう守れるかが問われるようになってくるでしょう。

デジタル技術は、造り手に取って代わるものではなく、あくまで造り手をサポートする存在です。AIが膨大なデータから最適な条件を導き出し、造り手がその中から最もふさわしい判断を下す…その協働によって、より高品質なワインを安定的に造ることができることでしょう。

何千年もの時をかけて磨かれてきた醸造技術は、人類の知恵の結晶です。その知恵をデジタルの力で継承し、さらに発展させていくこと。それは単なる効率化ではなく、文化としての酒造りを次の世代へと紡いでいくチャレンジなのです。

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