元日本代表の浅野拓磨【写真:徳原隆元】

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浅野拓磨は2021年にパルチザンを退団

 元日本代表FW浅野拓磨は、今季から古巣のサンフレッチェ広島に復帰することが発表された。

 セルビアメディア「Sportal」では、2021年に浅野が同国1部パルチザンを退団した際のエピソードを報じている。

 浅野は16年に広島から海外移籍。イングランド・プレミアリーグの名門アーセナルと契約を結び、期限付き移籍でドイツのクラブを渡り歩いて19年にパルチザンへ加入した。そして、21年にドイツのボーフムへ移籍し、スペインのマジョルカを経て広島復帰が発表されている。

 今回のエピソードは、元パルチザン広報でジャーナリストのビリャナ・オブラドヴィッチ氏がTV番組に出演して話したという。背景として「特に外国人選手に対して給与の支払いが2か月遅れた場合、彼らには契約を解除して退団する権利があります。浅野拓磨はそれを、まるで映画のように、実に劇的な形で実行しました。当時のクラブ幹部は、彼をUAEのクラブへ売却したがっていました。財政的には非常に良いオファーでしたが、彼は欧州5大リーグのいずれかへ行きたがっていました」と、状況を話した。

 そのうえで「私たちはクラブショップで浅野のTシャツを作っていて、彼はそれを100枚ほど注文しました。木曜日にヴォイヴォディナ戦があり、私は彼にTシャツを渡し、彼は私に代金を支払いました。その試合で彼はゴールも決め、すべてが順調でした。そして金曜日になりました。私は家でパジャマ姿でした。すると『浅野がどこに住んでいるか知っているか? 知らないなら、調べてくれないか』とクラブ幹部から電話がありました」と、浅野が姿を消した当時のことを話している。

 その時点で、浅野拓磨はすでにセルビアにはおらず、日本へ出国していたのだという。パルチザン側はスポーツ仲裁裁判所への提訴をちらつかせたとしたが、給与未払いからも浅野の側に立つことになった。

 何人かの選手に連絡して浅野の住居へ向かったというオブラドヴィッチ氏は、呼び鈴を鳴らしても全く応答のない玄関で待つことになったという。そして「部屋が完全に空になっていて、すべて荷造りされ、持ち出されていました」として、日本製の歯磨き粉のみが残された部屋を見ることになったとした。当時は新型コロナウイルスの影響が色濃かったが、浅野はPCR検査をクラブに隠れて実施し、段取りを組んで出国していたのだという。

 オブラドヴィッチ氏は「彼はUAEへ売却されることを恐れていました。もっとも、パルチザン側は月曜日には未払い分の給与を支払うと伝えていたのですが。その間に、ニューヨークの女性弁護士から連絡がありました。そして、浅野が日曜日の午前6時に公式声明を発表し、クラブを離れ、退団したことを明らかにすると伝えてきたのです」と、激動の3日間だったことを振り返っていた。

 ストーリーとしての立場は反対ながら、まるで人気ドラマ「夜逃げ屋本舗」を彷彿させるような脱出劇。ドイツへ渡った浅野は日本代表でもアタッカーとして2022年カタールW杯でドイツ代表を破る決勝ゴールを奪うなどの活躍を見せることになった。(FOOTBALL ZONE編集部)