サッカーW杯の開催国であるカナダが注目されているが、その東部に浮かぶプリンス・エドワード島は、トロントともバンクーバーとも別の国に見える。草原と海と赤土が続く島で、13歳の少女アンが最初にしたのは、桜の木に名前をつけること――。

Netflixドラマ『アンという名の少女』(原題:Anne with an E、2017年)は、、L.M.モンゴメリーの名作『赤毛のアン』が原作だ。孤児のトラウマ、村社会の閉鎖性……『赤毛のアン』は、もともとそういう話だった。

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○「手違い」で始まる、誰にも必要とされなかった少女の物語

物語の入口は「手違い」だ。プリンス・エドワード島のアボンリー村に住む農家のカスバート兄妹は働き手として男の子を望んでいたが、やってきたのは、13歳の赤毛の少女。それがアンだった。誰かに必要とされていないというなんとも悲しい話から始まる。

「我が人生は夢の墓場」

アンはこう言うが、絶望的に見えないのが不思議だ。むしろ笑っている。孤児院で、里親の家で、ずっと「いなくなれ」と言われてきた。それでも笑えるのは、自分の絶望をすでに言語化し、少し距離を置くことを覚えているからだろう。

一見すると、強いようにも見える。アンはよくしゃべる。矢継ぎ早に、比喩を重ね、想像を膨らまし、言葉が止まらない。空想の世界に入り込みすぎてしまうこともある。しゃべり続けることで、自分の存在を証明しようとしているのかもしれない。

「心が動くと言わずにいられない。感動には大袈裟な言葉が似合うわ」

そう、潔く言い放ってしまうのがアンらしい。夢の墓場を笑い飛ばせるほどの言葉を持つ少女が、それでも誰かに必要とされることを、どこかで待っていた。

その「誰か」が、グリーン・ゲーブルズと呼ばれる農家のカスバート兄妹だ。マシューは内気で口数が少なく、マリラは真面目で規律を重んじる50代の独身兄妹。2人とも、子どもを育てた経験がない。アンを受け入れるかどうか、最初は意見が割れる。

アンは一体どうなってしまうのか、ハラハラさせるが、マシューが夕暮れの赤土の道を馬で駆け抜けていく場面は心を揺さぶってくる。白い花の咲く並木、緑の牧草地。そのなかを、普段の彼とは全く違う表情で馬を急かしている。アンへの思いが、言葉より先に体に出た瞬間だ。マリラもまた、不器用な誠実さでアンと向き合っていく。厳しいようで、実は情に厚い。その変化が、じわじわと伝わってくる。

「嫌な記憶ほど残るわ。周囲の人に悪人と見なされても、良心を持って無実と示せば、誰かが救ってくれる」

アンが言う「誰か」が、マシューとマリラになっていく。このセリフの重さまで変わってしまうから不思議だ。

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○美しければ美しいほど際立つ孤独

新しい生活が始まったばかりのアンに、初めての親友も現れる。近所に住むダイアナは、裕福な家の娘で、穏やかで偏見のない少女だ。アンは初対面で「ずっと欲しかった親友」と大興奮し、2人はすぐに「心の底からの親友」を誓い合う。

だが、友情が試されてしまう出来事が続く。たとえば、ダイアナの母親がアンを快く思わず、2人の交友を禁じてしまうこともある。初めてできた親友を失いかけるアンを見ているのがつらくなる。夢の墓場に、また一つ何かが埋まりそうになってしまうのだ。

ここでもアンは諦めない。生まれてからこれまでつらいことばかりだった経験が皮肉にも、彼女に生きる知恵を与え、その賢さが彼女自身を救っていく。

ジェーン・エア』が好きな人には、この構造に覚えがあるはずだ。孤児、知性、感情の過剰さ、そして「それでも私はここにいる」という宣言。アンが愛読しているのも、自然なことに思えてくる。

アンがアボンリー村で過ごす時間とともに、プリンス・エドワード島の景色も移り変わっていく。草原と白い桜の花から、紅葉、そして雪景色へ。美しければ美しいほど、そこにまだ馴染めていないアンの孤独が際立つ。この島を「美しい」と落とし込めた時に初めて、ここにいていいかもしれない、という予感に変わる。

シーズン1の終盤、こんなセリフが置かれている。

「時には素直に愛を受け取ってもいいと思う」

19世紀の島の話なのに、ガツンと胸を打つ。マシューの無言の行動も、マリラの不器用な誠実さも、ダイアナの無条件の友情も、すべてそこにつながっていく。揺さぶってくる話が続くから、見飽きない。

シーズンが続いていくと、物語の世界は広がっていくが、アンが桜の木に名前をつけた島は、変わらずそこにある。

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長谷川朋子 はせがわともこ コラムニスト/ジャーナリスト。2003年からテレビ、ラジオの放送業界誌記者。仏カンヌテレビ見本市・MIP現地取材歴約15年。番組コンテンツの海外流通ビジネス事情を得意分野に多数媒体で執筆中。著書に『Netflix戦略と流儀』(中公新書ラクレ)。 この著者の記事一覧はこちら

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