「家族とは修復したいけれど、どうしたらいいか見当もつきません」と裕介さんはいう(写真はイメージ)

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 「不倫」というものがすでに起こってしまって、その事実を抱えている人がいる以上、個人的には「善悪」で断罪したくないといつも思っている。ただ、一般常識は大事なもので、自分の振る舞いはどう見られるか、「世間の価値観」を察知する能力も、大人には必要だ。私はそれを「世間値」と呼んでいる。

 世間を必要以上に気にしなくてもいいのだが、たとえば不倫をしている場合、それが露見したら配偶者はどう思うか、子どもはどう感じるか、近所の人、職場の人はどう噂するのか。そこまで予測しておいたほうがいいとは思う。この「世間値」を意に介さない人が以前より増加しているような気がしてならない。少なくとも不倫の現場においては。

 富永裕介さん(53歳・仮名=以下同)は、4年ほど前から高校の同級生である絵美子さんとときどき会っている。裕介さんは都内在住、絵美子さんは関西に住んでいる。

「家族とは修復したいけれど、どうしたらいいか見当もつきません」と裕介さんはいう(写真はイメージ)

 彼が結婚したのは30歳のときだ。職場で先輩に「そろそろ結婚すれば?」と言われ、「相手がいないんですよ」と答えたら、先輩が「妻の親戚なんだけど」と紹介してくれた女性がいた。会ってみたら、とてもいい感じで、「妻にするならこの人」と思ったそうだ。

「本音を言っちゃいますけど、妻にしたい女性と恋人にしたい女性って違うんですよ。それは女性側もそうじゃないですか? 妻にするにはやはり貞淑で、料理が上手くて家の中をきちんとマネジメントできる人。それは私が仕事のことだけを考えていたいからという前提ですけどね。もちろん子どもが大きくなるまでは、専業主婦でいてほしかった。妻はその条件にぴったり合う女性だったんです」

 彼の年齢だと、その父親たちは高度成長期にサラリーマンとして必死に働き、家の中に家電製品がどんどん増えていった世代だろう。男は外で働き、女は子育てを含めて家を管理するのが当たり前だった。まだ給料は振り込みではなかったから、夫の差し出す月給袋を「ごくろうさま」と妻が押し頂いていたものだ。家計は妻にお任せで、夫は小遣い制となったのもこの頃からかもしれない。

 裕介さんの結婚生活は「ごくありふれたもの」だった。それが幸せだとも思っていた。結婚した翌年長女が、その3年後に長男が生まれた。今や長女は大学4年生、長男は大学1年生となっている。

 妻は文句も言わずに家事と育児に明け暮れていた。

「時間があれば手伝いましたよ。今どきの夫婦関係とは違って、あくまで“手伝う”という感覚だった。ただ、子どもは自分の命に替えても大事だと思っていました」

 家族の会話、時間も重視してきたと彼は言う。子どもたちが小さいときは、どんなに忙しくても、夏休みと冬休みには、たとえ近場であっても数日間の旅行は欠かさなかった。子どもたちに新しい体験をさせてやりたかったからだ。

 その一方で、30代後半になってから、少しずつ他の女性に目がいくことが増えた。

「子どもができて家族は本当に大事だと思ったけど、一方で、家庭はある意味で緊張感がともなうんですよね。ときには子どもを叱らなければいけないし、妻に対してもいつでも大黒柱として構えていなければいけない。息抜きがほしかった。たまに、知人女性とデートしたり関係をもったりしたことはあります。なんといえばいいのか、素の男でいたかったんですよ」

 仕事は好きだったがストレスはたまる。出世街道を驀進するタイプではないとわかっていたものの、責任だけは重くなっていく。家では夫であり父親でもある。すべて「常識」が尊重される場面だ。自分が素で向き合える場所がほしかったと彼は言う。いつでも逃げ場を求めてしまうのは人の性かもしれない。

「下の子が小学校中学年になったころから、妻はパートに出るようになりました。その後は少しずつパートの時間を増やし、友だちも増えていったみたいです。趣味の教室にも通うようになりました。彼女は本当に律儀で、『今度はこういう教室に通いたいんだけど。どう思う?』っていちいち相談してくれるんです。私が反対したことはありません。今はガラス細工にはまっているみたい。妻は子どもと歩調を合わせるように外の世界を見て成長していく。でも男って、いや、少なくとも私は同じ職場で、同じような仕事をして、世界が変わることはないんです」

 40代になってさらに生き生きしていく妻を羨ましく思ったこともあると裕介さんは言った。だから浮気をしていいということにはならないのだが、家庭においても職場においても、彼はどこか居心地の悪さを感じるようになっていった。

同窓会でわきあがった恋心

 裕介さんは転勤族の父親の影響で、あちこち転校しながら小中学生時代を送った。高校3年間は父の転勤がなかったので、中国地方のある町で過ごしたのだが、そのとき思いを告げられなかったのが絵美子さんである。その後、父は別の土地へ転勤になり、裕介さんは東京の大学へ行き、母と2歳下の妹はそのままその町に残った。

「5年ほど前、高校の同窓会があったんです。今までほとんど参加したことがないんですが、なぜかふっと参加したくなった。そのころ、関西方面に出張することが多かったので、ちょっと自腹で足を延ばすことができる日程だったんです」

 参加してみたら、絵美子さんも来ていた。高校卒業以来、30年ぶりの再会だった。そこで初めて、絵美子さんが今は関西で暮らしていることを知ったのだという。

「絵美子は高校を出て就職、20歳で結婚してそのまま関西へ行き、子どもがいたけど離婚。その後、再婚してもうひとり子どもができてと波乱に満ちた人生だったようです。それでも自ら商売を始めて、たくましく生きてきた。『夫には頼れないわ』と言う彼女を見て、ドキッとしました。私の知っている絵美子と、会わずにいた期間の絵美子が混在していて、より魅力的に感じた。ああ、僕はこの人が好きだったんだと改めて思ったんです」

