「必ず花開く日が来る」…W杯のキーマン・小川航基が明かした「俺は森保ジャパンに欠かせぬ選手」

写真拡大 (全3枚)

テレビの前で誓った「次は俺がやってやる」

ベスト8を目指す森保ジャパン。グループリーグ突破の最大の難関と目されていたのが緒戦、FIFAランキング7位のオランダとの一戦だった。

1-2と追い込まれた終了間際の後半44分、途中出場の小川航基(こうき)(28)が日本を救った。伊東純也(33)のCKに頭で合わせると、ボールは鎌田大地(29)の頭をかすめてゴールへ。記録上は鎌田の得点となったが、土壇場の同点劇を生み出した。

「前回のカタール大会で日本代表がクロアチアに負けたとき、僕はテレビで見ながら、試合に出ていた選手と同じように悔しい気持ちになっていました。そこから3年半、『次は俺がやってやる』との思いでやってきました」

オランダ代表の主将にして、世界最高峰のプレミアリーグでナンバーワンCBとして君臨するフィルジル・ファン・ダイク(34)に競り勝ったことについて尋ねると、小川の表情が引き締まった。

「いいところにいい形、いいタイミングでボールが入り、自分がうまく入り込めれば、オランダのような高いディフェンスラインからもゴールを奪える。それがサッカーの面白いところだと思います」

試合前、ピッチに姿を見せた小川がペナルティスポット付近に一人で立ち、ゴールを見据えながらしばし、何か考え込んでいるようなシーンがあった。

「いよいよW杯が始まると思うと、気持ちを抑えるのが大変で。いままで支えてくれた家族だったり、お世話になった方だったり、いろいろな人たちの想いを背負っていかなければいけないな、と思いながらピッチを歩いていました。いい緊張感のなかで自分と向き合っていました。

僕のキャリアは順風満帆じゃなかった。J2でさえ試合に絡めない時期もありました。ただ、そういう時期でも『必ず花開く日が来る』と信じ、小さなことからコツコツ努力してきた。まだ大会は始まったばかりですけど、その気持ちを忘れることなく戦っていきたい」

アイスランド戦で再確認

年代別代表では、エースとして期待された時期もあった。

だが、ケガの影響もあって、東京五輪は招集外。前回カタール大会もテレビの前で見届けるしかなかった。アンダー世代で脚光を浴びたストライカーにとって、W杯は近いようで遠い場所だった。

それでも、横浜FC在籍時の’22年にJ2の得点王に輝くと、’23年夏にオランダのNECナイメヘンへ移籍。今季、チームが3位と躍進したなか、終盤戦で出番が減少するなど苦しい時期もあったが、5月31日のアイスランドとの壮行試合で決勝ヘッドを決めるなど、本番に向けて存在感を高めていた。

記録上は自分のゴールではない。それでも、小川は胸を張った。

「所属クラブでなかなか試合に絡めなくて、ゴールから遠ざかった時期もありました。ただ、どれだけ結果が出ていなくても、自分を信じる力はずっと持っていました。アイスランド戦でゴールを決めることができて、あらためて『俺はこのチームで必ず生きる』と感じました。『俺は森保ジャパンに絶対に欠かせない選手だ』とずっと思っていた。それを口だけでなく、結果で証明できてよかった」

「W杯を戦うなかで気持ちに変化があった」とも、小川は明かした。

「僕はこれまで″自分が得点を決めたい″という思いが強かった。でも、いまはそれ以上にチームの勝利が欲しい。オランダ戦でも、チームが勝ち点を拾えればと心の底から思っていました。W杯でゴールを決めることは自分の夢でしたし、FWとして点を取りたい気持ちももちろんあります。ただ、いまはそれ以上に、チームが勝つことを欲しています」

チュニジア戦を終え、日本はグループリーグ突破へ大きく前進した。オランダ戦で2度追いついた意味も、改めて重みを増す。中村敬斗(25)が決め、小川が呼び込んだ2度の反撃に、苦しい時間を乗り越えたアタッカーの意地が滲(にじ)んでいた。

『FRIDAY』2026年7月10日号より

取材・文:栗原正夫