小島瑠璃子「今の私はスマートさからはほど遠い。でも、それが本当の私」【独占ロングインタビュー】
金髪に込められた決意
明るい表情を引き立てるブロンドヘア。かつてのトレードマークだった黒髪からイメチェンしたタレントの小島瑠璃子(32)は、「春らしく、金髪に少しピンクを混ぜてみたんですが、思った通りの色に定着させるのが難しくて」と照れ臭そうに微笑んだ。
首を傾けるたびに、さらりと揺れる金髪。その仕草一つひとつから、FRIDAYカメラマンの意図を的確に汲(く)み取るプロフェッショナルとしての感覚が伝わってくる。2年半の活動休止期間があったとは思えないほど、撮影現場での立ち居振る舞いは洗練されていた。
「昨年10月に活動復帰を発表してから、テレビやネット動画には出演していますが、雑誌のインタビューは初めてになりますね。よろしくお願いします」
15歳で芸能界入りして以来、13年間にわたり第一線で活動してきた小島。休止期間を経て活動を再開した現在の生活は、タレント、経営者、そして母親という三つの軸で成り立っている。
「今回は撮影用の衣装としてワンピースを着ましたが、私服は薄手のタートルネック&デニムと決めているんです。トップス3枚とデニム2本しか持っていないので、それを交互に着ています。ほぼ制服ですね(笑)。コーディネートに頭を悩ませる時間がもったいなくて」
’09年、ホリプロタレントスカウトキャラバンでグランプリを獲得し芸能界へ。トーク力を武器に、バラエティやスポーツ番組、教養番組などでMCを務めるなど、幅広い活躍を見せてきた。
なかでも小島の名を轟(とどろ)かせたのが、’17年に出演した衆院選の選挙特番『池上彰の総選挙ライブ』(テレビ東京系)。生中継で開票センターからのリポートを担当し、その返し方やコメント力で、″こじるり無双″と評されるようになる。しかし、当の本人は複雑な心境だったと振り返った。
「ありがたいことに仕事量は増えましたが、自分では無双だなんて思えなくて。完璧であることを求められ、いろいろなことのハードルが上がった気がしました。荷が重かったし、しんどかったですね」
夫が急逝、それでも前を向く
メディアから引く手あまたの人気を誇るなか、’23年2月にホリプロを退社。翌月、サウナ事業を展開する会社経営者・北村功太氏(享年29)と結婚すると、念願だった中国への短期留学も果たした。帰国後、長男を出産してからは専業主婦として家事や育児に専念する日々。穏やかな幸せが続くかと思われたが、昨年2月、状況は一変――夫が急逝したのだ。
「日頃から事業を頑張っている彼を支えたいと思っていました。でも……彼の心には私も理解しきれない何かがあったのかもしれません。そう考えれば考えるほど苦しくて、あの日からの時間は、これまで経験したことがないぐらい心身ともにつらかった。そんななかでも前を向いて生きなければならないと思えたのは、やはり息子の存在があったからです」
昨年10月には個人事務所を立ち上げ、芸能活動を再開。社長業・タレント業に加え、お茶の事業にも取り組んでいることを報告した。これは、つらい時期にお茶を飲む時間に救われたという自身の経験がもとになっている。
「もともとお茶は好きでしたが、味や香りだけではなく、お茶を飲んでホッと一息つく時間自体が心を落ち着かせ、生活に潤いを与えることにつながると身に沁みて感じました。お茶は奥深く、私にとってずっと追求し続けたいテーマ。そして、同じように苦しい状況にあったり、安らぎを求めているような人の心に何かを届けられたら、と考えました」
思い立つと行動は早い。伝手(つて)を頼って茶葉研究者の大学教授に教えを乞(こ)い、お茶農家を訪ね、さらにはお茶問屋(茶商)のもとにも足を運んでいる。
今年1月には、東京・赤坂でお茶を主役にしたコース料理を提供する店舗を2週間限定でオープン。268名の客が訪れ、小島自ら接客やお茶の解説も行った。予約サイトは自分で開設するなど、何もかもが初めての経験だ。さぞかし苦労したのではないかと思いきや、本人は意外とあっけらかんとしていた。
「確かに大変だったけれど、やったことがあるかどうかは重要じゃない。大切なのは″やりたいかどうか″。AIを使えばたいていのことを調べられる時代ですし、予約サイトを構築できるような機能もあるから、その気になれば初めてでもなんとかなるんです」
『何があっても諦めない』
2週間分の予約は瞬(またた)く間に埋まり、客の反応も上々。手応えを感じたという。
「とにかくホッとしました。一生懸命やっていけば、何かを届けられると確信できたのは大きいですね。正直なところ、準備している間はずっと漠然とした不安を抱えていました。『この事業、本当に成功するのかな』『世の中に求められているのだろうか』と自問自答したり。でも口に出したら、すべてが無駄になってしまう気がして怖かった。
その不安がピークに達していた昨年11月、マネージャーが『私たちってなんだかずっと文化祭の準備をしているみたいだね』ってつぶやいたのが忘れられなくて。ああ、口に出さずとも同じことを考えていたんだと思ったんです」
実は現在、小島のマネージャーを務めているのは20年来の親友。昨年、小学校時代からの同級生の彼女に小島が自ら頼み込んだのだという。彼女は、小島の誘いを受けて即決し、それまで勤めていた会社を辞めて合流した。
「『確実に成功するから大丈夫』とは言えなかった。でも『もしついてきてくれるなら、私は必ず成功するまでやるから』と言って口説き落としたんですよ」
小島は、″経営の神様″と呼ばれる故・松下幸之助の言葉「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するまで続ければそれは成功になる」を引用して次のように続けた。
「彼女を事業に引き込む前から『何があっても諦(あきら)めない。成功するまで続ける』という覚悟は決めていました。だからこそ、『会社を辞めて合流してほしい』と言えたし、その覚悟が伝わったから彼女も即決してくれたんだと思うんです」
目から光を放ちながら熱を込めて語った直後、「なんだか昭和のスポ根みたい。令和っぽくないですね」と苦笑した。
「本当はもっとスマートにやれたらカッコいいと思うんだけど……今の私はスマートさからはほど遠い。でも、それが本当の私なんです」
『FRIDAY』2026年5月1・8日合併号より
取材・文:音部美穂