 彼女への恋心が一気にわきおこったのはなぜだろう。そこを突くと、自分でもよくわからないと彼は言った。かつて抱いた、成就しなかった淡い恋心が、いきなり色濃くなったのだろうか。

「その後、私が出張に行くたびに彼女と連絡をとるようになりました。彼女は10歳年上の夫と、20代の子どもたちと一緒に住んでいて、実母の介護もあって、仕事もしていてと本当に忙しい人なんですが、私との時間は必ずとってくれた。何度か会ううちに、すっかりお互いに高校時代のころのような雰囲気が戻ってきた。青春時代の自分が懐かしかったのか、あるいは目の前の絵美子が本当に素敵だったからか、それからは会うたびに口説きました」

 面と向かって女性を口説いたことなんてなかったのにと彼は苦笑した。絵美子さんと再会して8ヶ月後、彼は誕生日を関西で迎えた。妻には出張と言ったが、本当は出張ではなかった。彼は自分の誕生日に彼女と深い関係になれるかどうかを試したのだ。交通費も宿泊費も自分で払った。

「人生は短い。オレたちだっていつどうなるかわからない。オレはもう君なしではいられない」

 必死だった。彼女は「不倫は嫌よ」と言う。そんな当たり前のことを言うなよと彼はつぶやいた。

「何時でもいい。来てほしい」

 彼はホテル名と部屋番号を書いたメモを彼女に渡して先にホテルに戻った。

「1時間後くらいでしょうか、彼女が来てくれたんです。ドアを開けて彼女の姿を見たとき、泣きそうになりました。力一杯抱きしめて、抱きしめられて。彼女も情熱的だった。『こんな年になってから、ゆうちゃんとこんなことになるなんて』と昔の呼び名を口にして……」

 どこまでも互いを求める激しい恋愛は、たまにしか会えないだけにいつまでも燃えさかる。

自分が知っている妻ではなかった

 義理堅くてしっかりした妻のいる家庭と、絵美子さんとの激しい恋。日常と非日常を行ったり来たりする生活にようやくなじんだころ、深夜の寝室で妻に突然、「みっともないマネをしないでね」と言われた。妻の顔は夜叉のようだった。

「な、なにとあたふたしながら聞き返すと、『京都で元同級生とアバンチュールですか。いい気なものよね』と。その前の週末、絵美子と京都で一泊したんですよ。週末だから仕事というのはおかしかったけど、絵美子が夫がいないから泊まれるというので、つい。京都で寄り添って歩いているところを誰かに見られて密告されたみたいです。そこから妻が調べ倒した。うっかり家のパソコンでホテルの予約をしたので、それも把握されていたみたいです。妻は機械音痴のはずだったんですが」

 妻が機械に疎いからパソコンなど調べられないだろうと思っている夫は多い。だがそんなことはない。スマホをいじるようになってから、女性たちはさまざまなアプリを駆使し、夫の浮気を見つけている。裕介さんの妻も、夫のパソコンと自分のスマホを一部連動させていたようだ。

「いくら夫婦だからといって、そこまですることはないだろ。オレにもきみにもプライバシーはある、とエラソーに言ってしまったんですよ。そうしたら妻は『開き直るのね』と。『プライバシーがあるからって、よその女と関係をもってもいいということにならないでしょ。それとも浮気を公認しろっていうこと?』とも言われました」

 自分が知っている妻ではなかったと裕介さんは言う。貞淑で夫に逆らわない妻、何より家族思いの妻。彼の認識はそこで止まっていた。だが妻は立ち止まってはいなかったのだ。結婚してからの20数年間、彼女は社会とともに生きてきた。専業主婦だから家族しか見ていないわけではない。子どもを通して、広い社会を妻たちは知っている。そして再度、社会に出て働き出しているのだから、「妻はしょせん、家族のことしか知らない。それでいい」と思っていた裕介さんの了見の狭さが感じられる。

「女性をバカにしていたわけじゃないんですよ。私は家庭を立派にマネジメントしてきた妻を尊敬していましたよ。だけど痛いところを突かれて、つい言ってしまったんですよね。『オレの稼ぎでこの家は成り立ってきたんだろう』って。言ってはいけないひと言だったけど、実は本音ですよ。私が汗水垂らして稼いできたお金で、家族は生活してきた。それをもうちょっと感謝してくれてもいいんじゃないかと思うわけ。それと浮気は別だけど、おかしいなと思ってもわざわざ調べなくたっていいじゃないですか。家庭を壊す気なんてないんだから」

 妻に開き直ってしまった自分を恥じてもいるようだが、本音をぶちまけて少し気が楽になったようにも見える。ただ、それは妻にはもちろん、子どもたちにも受け入れられなかった。すぐに謝ったが、妻は深いため息をついただけだ。

 以来、家族とはほとんど会話らしい会話がないままだ。それでも月に1度は、出張があろうとなかろうと彼は関西に向かう。絵美子さんには家庭の内情は話していない。

「今や私が私でいられるのは、絵美子との時間だけです。家族とは修復したいけれど、どうしたらいいか見当もつきません」

 会話がなくても日常生活は続いていく。週末、妻や子どもたちはほとんど家にいない。裕介さんは、息子が拾ってきた猫に慰められながら、週末の長い時間を過ごしている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年3月17日 掲載