「愛してる」の熱狂が隠す罪の重さ 飲酒ひき逃げの韓国歌手を待ちわびたファンの盲目
実刑判決を受けた韓国の男性歌手キム・ホジュンが、先月末に仮釈放で出所した。
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現地には多くの報道陣が集まったほか、彼の姿を一目見ようと待ち構えるファンたちの姿も見られた。
キム・ホジュンは6月30日午前10時頃、京畿道ヨジュ市に位置するソマン教導所から姿を現した。黒のスーツを着用し、マスクをつけた状態で出てきた彼は、特段の発言をすることもなく、待機していた車両へ乗り込み現場を去った。
しかし、本人が無言で立ち去ったのとは裏腹に、教導所周辺の熱気は凄まじいものだった。
韓国メディアによれば、現地にはおよそ30人のファンが詰めかけ、キム・ホジュンが乗車しているとみられる車に向けて「愛してる、キム・ホジュン」「また立ち上がって、キム・ホジュン」と大声で叫んでいたという。応援のメッセージが書かれたプラカードを掲げる人々の姿も確認された。

ただ、この状況を単純にスターを温かく迎えるファンの麗しいエピソードと捉えるのは容易ではない。
事件の経緯とその後の不誠実な対応キム・ホジュンが収監されるに至った理由は、決して軽いものではない。
彼は2024年5月、ソウル・江南区狎鴎亭洞の路上において酒気帯び状態でハンドルを握り、センターラインをはみ出して対向車線を走るタクシーに衝突する事故を起こした。その後、適切な対応をせずに現場を立ち去ったとして裁判にかけられた。
とりわけ、事故が発生した後の立ち振る舞いが激しい非難を浴びることとなった。事故後、所属事務所のマネージャーに身代わりとして自首を命じた疑惑が持ち上がったほか、車載カメラの記録媒体を破棄するといった、証拠を隠そうとする工作が問題視された。
加えて、事故を起こした後にあえて追加で飲酒を行う、いわゆる「酒足し」の疑惑も浮上した。
問題の発覚直後、キム・ホジュン側は「飲酒運転はしていない」と関与を否定する姿勢を取っていた。だが、事故の発生から10日が経過した時点で、最終的に酒を飲んで運転していた事実を認めるに至った。司法の判断は1審および2審のいずれも懲役2年6カ月となり、本人が上告を断念したことで判決が確定した。
なお、今回の刑務所からの釈放は、刑期をすべて全うしたものではない。本来であれば11月24日が満期となる予定だったものの、法務部による仮釈放の審査をクリアしたため、およそ5カ月前倒しで社会に復帰する形となった。あくまで仮釈放という位置づけであるため、刑罰が完全に終了したわけではなく、残された期間については保護観察の対象となる。
それにもかかわらず、支持者たちは彼の帰りを待ち望んでいた。この構図が、一連の状況をいささか不可解なものにしている。

言うまでもなく、過去に刑罰を受けた者を社会から永遠に締め出すべきだと言っているわけではない。過ちを犯した人物であっても、再び立ち上がるチャンスは与えられるべきだ。とりわけキム・ホジュンに関しては、すでに司法の審判を受け、実際に収監生活を送り、手続きに則って仮釈放され社会に戻った身である。
彼がこれからどのように謝罪の念を体現し、いかなる方法で生活を再建していくのかについては、今後の身の振り方に委ねられている。
盲目的な応援がもたらす復帰への障害だが、大衆の前に立つ芸能人という立場である以上、その再出発は一般市民のケースよりも厳しく周囲の目に晒される。
さらに言えば、キム・ホジュンが引き起こした事案は単なる不注意による衝突事故にとどまらない。飲酒状態での運転、現場からの逃亡、他者への身代わり出頭の強要、証拠の隠蔽工作疑惑、そして当初の嘘。世論の反発がこれほどまでに高まった理由は、事故の重大さだけでなく、その後に見せた不誠実極まりない対応に起因している。
そのような経緯を持つ人物が自由の身になった直後に、ファンたちが「愛してる」「また立ち上がって」と言葉を投げかける。そうした感情そのものは、熱狂的なファンにとっては何の不純物もない純粋な励ましなのだろう。
しかし、一歩引いた客観的な視点から眺めると、犯した罪の重さを直視することなく、単にお気に入りのスターが戻ってくることを最優先しているかのように受け取られてしまう。
キム・ホジュン自身も、活動再開への意欲を隠していない。
彼は今年の4月、公式ファンカフェを通じて直筆の書簡を公開し、「罪の時間が2年になっていく。過ちは骨に刻んで持ち続ける」と反省の念を綴った。その一方で、「どうにか再び立ち上がる。歌う。諦めない」という決意も示している。
自らの非を認めることと、再び歩み出すこと。この二つを同時に主張すること自体が不当だとは言わないが、肝心なのはそのタイミングと周囲に与える印象だ。

本人が「過ちは骨に刻む」と口にする傍らで、支持する側が先走って活動再開を歓迎するムードを醸成してしまえば、一般社会からは「もう許されたことになっているのか」とみなされかねない。ファンが良かれと思って見せる熱烈な支持が、かえって本人の内省の姿勢を曇らせてしまう結果を招くのだ。
著名人を支えるファンコミュニティには、時に非常に強固な連帯感が生まれる。逆境のさなかにあって自らを支えてくれる支持者の存在は、表現者にとってこれ以上ない原動力となるはずだ。凄まじい非難を浴びる中でも見捨てず、帰りを待ち続けてくれる人々がいることは、本人にとって精神的な支えになるに違いない。
けれども、そうした熱狂的な声援が、必ずしも対象の利益につながるとは限らないのが現実だ。
特に、社会的に大きな物議を醸す不祥事を起こしたタレントの場合、無条件の擁護は時として逆効果を招く危険性を孕んでいる。本人が十分な反省の態度を示し、それが世間に浸透するより前に、ファンが「大丈夫」「私たちは待っている」「また歌って」などと声を大にすればするほど、冷ややかな視線を送る一般層の拒絶反応は激化する。その結果、失墜したイメージを取り戻すどころか、芸能界へ戻るためのステップを自ら狭めてしまうことになりかねない。
このたび、キム・ホジュンは釈放される際に具体的な発言を行わなかった。それにもかかわらず、すでに世間の関心は「復帰するのか」に向かっている。教導所の前にファンが殺到した事実や、その様子がYouTubeでリアルタイム配信されたことは、彼が依然として強力な注目度と強固な支持基盤を維持していることの証左と言える。
だからこそ、彼を支える側の姿勢そのものが厳しく問われることになる。大きな過ちを犯した著名人に今本当に必要なのは、いかなる状況でも「愛してる」と全肯定してくれるファンなのだろうか。それとも、事の重さを見失わず、復帰の前に反省と時間を求めるファンなのだろうか。
不変の支持は、時に再び立ち上がるための大きな推進力になり得る。しかし、真摯な謝罪や反省よりも先に活動の再開を急がせるような環境を作り出してしまうのであれば、それは本人にとっても、そしてファン自身にとっても、最終的には身を滅ぼす毒薬に変わりかねないのだ。
(記事提供=スポーツソウル日本版)

