笑点&週プレ奇跡の60周年コラボで三遊亭小遊三が袋とじグラビアに挑戦!「ベッドはね、久しぶりだね(ニヤリ)」

1966年に放送を開始し、今年で60周年を迎える国民的番組『笑点』。くしくも"同い年"の『週刊プレイボーイ』(5月25日発売・23号)誌上で、番組長老の三遊亭小遊三師匠が、前代未聞の袋とじに挑戦だ!
笑点の大喜利コーナーでは「色男」「スケベ」「コソ泥」など、独自のキャラクターで視聴者を魅了し続けている師匠が、なんと今回はグラビアでも大暴れ! 往年の名優、アラン・ドロンを自称する落語の名人が、持ち前の男前全開で"なりきりアラン・ドロン"!
――ついに、袋とじに師匠が登場です。
「袋とじっていうのはときめきますよね、子供の頃のクリスマスプレゼントと同じ(笑)。でも、袋とじはいきなり破かないんだよ。いっぺんのぞいて、ニヤッて笑うの(笑)」
――映画『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンをイメージした撮影をしました。
「僕らの世代は"いい男"っていうとアラン・ドロン。でも会ったことないんだよ。いっぺんぐらい会っときゃよかったね(笑)」
――水着姿も披露していただいて。
「水着っていうと何かおかしいよね、あれは海パンだよ(笑)。ああいう格好するのは5、6年ぶり。ベッドシーンも撮ったけど、ベッドはね、久しぶりだね(ニヤリ)。もう忘れちゃったよ、ベッドがどんな形してるか(笑)」
――とてもリアルな表情に見えました。
「リアルだったら、もっとくたびれてるよ(笑)。モデルっていうのはこういうことをしてんだなって感心しましたね。今日は落語と違って良い心持ちですよ。いろんな洋服が着られて、脱げるし(笑)」
――今回は、週プレと『笑点』がどちらも60周年ということで、この企画が実現しました。師匠の笑点デビューは1983年です。
「プロデューサーに呼び出されて『笑点出るか?』って言うから、『お願いします、一席やればいいですか?』って聞いたら、『一席じゃないよ、レギュラーだ』と。
当時(五代目三遊亭)円楽師匠が司会で、(桂)歌丸師匠がいて、(林家)こん平師匠がいて、木久扇(初代林家木久蔵)さんがいて。どうしていいかわかんなかったね。
だからといって怖がっちゃいらんないけど、実力が違ったからね。僕は寄席が中心でテレビにあんまり出たことなくて、すぐクビになるなと思ったよ。笑点の大喜利って、流れがあるじゃないですか。最初はそれがわかんないんだよ。『ウィーン少年合唱団』にオンチがひとり入ったようなもんで(笑)」
――周りに相談したり?
「そんなことができたらもっと出世してたんだけど(笑)、自分でもがいていたね。お客さんも"おまえは誰だ"って感じだったから、いつも真剣勝負。だから、ウケたら1週間はうれしかったね」
――手応えを感じたのは、どれぐらいたってからですか?
「手応え? いまだにないよ(笑)。でも、『笑点』って番組がしっかりしてるから、僕自身がどうのっていうのはあんまりないよね。『こいつ、気がついたらずっといたね』って、エアポケットみたいな立ち位置で。そういう勘違いがひとりぐらいいてもいいんじゃないですか?」
――小遊三師匠の代表的なキャラといえば、コソ泥、キザ、下ネタがありますね。
「みんながやってないことをって、あっちこっち行ってるうちに、気づいたらこうなっちゃった。下ネタなんて笑点じゃあ、誰もやらないですからね。だから気が引けてんですよ、下ネタに関しては(笑)。だけど、しょうがないんだもん」
――番組も今年で60周年ですが、ここまでの長寿番組になると思っていましたか?
「笑点はずっと続くもんだって先入観があって、これからも未来永劫続くんじゃないかなって気はするけど、なんの根拠もないからね(笑)。でもみんなそんな気持ちじゃないかな?」
――さらに40年後、笑点の100周年はどうなってますかね?
「そんなことわかるわけないじゃない(笑)。わかる人がいたら連れてきてください。日々平穏であれば、いいんじゃないですかね。いろいろ心配してもしょうがないから」
●三遊亭小遊三(さんゆうてい・こゆうざ)
1947年3月2日生まれ 山梨県大月市出身
〇落語家。1968年に三代目三遊亭遊三に入門。
83年に真打昇進、同年から現在まで『笑点』にレギュラー出演中

スタイリング(衣装)/大橋瑞奈 ヘア&メイク/梅原麻衣子
取材/関根弘康 撮影/前康輔
