<連続対談 “恋愛”の今は>第二回 濱口竜介×西森路代 おずおずと、やっていく 文學界1月号
恋愛と映画撮影の過程であらわれる暴力性にわれわれはどう対すべきなのか。
ベルリン国際映画祭で銀熊賞に輝いた新作『偶然と想像』、俳優の演技と演出、敬愛するジョン・カサヴェテスをめぐる真摯な対話。

「文學界 1月号」(文藝春秋 編)
■心がふれあう瞬間
西森 新作『偶然と想像』(2021)、すごく面白かったです。三つの短篇「魔法(よりもっと不確か)」「扉は開けたままで」「もう一度」の中では、特に三つめの「もう一度」が好きで、この作品に関しては、自分の中で満足してしまったので、今日は、良い意味で心にひっかかりがあった、「魔法(よりもっと不確か)」「扉は開けたままで」についての質問が多くなるかもしれません。そもそも、この三つの短篇はどのようにして生まれたのでしょうか。
濱口 これは全七話で考えている短篇シリーズで、タイトル通り「偶然」をテーマにやってみようというところから始まりました。短篇は肩肘張らずやれることもあり、もとから作るのが好きです。長篇を作るのは、やはりすごく気力体力が奪われるので、その合間に短篇を自分の制作サイクルに入れていきたい。短篇だとなかなか興行にならないという問題がありますが、短篇集の形だったら劇場でもかけられて、キャストやスタッフにとっても参加する意義のあるものになりやすいと思い至りました。で、まずはこの三話から始めてみました。
「偶然」を扱っているうち、「想像力」ももう一つ重要なテーマとして浮上してきました。短篇集というアイデアはもともとエリック・ロメールからインスパイヤされたもので、「偶然」もロメールから受け継いでいるテーマです。「想像力」は自分オリジナルの要素として育ってきた感じがあったので加えてみた結果、こうなりました。
西森 全七本の中から、この三本で一括りにしようと考えた理由は何だったのですか。
濱口 全体として、どういうふうに世に出していこうか、いまだに決まっていないところもあるんですけど、これが一応シリーズの最初となるので、観客が受け入れやすいものを、と考えました。すごくわかりやすい三角関係の話としての第一話、同窓会に参加するも会えなかったかつての友人と、街中で二十年振りに再会する第三話は、特にそうですね。観客が最終的にはいい気持ちで劇場を出ていけるようなものを、今ある話のアイデアから自分なりに選んでいった感じです。
西森 残りの四本は、もう書いているのですか?
濱口 長篇との合間合間に作っていきたいので、話の種はもうありますが、脚本化するのは次の長篇のプロジェクトが決まってからにしたいと思っています。
西森 現実的な要請からこの三本が選ばれた、とのことですが、三つの物語がテーマ的にすごくピタッと連なって見えて、まるで一本の長篇を見たような印象を受けました。例えば第一話、ヘアメイクの女性が、偶然行きつけの店で出会って意気投合した男性について語っている場面で、相手と会話の波長が合うことが、フィジカルな関係性よりも尊い、ということを言うじゃないですか。
濱口 はい。タクシーの中で、仲のいいモデルの子相手に。
西森 また、単位をもらえず、芥川賞作家でもある大学教授を逆恨みした男子ゼミ生が、同級生で既婚者でセフレの女性にハニートラップを持ちかけ、スキャンダルを起こさせようとする第二話にも、共通するテーマを感じました。先生と女性の言葉のみを介したやりとりが延々続きますが、肉体関係のある男子学生とよりも、言葉を交わす先生との方に、見る者は親密な関係性を感じます。さらに第三話の「もう一度」では、そうした在り方がより鮮明になっていきます。「もう一度」には、ときおりユーモラスなシーンもありつつも、偶然をきっかけに女性ふたりが、どこにたどり着くかという過程を描いていました。前の二本には、どこか心がざわつくような感覚もあったので、その対比で、すがすがしくて浄化されたみたいな気持ちになりました。自分の年齢的なものもあるんですが、最近、中年に差し掛かろうとしている女性たちの、一見遠慮がちだけれど、それがやさしさによる距離感でもあるというコミュニケーションにぐっときがちということもありまして。しかも、そんな遠慮がちなコミュニケーションの末に、心がふれあったんだなとわかる瞬間があって、そういう瞬間を見ると心が震える感覚があります。今回、どの短篇にも、そういう「瞬間」があって、そこにそれぞれぐっときたのですが、見終わったあとも特に残ったのは、やっぱり「もう一度」でした。
