今シーズンは序盤から、シモン・パジェノーのチャンピオンシップ獲得が決まってしまったかに見えたインディカー・シリーズ。チーム・ペンスキー入りして2年目のフランス人ドライバーは、開幕5戦で3勝、2位2回という強烈な先制パンチでランキング2番手以下を突き放した。

 しかし、シーズンを通して同じペースを保つことはできなかった。インディ500(第6戦)は19位に終わり、デトロイト/レース1(第7戦)とロード・アメリカ(第10戦)で13位。「チャンピオンまっしぐら!」という勢いは、もはや感じられなくなった。

 1人が失速すれば、代わりに勢いづく者が現れる。それがパジェノーのチームメイト、2014年インディカーチャンピオンのウィル・パワーだった。開幕戦の予選でポールポジションを獲得しながら体調不良で決勝不出走となってしまったオーストラリア人は、シーズン8戦目のデトロイト/レース2でようやくシーズン初優勝を手に入れ、ロード・アメリカ、そして7月17日の第12戦のトロントでも優勝を果たした。

 デトロイト/レース2からの4戦で3勝、アイオワでは2位。優勝数でパジェノーと並び、パワーは「残り5戦、全部が得意なコース。逆転チャンピオンは十分に可能だ」と自信を見せる。

 パワーは2010年から3年連続でランキング2位に泣き、チャンピオンになり損ねた。それだけにタイトル未経験のドライバーが追われる立場になった時、どれだけ大きなプレッシャーがのしかかるのかを知っている。

 そんなパワーはパジェノーを、「ヤツの戦いぶりは間違ってない。全然ビビってない。すべてのレースで上位に顔を出している」と評した。そして、「流れっていうのはいつも同じところに留まっていてくれない。よくなったり、悪くなったりを繰り返す。その悪い時に、悪いなりに最善の結果を手にすることが大事。それがチャンピオンへと繋がるんだ」と語る。

 1週間のインターバルを置いて行なわれるミッドオハイオでのレース(7月31日)は、今シーズンのタイトル争いで大きなポイントになるだろう。パワーが流れをさらに自分のもとへと引き込むのか、パジェノーが1週のオフを味方につけて態勢を立て直し、再びリードを広げていくのか。

 17日のトロントでは佐藤琢磨(AJ・フォイト・レーシング)の戦いぶりもエキサイティングだった。

 プラクティスが2回行なわれた金曜日に快調な滑り出しを見せた琢磨だったが、土曜日に急減速。予選でもマシンがまったく決まらず、22台出場中の20位という惨憺たるグリッドしか得られなかった。

 決勝日午前中のプラクティスで、琢磨はマシンセッティングを一気に向上させた。とは言うものの、市街地コースで20番手スタートからの上位進出は至難の技だ。運や作戦も必要になる。そして、トロントでのAJ・フォイト・レーシングは見事な作戦力を見せた。

 85周のレースで、終盤に燃費がキツくなるのを承知で47周目に2回目のピットストップ。すると58周目にアクシデントが発生し、フルコースコーションに。ここでトップグループはピットに入ったが、琢磨はコース上にステイアウトし、一気にポジションを4番手に上げた。

 予選12位だったトニー・カナーン(チップ・ガナッシ・レーシング・チームズ)がトップで、2番手は予選4位のパワー。3番手に予選6位のジェームズ・ヒンチクリフ(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)。琢磨の後ろには予選2位だったエリオ・カストロネベス(ペンスキー)......ツワモノたちに囲まれて62周目、琢磨はリスタートを切った。

 表彰台のチャンスを掴んだ琢磨は、ハイペースでのドッグファイトを堂々と戦った。燃費セーブもしながらだ。しかし、カストロネベスのアタックは執拗で、4番手の座は明け渡した。カナーンは短い給油を行なっても琢磨の前に戻った。そして、最後にはミカイル・アレシン(シュミット・ピーターソン・モータースポーツ)が背後から攻撃を仕掛けてきた。

 琢磨はノーミスの完璧な走りでロシア人ドライバーのアタックを跳ね返し続け、ゴール目前に再びアクシデントがあったことで燃費の心配も解消。ラスト1周のリスタートでもアレシンに隙を与えず、今シーズン最高位のロングビーチと同じ5位でチェッカーフラッグを受けた。

「今日はヒンチクリフやカストロネベスと戦った。何台かをコース上でオーバーテイクすることもできた。最後はアレシンが攻めてきた。内容は濃かったですね。大切な局面でのクルーによるピット作業は速く、マシンはソフトタイヤでもハードタイヤでも安定していて、コンペティティブに走れていたから、燃料をセーブしながらもアタックしてくる後続を抑えることができた」と琢磨。久しぶりに大きな充足感を得るレースを戦えたようだった。

 2016年シーズンももう終盤戦。残る5戦でも今回のような琢磨の熱いレースが見たい。

天野雅彦●文 text by Masahiko Jack Amano