サッカーW杯ブラジル戦がまさかのワースト視聴率と報じられたワケ…視聴者はフジテレビより「本田圭佑の解説」を選んだのか
テレビはまだまだトガっている。心に“刺さった”番組を語るリレー連載「今週のトガりテレビ」。今回は、2026年サッカーワールドカップのテレビ中継について語る。
ブラジル戦がワースト視聴率に
ワールドカップ日本代表戦としては、異例の数字だった。
フジテレビ系で放送された決勝トーナメント1回戦・日本対ブラジル戦の平均世帯視聴率は15.9%(ビデオリサーチ社調べ、関東地区・以下同)。月曜深夜、午前2時キックオフの試合としては驚異的な数字だ。個人全体視聴占拠率も49.5%。その時間にテレビを見ていた人の約半数が、日本代表戦を見ていたことになる。
だが一方で、この数字はW杯日本代表戦としてはワーストとも報じられた。
なぜ、ここまで数字が落ちたのか。
最大の理由は時間帯だろう。平日深夜2時の試合をリアルタイムで見るのは簡単ではない。さらに今回は、地上波のフジテレビだけでなく、NHK BS、DAZNでも中継・配信されていた。視聴者が分散したと考えるのが自然だ。
そして、その分散の中でひときわ存在感を放っていたものがある。元日本代表・本田圭佑の解説だ。
前回大会に引き続き、今大会でも日本代表戦における本田の存在感は異常ともいえるほど絶大だった。初戦のオランダ戦は、NHK総合で放送され、平均世帯視聴率27.1%を記録。早朝5時からの放送にもかかわらず高い数字を残したが、SNS上でとりわけ大きな話題になったのは、本田の言葉だった。
サッカー選手らしい冷静な分析だけでなく、思ったことをそのまま関西弁で口にするような率直な言葉。視聴者の感情に近いリアクション。それがNHKという真面目な場所で流れるから、余計に面白かった。
前回大会では、ネット中継の中で本田の自由な解説を楽しんでいた視聴者も多かった。だが今回は、NHKのワールドカップ中継という“ちゃんとした場所”で、本田が自由に語っている。その意外性が、視聴者の心にさらに強く刺さったのだろう。
続くチュニジア戦では、異例の出来事も起きた。中継したのは日本テレビ系。平均世帯視聴率は30.2%を記録したが、ここでも本田が解説者として登場した。
かつてサッカー中継には、局ごとの色があった。たとえばテレビ朝日なら松木安太郎の熱い解説など、「この局ならこの人」という名物解説が存在していた。基本的には、放送局ごとに実況・解説陣がおり、それぞれの中継として勝負していた。
「本田さんがおらんとツライ」
しかし今回は、NHKで話題になった本田が、日本テレビにも登場。局ごとの囲い込みというより、ワールドカップ全体を盛り上げる「共通コンテンツ」として、本田解説が機能していたように見えた。
日本テレビは事前番組などでも、本田の言葉をかなりクローズアップしていた。これには一部で、バラエティー的に見えすぎるという反応もあった。たしかに、番組側が「さあ、本田さん、面白いことを言ってください」という空気を作りすぎると、見ている側が冷めてしまうところもある。
とはいえ、ライト層に「本田の解説が面白い」と伝えたという意味では、日本テレビの作り方も決して悪くなかったはずだ。
そしてスウェーデン戦。NHK総合で放送されたこの試合は、平均世帯視聴率35.0%を記録した。ここでも本田解説は相変わらず話題となり、SNS上でも多くの反応を集めた。
こうして本田解説は回を重ねるごとに存在感を増し、解説者の存在が視聴動機の一部になるにまで至った。
その構図がもっともはっきり表れたのが、ブラジル戦だった。
地上波ではフジテレビが中継したが、本田圭佑はNHK BSで解説を務めた。さらにDAZNでの配信もあった。視聴者は、同じ日本対ブラジル戦を「どこで見るか」だけでなく、「誰の声で見るか」で選ぶことになった。
そうした視聴環境の変化も、15.9%という数字の背景にあったのかもしれない。実際、SNS上では「フジで見始めたけど、本田さん解説を求めてBSにやってきた」「後半フジからNHK BSに変えたけど、やっぱ本田の解説の方が面白い」「本田さんがおらんとツライので後半戦はフジからNHK BSに移動」といった声が相次いだ。
もちろん、フジテレビの中継が悪かったという話ではない。小野伸二の丁寧な解説を評価する声もあり、好意的に受け止める声もあった。深夜2時の試合で15.9%を取ったこと自体も、冷静に考えれば上出来だ。
それでも、試合中に多くの視聴者が「本田は何を言っているのか」を気にしていたのは事実だった。
さらに興味深かったのは、本田の解説が単に“面白い”だけではなく、視聴者の緊張をほぐす役割も果たしていたことだ。
スポーツ中継でも緊張したくない?
「本田の解説、緊張が溶けるからいい」「本田さんの解説は緊張の糸をほどいてくれる」「緊張するので本田の解説がほしい」。SNS上では、そうした声も見られた。
緊張こそがスポーツ中継の醍醐味でもある。ただ、現代の視聴者は、ただ緊張をあおられ続けるだけの中継は求めていないのかもしれない。強い緊張感のある試合だからこそ、本田の率直な言葉や少し外したリアクションが入ることで、視聴者は息をつけて、純粋に試合を楽しめていた。
今回のワールドカップ中継で見えたのは、テレビの限界と可能性の両方だった。
視聴率だけを見れば、かつてのワールドカップ中継のように、日本中がひとつの地上波に集まる時代ではなくなっている。BSがあり、配信があり、SNSで別の中継の様子も流れてくる。30%台という視聴率が、今のテレビで出せる一つの限界値だとも感じた。
ただ、今回見えたのは、テレビの衰退だけではない。人々はまだ、テレビという場所をどこか特別なものとして見ている。NHKや地上波の中継という“きちんとした場”で、本田が率直に語る。そのズレを面白がり、テレビで本田を見られることに喜ぶ人がいた。
そして、局の垣根を越えて本田を起用したことも、今後のテレビ中継にとっては大きな出来事だったのではないか。独占することだけが価値ではない。局をまたいででも、「この中継で見たい」と思わせる要素を作ることが、これからのテレビには必要になっていく。
イレギュラーが起こるたびに、テレビの空気は少しずつ変わっていく。ただ放送するのではなく、どんな形で放送するのか。ここに、テレビならではの面白さと可能性が感じ取れた。
文/ライター神山

