F1後半戦。「紳士をやめた」ロズベルグがハミルトンに反撃開始
「これで、2018年までルイス・ハミルトンの連続タイトルは決まったようなものだ」
ハンガリーGPの最中、メルセデスAMGがニコ・ロズベルグとの契約2年延長を発表したとき、皮肉交じりにそう口にしたメディア関係者は決して少なくなかった。つまり、同じマシンに乗っているかぎり、ロズベルグはハミルトンに勝てない......というわけだ(かくいう筆者自身もそう皮肉ったひとりなのだが)。
2016年の前半戦を終えて、ハミルトン(6勝)対ロズベルグ(5勝)と勝利数はほぼ五分。しかし、ポイントでは217対198。ふたりのタイトル争いには、19ポイントの差がついた。
とりわけ、モナコGP以降はハミルトンの6勝1敗で、彼の速さが強く印象に残っている。ロズベルグが4連勝した序盤戦も、ハミルトンが度重なるパワーユニット系のトラブルに見舞われなければ、どうなっていたかわからない。
そう考えれば、後半戦もハミルトンが圧倒的な速さで自身4度目のタイトルに向かって邁進する、と考えるのが当然だ。
それでも、まだタイトル争いがもつれる可能性は十分にある。
純粋な速さの争いとなる予選でも、ポールポジションの回数はハミルトン(6回)対ロズベルグ(5回)でほぼ互角。問題は、過去2年のタイトル争いを決めた最大の要因がそうであったように、決勝レースでの強さだ。バトルやピット戦略の競り合いになると、ロズベルグは力負けしがちな弱さがある。
母国ドイツGPでもロズベルグはスタートのミスで出遅れ、レッドブル勢との戦いに競り勝つことができなかった。地元戦で緊張からスタート時のクラッチ操作をミスしたり、スペインGPではスタート直前にパワーユニットの設定変更をミスして失速するなど、極限状態でのメンタル面の弱さを露呈している。
その結果が、両者の獲得ポイントの差と、なにより人々の脳裏に刷り込まれた「ルイスのほうが強い」というイメージなのだ。
だが、そのロズベルグが変わりつつある、という見方もできる。
スペインGPのオープニングラップでの同士討ちなど、ハミルトンとロズベルグの騒動はこれまでに何度か起きてきた。そのたびにロズベルグは「もう終わったこと」と、チーム内での話し合いとチームの方針を受け容れる姿勢を示してきた。
しかし、オーストリアGPの最終ラップの接触では違った。スチュワード(競技会審査委員会)からはペナルティを科せられたが、「ペナルティは受け容れるが、僕は悪くない」と決して自分の非を認めようとはしなかった。押し出したのではなく、自分は次のストレートに向けて立ち上がりのラインを変えただけ。そこに突っ込んできたのはルイスのほうだと。
たしかに他のドライバーに話を聞いても、ロズベルグのライン取りの是非は意見が分かれるところで、スチュワードがそう判断したからといって、全面的に接触の責任が彼にあるとは言い切れるものではなかった。
いずれにしても、これまでは事件が起きても口論に応じない品のよさを貫いていたロズベルグが、このオーストリアの件では強行に持論を主張し、決してそれを曲げようとはしなかった。そこに彼の精神面の変化の兆しが感じられたのはたしかだ。
スペインGPとオーストリアGPでの同士討ちで、取れたはずのワンツーフィニッシュをみすみす逃したことにチームは激怒し、ついには「コース上でのバトル禁止」といった厳しいチームオーダーの発令までも視野に入れた緊急議論の場を持った。今後は絶対にコース上での接触を起こさないように両ドライバーに約束させ、万が一、2台の接触が起きた場合には責任あるドライバーにそれ相応の代償を課すという紳士協定を結ばせた、と言われている。出場停止もあり得るといい、チームは断固とした姿勢を見せている。
しかし、最終的にメルセデスAMGは、チームオーダー発令は見送った。F1全体の利益――つまり、ファンに面白いレースを提供するという意義を考えてのことだ。勝利を独占している者だからこそ、ショーとしての側面にも責任を持つ。こうしたメルセデスAMGの姿勢は、高く評価されるべきだろう。
