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 ラグビーの元日本代表FWで、人気ドラマ「スクール☆ウォーズ」の主人公のモデルとなった京都工学院(前・伏見工)ラグビー部総監督の山口良治さんが死去したことが分かった。83歳だった。

 山口さんが総監督を務める京都工学院は、24年度の全国高校ラグビー大会に9大会ぶり21度目の出場を果たした。山口さんは車いすに乗りながら1回戦の聖光学院戦を現地で観戦。初戦を112―0で勝利すると、「伏見の魂を受け継いでくれている」と選手の奮闘を喜んだ。2回戦の中部大春日丘戦、敗れた3回戦の国学院栃木戦も現地で観戦するなど元気な姿を見せていた。

 福井県出身で、若狭農林(現若狭東)でラグビーを始めた。教員を志し、日体大へ進学。卒業後は岐阜県の長良高に赴任し、岐阜工、京都市役所を経て1974年に伏見工に赴任した。75年にラグビー部の監督に就任。就任初年度は自ら校庭にゴールポストを立てた。2年目で迎えた初の公式戦は0―112で大敗。どん底からのスタートだった。

 就任5年目は当時中心選手だった大八木淳史らを軸に戦力が整い、第59回全国高校大会(79年度)に初出場を果たす。80年度の第60回大会に連続出場。平尾誠二(故人)、高崎利明らを擁し、決勝で大工大高(現常翔学園)を破って53校の頂点に立った。合い言葉は「信は力なり」――。ほとばしる情熱で部員と深い絆を築き、就任わずか6年目で日本一の快挙を成し遂げた。

 84年10月から85年4月に放送された人気ドラマ「スクール☆ウォーズ」は伏見工ラグビー部がモデルだった。小説「落ちこぼれ軍団の奇跡」をもとに制作されたドラマは、不良生徒がラグビーを通じて更正し、日本一へ登り詰めていくというもの。実話を元にしたフィクションだが、世代や男女を問わず、爆発的な人気を呼んだ。

 脳腫瘍から復帰した92年度の第72回大会で2度目の全国制覇。98年からは総監督として高崎利明監督(当時)のサポート役に回った。00年度の第80回大会では3度目の優勝を果たすなど、同部を全国屈指の強豪へ育て上げた。19年のW杯日本代表SH田中史朗、23年のW杯日本代表SO松田力也(リーグワン1部トヨタ)ら多くの人材も送り出した。

 現役時代は日本代表フランカーとして活躍。イングランド代表が来日した71年のテストマッチは3―6で敗れたが、ゴールキッカーとして唯一の得点を挙げた。日本代表キャップ13を誇る。世界と対等に渡り合った屈強なラガーマンであり、生徒をとことん愛する情熱的な教育者だった。

 ◇山口 良治(やまぐち・よしはる)1943年(昭18)2月15日生まれ、福井県出身。中学まで野球少年。若狭農林高(現若狭東)でラグビーを始める。日体大。日本代表13キャップ。1971年に3―6で敗れたイングランド戦に出場。名キッカー兼FLとして活躍した。岐阜県での教員、京都市教育委員会勤務を経て74年に伏見工(現京都工学院)に体育教師として赴任。ラグビー界で無名だった同校を全国の強豪に押し上げ、監督として2度、総監督として2度の日本一へ導いた。