相撲の立ち合い「美しくて息を呑むってこのこと」相撲部屋育ち、元大関・若嶋津の娘が語る「一瞬の勝負」の魅力
元大関・若嶋津六夫さんが開いた松ヶ根部屋で生まれ育ち、幼少期から弟子の力士たちと生活を共にしてきた長女アイリさん。「わずか1分にも満たない短い時間に命をかける」相撲から、大きな影響を受けて育ったといいます。
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※本記事は2026年2月に取材した内容です。ご本人の同意のもと、当時のありのままの言葉をお届けいたします。
泊まりに来た友人が「すごい衝撃音がする」と
── 父は元大関の若嶋津六夫さん、母は元歌手・タレントの高田みづえさんという家庭で育ったアイリさん。著名人一家ということで、「うちは他の家と違うかも」と感じるような場面はありましたか?
アイリさん:記憶がある頃から父は相撲部屋の親方だったし、母は結婚して芸能界のお付き合いをいっさい辞めていたので、幼少期にそうしたことを考えたことはなかったですね。中学校から一貫校に通っていたのですが、高校時代に他の中学から入ってきた子に「この学校にお母さんが元アイドルで、お父さんがお相撲さんの人がいるらしいんだよね。知ってる?」と聞かれたことがありましたが、つい「知らない」と嘘をついてしまったことはありました。
でも後日、「あぁ、みんな知ってるな」と。雰囲気でわかりましたが、だからといって関係性が変わることはなく、みんなフラットに接してくれました。
── 実家は1階が稽古場、2階が自宅、3階が力士たちの部屋。日常的に稽古の音が聞こえてくるような環境だったそうですね。
アイリさん:朝5時頃から稽古していたので、私が目覚めたときにはぶつかり稽古の声が私の部屋まで響いてきました。私はそれが日課でしたが、初めてその音を聞く人にとっては衝撃的みたいで。高校時代に友達が泊まりに来た時に、「ドン…!ってすごい衝撃音が聞こえる」と驚いて起こされたくらい。
── 鍛え抜かれた力士同士のぶつかり合い、生で聞くと迫力がすごそうです。練習は何時くらいまで続くのでしょうか?
アイリさん:お相撲さんたちは朝稽古が終わったら10時半くらいからちゃんこを作りはじめて、番付順に食べていき、全員が食べ終わるのは昼過ぎだったと思います。午後は自由時間でジムや病院に行って夕方4時から掃除をしていました。
── 力士たちと一緒に食事をすることはありましたか?
アイリさん:基本的には家族とお相撲さんたちは別でしたが、小さい頃は週末など、ときどき一緒に食べることはありました。お相撲さんたちと一緒の時は、大きな円卓を囲んで地べたに座って。
食事といえば、小・中学生になって友達の家に泊まりに行って初めて知ったのですが、他の家では朝から唐揚げやお鍋、お刺身定食なんて食べないんですよね。逆に、友達がわが家に泊まりに来たときに、朝からとんかつを出したら驚かれました。もちろん、家族だけの食事のときは朝は普通にトーストとかでしたが、朝からお鍋でも違和感はなかったんですよね。
中学卒業後に弟子入りする同世代のお相撲さんに
── 思春期の頃は、お相撲さんが日常にいる環境に戸惑いを感じることはありましたか?
アイリさん:戸惑いというほどではないんですけど。小さい頃は大きいお兄ちゃんたちがたくさんいて、みんなにかわいがってもらった記憶があります。
学生時代は同世代のお相撲さんから刺激を受けたというか。お相撲さんって、早い人だと中学卒業と同時に弟子入りして部屋に入ってくるんです。中高生の私がぬくぬくと…といったら変ですが、学生生活を謳歌している間に、同世代のお相撲さんは必死に稽古をしているのかと思ったら「自分もちゃんとしなきゃ」と気が引き締まりましたね。
── 同年代の頑張る姿は励みになりますよね。それに限らず、日常的に間近で力士を見ていたら、前向きな刺激を受けることはありそうですね。
アイリさん:それはおおいにありますね。相撲は一瞬の勝負です。わずか1分にも満たないような短い時間に命を掛けるスポーツって、ほかになかなかないと思うんですよ。結果がすべての土俵で、その一瞬のために全力で日々、ハードな練習を積み重ねていく姿を見ていると、自分を律するというか、瞬間瞬間を大事にしようとは常に思っていました。
稽古もよく見学していたのですが、みんながあまりに必死で見ていられない時もあって。特にあと少しで番付が上がりそうなお相撲さんに対しては、どうにか引っ張り上げようという思いから、激しい稽古になることも少なくありません。体力も尽きて、ズタボロになりながらも必死に食らいついている姿に、目を背けながらも「頑張って」と心の中で応援していました。
── そんな力士の懸命な姿を、弟子入り直後から引退まで見届けているわけですよね。親心というか、そんな気持ちにもなるものですか?
アイリさん:そうですね。今でこそ、学生時代に相撲を経験した実力者の入門も増えてきましたが、昔は「ただ体が大きかったから」という理由で入る方もいましたし、体格もヒョロヒョロで回しをつけてもお尻が見えちゃうみたいな方もいたんです。最初は開脚すらできなかったのに、次第に体格が大きく、回し姿が似合うように成長していく姿を見るのは、頼もしかったですね。
いっぽうでお相撲さんたちが引退して部屋を出る時は寂しかったですね。父が65歳で相撲協会を定年退職するタイミングで部屋を閉じ、他の部屋に移る人もいれば、引退する人もいて。グッとくるものがありました。
「美しくて息を呑む」ってこのことだなと
── 相撲部屋で育ったアイリさんですが改めて、相撲の素晴らしさはどんなところだと思いますか?
アイリさん:私がいちばん好きなのは立ち会いの瞬間ですね。相撲が他の競技と明確に違うのが、スタートの合図がないこと。立ち合いは相手と呼吸を合わせることで始まります。それが私は「すごく美しいな」といつも思っていて。今から命をかけて戦う相手なのにお互いの呼吸が合わなかったら何度でもやり直しをして、呼吸を合わせてからスタートする。あの瞬間は、国技館がシーンと静まりかえってみんなで空気を作って初めて成立するもので、「美しくて息を呑む」ってこのことだなって思います。
あと、うちの母が初めて会う方によく言っていたのは、「稽古を重ねて強くなっていく姿を応援してあげてください」ということ。育成の段階から成長過程を一緒に辿っていけるのは特別だし、楽しいなと思います。
私自身、相撲部屋の娘ということがアイデンティティになっていると思います。家族の愛情はもちろん、お相撲さんやたくさんの大人に囲まれながら育ってきましたが、相撲部屋の娘だから経験できたこともたくさんあるし、相撲のよさを含め、自分が伝えられることは伝えていきたいなと思います。
取材・文:松永怜 写真:アイリ