この決定は、ドライバーたちの意向に沿ったものでもある。自由に戦うことができる環境を、彼ら自身も望んでいる。
だからこそ今後、両者がふたたび衝突する可能性は極めて高いと言える。
速さの拮抗したふたりがタイトルをかけて争うのだから、当然だ。ましてや、ロズベルグは強い自分へと変わろうとしている。ドイツGPではマックス・フェルスタッペン(レッドブル)に対して仕掛け、ブレーキングゾーンでラインを変えてくる相手に対して一歩も退かず、強引にオーバーテイクをしてみせた。
タイトルの行方がかかる重要な場面では、コクピットの極限状態で戦うふたりにとって、紳士協定など無意味だろう。"紳士"などであっては、勝負に勝つことはできないのだから。シーズン後半戦は間違いなく、そんな場面を目にすることになるだろう。
ハミルトンはシーズン序盤に相次いでパワーユニットのトラブルに見舞われ、すでに第9戦・オーストリアGPの時点で5基目のTC(ターボチャージャー)とMGU-H(※)を投入してしまっており、年間5基の規定を超えるコンポーネント使用でグリッド降格ペナルティは避けられない情勢だ。つまり、1〜2戦は優勝争いをあきらめなければならない。
※MGU-H=Motor Generator Unit-Heat/排気ガスから熱エネルギーを回生する装置。
すでに多くのレースで、パワーユニットモードを絞ってコンポーネントの寿命をセーブする姿勢も見せており、タイトル争いを考え、いかにそれが彼の精神面を大きく圧迫しているかを物語っている。その重圧があるからこそ、ヨーロッパGP予選のように追い込まれた状況下では、ハミルトンとて冷静ではいられず、ウォールにクラッシュするといったような大きなミスをしでかすこともあり得るのだ。
メルセデスAMG勢同士のタイトル争いは、シーズン後半戦も最後まで目を離すことのできない激しいものになるはずだ。
一方、多くのチームが2017年型マシンの開発にシフトしていくなか、ウイリアムズやザウバーといった資金難で前半戦に苦しんだチームは、後半戦に新造パーツ投入を再開させて上位との差を縮めてくるだろう。レッドブルとフェラーリが"3強"の地位を固めた前半戦だったが、フェラーリはこれ以上の今季型マシン開発を放棄するとみられており、中団グループとの差は一気に少なくなりそうだ。
そんななかでマクラーレン・ホンダは、後半戦にパワーユニットを改良し、いよいよ待望のセミHCCI(予混合圧縮着火)技術を投入してくる。ルノーが約30馬力もの出力向上を果たしたとみられるこの技術をモノにできれば、ライバルとの差は一気に縮まるだろう。
さらに車体側も、来季型の基礎研究としてMP4-31の改良作業を継続するといい、さらなるパフォーマンス向上が見込まれる。前半戦にようやく中団勢の上位を安定して確保できるところまで進歩してきたマクラーレン・ホンダは、後半戦も混戦が予想される中団グループのなかで、どこまでいけるのだろうか。
ホンダの長谷川祐介F1総責任者は語る。
「シーズン前半戦に感じたのは、F1というのはこれだけがんばっても簡単には結果に結びつかないくらい、とても厳しい世界だなということです。1年や2年で勝てるような甘い世界じゃないと思っています。この進化をもう少し継続して、次のステップで少なくとも中団のトップ、つまり4番目のチームにはなりたいな、というのが目標です」
タイトル争いに加え、さらに混戦となるだろう中団グループ争い。そのなかでマクラーレン・ホンダがどれだけの進歩と活躍を見せてくれるか――。今週末、スパ・フランコルシャンで再開されるシーズン後半戦の興味は尽きない。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki