「終活? 興味がないわ」105歳のピアニスト・室井摩耶子さん逝去 90代で転んだ際の“超人的な行動”
国内最高齢のピアニストとして知られた室井摩耶子さんが、7月5日に老衰のために亡くなった。105歳だった。
101歳だった2022年、室井さんはノンフィクションライターの井上理津子氏の取材に、自身の生活習慣や人生哲学を明かしている。90代で路上に転んだ時に取った意外な行動、「終活? 全く興味がないわ」と言い切った理由とは――(文中の年齢、肩書等は「週刊新潮」2022年9月22日号掲載当時のものです)。
【写真を見る】夜中までピアノを弾くこともあるという室井さん。筆者の手を取ると
世田谷区内の住宅街にある、一人暮らしのご自宅に伺った。玄関ドアを開けると、広々としたリビングルームに直結。鍵盤蓋が開いたグランドピアノ2台が目に飛び込み、テーブル、デスク、戸棚などの上にはたくさんの楽譜や本、書類などが無造作に積まれていて、まさに「現在進行形」の空間だと見てとれた。

「この家、89歳の時に建て替えたんですよ。何年くらい住めるかしら、なんて考えもしなかった。そんなことより、目の前の生活を楽しみたいと思いましてね。年をとると平屋に暮らす方がいいと皆さんおっしゃいますけど、この家は2階建て。毎晩いい景色を見ながら寝るのが長年の夢だったので、寝室を2階にいたしました」
超人ぶりを表す強烈エピソード
室井さんがそう語る傍らから、20年来のマネージャー、志風敦雄さんが「他人と比べない。世間の常識に全くとらわれない。“超人・マヤコさん”です」と言う。
超人ぶりを表す強烈なエピソードの一つがこう。
90代の時だ。家の近くの路上で転んでしまった。
しばらくして通りかかった知らない人に、「ちょっと助けてくださる?」と声をかけて起こしてもらうまで、そのまま路上に寝ていたのだという。自分で起き上がろうとして、再び転んではいけないと思ったからだが、無事に帰宅後、「路上から景色を眺めるって、貴重な経験ができちゃった」と話した。いやはや大物である。
室井さんが続ける。
「100歳を超えても元気なのはなぜかと尋ねられることが増え、私なりに理由を考えて、分かったんですよ。便利な『頭陀袋(ずだぶくろ)』をいつも心に持っているからだと思います」
えっ? 頭陀袋を? と返すと、室井さんは言葉を尽くしてくれた。
頭陀袋とは、僧侶が托鉢の時などに首から提げている袋。転じて、なんでも入る袋のことだ。「面白い」と思ったことや、嫌なことを頭陀袋の中へ。喜怒哀楽全部をしまい込む。いつしか嫌な気持ちはすっかりなくなり、嬉しいことや楽しいことは気分だけ残る。やがて発酵したそれらを必要な時に取り出す。そうした循環が心の健康につながっていると自己分析。
「ピアノを弾くときも、頭陀袋の中で熟した感情が表現を手助けしてくれます」
「お城に住んでいる紳士に、夢中になられたことも」
室井さんは、1927(昭和2)年に6歳でピアノを始めた。「全人教育」で知られる成城小学校(現・成城学園初等学校)に入学した年だ。人一倍の好奇心と、男の子と相撲を取るお転婆な面を併せ持つ子だった。ピアノの稽古はことのほか好きになり、小学校の卒業文集に「ピアニストになって、世界中を演奏してまわります」と書いた。
長じて東京音楽学校(現・東京藝術大学)に進み、首席で卒業。戦時中にもドイツ、イタリアの音楽は禁止されていなかったのが幸いし、45年1月、日本交響楽団(NHK交響楽団の前身)の演奏会でソリスト・デビューを果たす。56年にドイツに拠点を移し、13カ国でリサイタルを開催するなど往時の活躍ぶりは枚挙にいとまがない。64年にはドイツで出版された『世界150人のピアニスト』に選ばれた。
「お城に住んでいる紳士に、夢中になられたこともありましたよ」
と、ドイツ時代の甘い思い出を頭陀袋から引っ張り出してくれた室井さんだが、「他人と過ごす時間より、ピアノに触(さわ)る時間を優先してきた」ため、ずっと独身。59歳で帰国後、国内でも精力的にコンサートを行い、2018年度文化庁長官表彰など受賞も数多だ。
「ピアノと向き合うと、今も新しい発見がある」
閑話休題。そんな輝かしい過去を胸に、今の暮らしぶりは――。
「若い頃のようには体が動かない」のは致し方ない。そのカバーをプロの手に委ねることにちゅうちょは全くない。毎日のようにヘルパーさん、マッサージ師、医師らの訪問を受けつつ、「寝たい時に寝る、起きたい時に起きる、(ピアノを)弾きたい時に弾く」という日々を貫いているという。
「夜、急に思いつきピアノを弾き始めて、気が付けば夜中の1時、2時ってこともよくあります。ピアノと向き合うと、今も新しい発見があるんですよ。この年になったから、やっと表現できたということもね」
「終活? 全く興味がないわ」
いきおい目を輝かせた室井さんが「たとえばね……手を出してみて」と言う。仰せどおりにすると、室井さんが指で私の手のひらを押した。最初はかすかに。そして徐々に強く。
「同じピアニッシモでも、これとこれは全然違うでしょう?」
押すニュアンスのことだろうが、私が今ひとつ理解できていないことを室井さんが察したのだと思う。
「弾いてみましょうね」
とピアノの前に移動。「エリーゼのために」を奏でてくれた。とても優しい音色、伸びやかな音色、しっとりした音色などを織り交ぜて。
音色に心をわしづかみにされながら「ああ、なるほど」と思った。数限りなく弾いてきた曲にも、101歳だからこその趣きが出る。それを追求し続けておられるのだ。取材時、都内のホテルでのクローズドの公演を9月中旬に控えていた。近づくにつれ、こうして鍵盤を弾く時間が増えるのだ。
ちなみに、室井さんは「終活? 全く興味がないわ」と言い切った。そんなことをする時間は惜しいとばかり、ピアノに融通無碍に向き合う姿がかっこいい。
井上理津子(いのうえりつこ)
ノンフィクションライター。1955年奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌を経てフリーに。人物ルポや町歩き、庶民史をテーマに執筆。著書に『さいごの色街 飛田』『葬送の仕事師たち』『親を送る』『絶滅危惧個人商店』など。
デイリー新潮編集部