濱口 対話や通じ合いについて、三篇に共通するという指摘については、確かにそうかもしれませんね。テーマ設定をしてそうなっているというより、書いたらそうなっていった、という感じの方が強かったかもしれないです。そもそも、そこまで明確にテーマ設定というのをしているわけではなく――それこそ偶然でもあって。最初に設定したテーマ「偶然」以外は、結構なるに任せる感じで、それが書いていて面白いところでもありました。でも、すごく短い期間に一気に書いたので、意識していないとはいえ通底しているものはあったのだと思います。
■恋愛の持つ暴力性
西森 この連続対談のテーマは「“恋愛”の今は」というもので、始めた動機の一つに、恋愛をストレートに描いたフィクションにハマれなくなっている人もけっこういる、というのを実感していたことがあります。そういう意味では、『偶然と想像』の第二話などは、色っぽい感じの恋愛をここまで正面から描いた作品を久しぶりに見たと感じました。
濱口 おっしゃる通りだと思います。観客にどのようにとられるか、特に第二話に関しては、不安がないわけではないです。でも、「こういうものに取り組みたい」という意思は明確にあり、それは、この作品に取り掛かっている時、『ドライブ・マイ・カー』(2021)の撮影を控えていたこともたぶん関係していると思います。性的なものがまったく取り扱われないことにも問題があるし、逆にそれがメインになってしまうのも違うと思っていて。自分がそういうテーマを取り扱うとしたらどうなるのかをやってみたのが第二話です。短篇集の全体の流れのなかで、第一、三話をある程度わかりやすくやる分、第二話に関しては、できるだけドロッとした、ダークな雰囲気が出てくるような話にしました。
西森 私自身はそのドロッとしたところも面白く見たのですが、周りの女性で、この第二話と『ドライブ・マイ・カー』の最初のセックスシーンに拒否感を持った人がそれぞれいたんです。心がザワッとしないものだけを見たい、過度に感情を掻きまわされたくない、という傾向もあるのかなという感じがありますし、その感覚は私もわかります。性的なものだけじゃなく、暴力描写などで過剰な負の感情に晒されたくない、ということも含めて。
濱口 わかります。そしてそういう観客はきっと増えているとも思います。少し話が違うかもしれませんが、最近、朝ドラ『おかえりモネ』を結構好きで見てたんですけど、その後にやっている「あさイチ」で、ヒロインのモネを演じた清原果耶さんが「モネは恋愛軸では生きてないキャラクターなんです」と言っていました。そのキャラクター理解も聡明だな、と思いましたが実際、モネと、坂口健太郎さん演じる菅波は、今までの恋愛像とずいぶん違っていたと思います。先ほど『偶然と想像』の第一、二話の登場人物たちの関係性について言及いただいたことと似て、間にある種の「距離」がある。そして、その距離そのものが大事である関係性が、『おかえりモネ』の若い二人なんですよね。言うなれば、距離があることが二人をより強く繋ぎとめている。それは、たぶん脚本の安達奈緒子さんが、時代の空気をきちんと汲み取りながら、朝ドラを更新しようとしているからなのかなと思いました。根底には以前と同じスタンスでは恋愛を描きづらいという感覚があるのではないか、と。それが全体的な傾向なのかちょっと分からないですけど、恋愛や性的な関係が孕んでいる暴力性に対して、忌避感を抱いている視聴者は増えているのでは、と思います。

『偶然と想像』(第一話「魔法(よりもっと不確か)」)
配給:Incline 12月17日(金)よりBunkamura ル・シネマほか全国公開
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はまぐち・りゅうすけ●映画監督。1978年生まれ。演技未経験の女性4人を主演に起用した5時間17分の長編『ハッピーアワー』(2015)、柴崎友香原作の『寝ても覚めても』(18)、村上春樹原作の『ドライブ・マイ・カー』(21。カンヌ国際映画祭脚本賞、国際映画批評家連盟賞受賞)など話題作を発表し続けている。
にしもり・みちよ●ライター。1972年愛媛県生まれ。日本、香港、台湾、韓国のエンターテインメントについて執筆。著書に『K―POPがアジアを制覇する』、共著に『韓国映画・ドラマ わたしたちのおしゃべりの記録2014~2020』『「テレビは見ない」というけれど エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』など。
構成●辻本力/写真●鈴木七絵
この続きは、「文學界」1月号に全文掲載されています。
