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「私たち夫婦には子どもがいません。2人とも他界したらコツコツ貯めたお金はどうなるのかなって最近、考えるんですよね」

【画像】終活にオススメ、ひと目でわかる「遺贈寄付」の主な流れ

 と話す70代のA子さんは遺贈寄付を希望した。近年、終活が流行。その一環として、自分が亡くなった後の財産の行く末を気にかける人が増えている。

少子高齢化で増える遺贈寄付

「人生を通して築き上げた財産だからこそ、有益なことに使ってほしい」とA子さんは遺贈寄付を希望。

「遺贈寄付とは非営利団体などに遺産を寄付すること。少子高齢化で遺産を相続する子どもの数が減少。子どもがいない夫婦や生涯独身の“おひとりさま”も増えている社会状況下、有意義な財産の遺(のこ)し方として、近年、興味を持つ人が増えています」

 と話すのは、遺贈寄附推進機構・代表取締役の齋藤弘道さん。

「国税庁の開示資料によると、相続税申告者の中での遺贈寄付件数は、2009年には435件でした。それが2020年には826件と10年間で約2倍に増加。

 遺産が基礎控除以下で相続税申告の必要がなかったケースはこの数値に含まれませんから、実際の遺贈寄付件数はさらに多いと考えられます。寄付白書によると、2020年の日本での遺贈寄付総額は397億円でした」(齋藤さん、以下同)

 遺贈寄付の最大の特長は、死後の寄付であるため、現在の生活には影響がないこと。

「社会貢献したいという思いはあっても、年金を頼りに生活する高齢者の場合、今すぐポンと寄付することは難しいはず。でも死後なら生活の心配はいりませんから、人生最後の社会貢献ができます」

“予備的遺言”

 齋藤さんが相談を受けた、実際に遺贈寄付をしたケースを教えてもらった。

「最も多いのは冒頭のA子さんのように、子どもがいない夫婦が、2人とも死亡した場合に遺贈寄付する遺言を同時に作成するケースです」 

 夫婦の一方が亡くなると、通常、配偶者と他界した側の親または兄弟姉妹が法定相続人に。

「例えば夫が先に亡くなった場合、遺言がないと妻は夫の親族と遺産分割協議をすることになりますが、それは妻にとってなかなか厳しい状況。そこで夫婦で同時に“夫は妻に、妻は夫に、全財産を相続させる”という遺言書を相互に作成されるケースはよくあります」

 そうするとほとんどの場合、夫が先に亡くなり、遺言によって妻が夫の財産を相続する。問題はその後。妻が亡くなったとき、財産を渡すべき夫はすでに他界しているため、妻側の遺言は実行できない。すると夫婦2人の財産は、遺言がない場合と同様に妻の親族に渡る。

「でも夫婦2人とも他界したタイミングで財産を寄付したいという意向がある場合、遺言に“夫が自分より先に亡くなっていたときは、B団体に全財産を遺贈する”といった内容を付け加えます。

 これは相続させたい人が自分より先に亡くなっていた場合に備えて、次の財産承継者を指定しておく文言で、“予備的遺言”と呼ばれています」

 子どもがいない夫婦が遺贈寄付するのは同じだが、動機がまったく異なるケースも。

「親の財産を相続、あるいはバリバリ働くなどして、妻のほうが多額の財産を所有している場合、“夫に全財産を相続させる”という遺言だと、妻の財産はまず夫に渡り、夫の死後は夫の兄弟姉妹やその子どもたちに引き継がれます。それがひっかかる、という女性は少なくありません。

 “親の財産や自分が稼いだお金を夫が使うのはいいけれど、その親族に好きに使われるのは嫌”という心理です。こういったケースでよくあるのは、妻側が予備的遺言ではなく自分の死後すぐに遺贈寄付をするパターン。例えば、“不動産は夫に、金融資産はB団体に”といった遺言で、多額の財産が夫の親族に渡るのを阻止できます」

若い人も考えるように

 高齢者ばかりでなく、最近では40〜50代も遺贈寄付を考えている人が増えたそう。

「ずっと働いている独身女性でよくあるのが、自分で購入したマンション住まいで貯蓄も1千万〜2千万円程度ある、というケース。こういった方が何らかのきっかけで遺贈寄付を知り、セミナーに参加される姿はよく見かけます」

 いわゆる“おひとりさま”の増加で若い人も考えるように。

「遺言を書く年代は70代が5割、60代と80代がそれぞれ2割という感じで、60〜80代が大半を占めるのですが、おひとりさまの場合、50代くらいの早い段階で、自分亡き後の財産の行方を気にかけられています。

 “突然倒れたり事故に遭ったりしたらどうしよう”といった1人で生きていくうえでの不安があり、その備えとして終活に取り組む中で、遺贈寄付にたどり着かれているのではないでしょうか」

 では子どもがいる人は遺贈寄付をしないのか、というとそんなことはない。

「遺産が何億円にも上る、いわゆるお金持ち。お子さんたちには数千万円程度を渡して、残りは全額寄付という形など、富裕層によく見られます。基本的にはお子さんに遺産相続しつつ、お子さんと相談して寄付額や寄付先を決められたりもしています」

 親子でコミュニケーションをとりながら遺贈寄付することで、親の価値観や気にかけていた社会問題が、子どもに伝わる。それは子どもにとって目に見えない遺産となるのかもしれない。一方では遺産をまったく子どもや孫に相続させないというケースも。

「遺産の相続争いを防ぐために、全額寄付というケースもあります。事前に子どもに相談すると、遺贈寄付に対して子どもが反対することは案外少ない。

 私が関わった方で、先日、“私の祖父は遺産を1円も子どもに渡さず全額寄付した”という人がいました。孫であるその人は“カッコいい、おじいちゃんらしいな”とその遺志に共感したらしいです」

遺贈寄付で始まる新たな人生

 遺贈寄付をしたいと思った人はどうしたらよいのか。

「基本的には遺言などでその意思を示しますが、形式不備などがあるとせっかくの遺言が実行されません。ですから、専門家に相談することをおすすめします」

 近年は信託銀行でも遺贈寄付の特約がついた遺言代用信託が登場。相談できる場は増えている。最も重要なのは、自分の人生を振り返り、遺贈したい団体を探すこと。

「あなたが共感や感動を覚えたこと、心を痛めたことを思い出し、それに取り組んでいる団体を探しましょう。例えばCさんご夫妻は“嫁いだ娘さんには少額のみで、残りはがん研究に取り組む団体に寄付”という遺言書を作成されました。

 親族ががんで他界され、自身も罹患(りかん)された経験があるため、そこを寄付先に選んだそうです」 

 寄付先を選択したら、その団体に遺贈寄付の意思があることを伝えるといいそう。

「そうするとイベントへの招待や活動報告の送付など、その団体との交流が生まれます。その結果、世界が広がり、これまでにない経験ができるなど、その先にいい人生が待っているかもしれません」

話を伺ったのは……齋藤弘道さん●遺贈寄附推進機構 代表取締役。全国レガシーギフト協会 理事。信託銀行にて1500件以上の相続トラブルと1万件以上の遺言の受託審査に対応。2018年に遺贈寄附推進機構株式会社を設立。日本初の「遺言代用信託による寄付」を金融機関と共同開発。

取材・文/中西美紀