小島瑠璃子「自分は本当に恵まれているし、支えてくれる人の期待に応えたい」【独占インタビュー】
15歳で芸能界入りして以来、13年間にわたり第一線で活動してきたタレントの小島瑠璃子(32)。2年半の芸能活動休止と夫の急逝を乗り越え、新人経営者として再始動した小島の本誌独占インタビューをお送りする。
『つらいなんて思わない』と言ったらウソになる
現在の生活はかなりシンプルになったという小島。独身時代は自分で稼いだお金を好きなように使っていたが、今は本当に必要なものだけに投資している。
「ビックリするくらい物欲がなくなりました。かつてはファッションが大好きで服を買ったり、家賃の高いマンションに住んでいたから、『もっと家賃の安いところに住んでお金を貯めておきなさい』って当時の私に説教してやりたいですよ(笑)。ピンポーンってインターホンが鳴ったら廊下を走って玄関に向かわないといけないくらい広い家なんて必要ないでしょ! って。
ただ、浪費家になっちゃいけないけど、ケチにもなりたくない。経営者としての私にはまだまだ勉強しなければならないことが山ほどあるので、知識の習得や全国各地の農家さんを訪れる際の交通費など、事業に関する出費は惜しまないようにしています」
さらに、時間に対するコスト意識も大きく変わったという。
「店舗に来店してくださったお客様は、お金だけではなく貴重な時間も提供してくださっている。その重さを感じました。ホリプロ時代から、『遅刻はしないように』と教わってきましたが、それは単なるマナーではなく、多くの関係者やスタッフさんの時間をいただいているからなのだと改めて気づかされました」
高校生から在籍してきたホリプロでは、社会常識もすべて学ばせてもらったと語る。
「それに、やっぱり守られていたんですよね。自分がすべての責任を負う状態になって初めて、守ってくれる組織があることの大きさを感じています。
今は自分の背中にのしかかる責任の重さにヒリヒリすることもあるから、『つらいなんて1ミリも思わない』と言ったらウソになる。でもつらいだけじゃないんですよ。自分がやりたいと思ったことにたくさんの人が力を貸してくれている。だから私は本当に恵まれているし、支えてくれる人の期待に応えたい」
「自分は恵まれている」――小島はインタビュー中、何度もこの言葉を繰り返した。夫の急逝という波乱を経験してもなお、そう言い切れるのはなぜなのか。
「この1年、あまりにも多くの人が助けてくれました。夫が亡くなったあの日から今日までずっと、私が一人にならないように家族や友達など誰かしら一緒にいてくれたんです。
ある友人は悲しみの淵(ふち)にいる時に、ただ頷(うなず)いて話を聞いてくれて、立ち上がろうとする時には手を取って引き上げてくれた。事業を始めようとしたらアイディアをくれたり、実務を手伝ってくれたりする知人もいました。これほど恵まれていることがあっていいんだろうかと思うほどです」
好かれようとも思わない
仕事の時は、家族が2歳になった息子の面倒を見てくれているという。そんな小島がたった一つ、自分のなかで決めているルールを明かしてくれた。
「この先、息子に『どうして僕の家にはお父さんがいないの?』と聞かれる時が来ると思うんです。そんな時、どうやって向き合おうかと何度も想像しました。でも、どのような言葉で伝えればいいのか、今の私にはまだわかりません。
ただ、一つだけ決めていることがある。それは、夫についての話を最初に知るのは、ネット上の情報からではなく、私自身の言葉でありたいということ。そして、息子が私たちにとってどれだけかけがえのない存在なのかを、これからも伝え続けたい」
お茶事業は今後、より多くの人に届けられるようにビジネスモデルを検討している最中だ。
「たとえば子育て中のお母さんはゆっくりお茶を飲む時間がなかったりする。だから、ホッと一息ついてもらえるように、託児つきのカフェサービスがあったらいいなと思うんですよ。保育士さんにお子さんを預けて、安心な環境でお茶を味わえるような時間を提案してみたいですね」
今後の目標は、40代の自分に「30代で頑張っておいてくれて、ありがとう」と言われること。そう話すと、小島の目に再び強い光が宿った。
「かつては、自分もこんな人になりたいという憧れを抱いていた時期もあったけど、この1年でそれも完全になくなりました。他人に憧れても同じにはなれないと気づけたから。
それに、進んで嫌われたいとは思わないけれど、好かれようとも思わなくなりました。無理に取り繕(つくろ)う必要もないし、自分は自分らしくいればそれでいいんじゃないかなって。……ほら、ずっと前からSMAPさんが歌ってくれていたじゃないですか。『ナンバーワンじゃなくて、オンリーワンだよ』って(笑)」
世間からの評価を超えたしなやかな強さ。これこそが、真の″こじるり無双″の姿なのかもしれない。
『FRIDAY』2026年5月1・8日合併号より
取材・文:音部美穂
