(※写真はイメージです/PIXTA)

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老後に備えて貯蓄を増やすことは大切です。しかし、長年「使わずに残す」ことを優先してきた人ほど、退職後もお金を使うことに抵抗を感じる場合があります。老後資金を準備することに懸命になるあまり、そのお金を使ってどんな暮らしをしたいのかまで考えていなかった、ということもあるでしょう。仕事を離れたあと、夫婦の生活から張り合いが失われることもあります。

「もったいないから」…退職後も変えられなかった習慣

「今日、何する?」

朝食を終えると、正夫さん(仮名・68歳)は妻の明美さん(仮名・68歳)に毎日のように尋ねていました。返ってくるのは、「特にないかな」という答えです。

夫婦の年金は合わせて月約24万円。住宅ローンを完済した戸建てに暮らし、貯蓄は約5,800万円あります。

正夫さんは長年メーカーに勤務し、65歳まで再雇用で働きました。明美さんも子育てが落ち着いてからパートを続けていました。

現役時代の夫婦には、明確な目標がありました。

「老後に子どもへ迷惑をかけないよう、できるだけ残そう」

外食は月1回程度。車も長く乗り、旅行は近場が中心でした。退職金にもほとんど手を付けず、まとまった支出をするたびに「本当に必要か」と考える生活を続けました。

その結果、70歳を迎えたころには、夫婦で5,000万円を超える金融資産が残っていました。

ところが、安心できるはずの退職後は、想像していたほど楽しくありませんでした。

正夫さんは朝8時に新聞を読み、午前中に散歩へ出ます。午後はテレビを見て、夕方にはスーパーへ。明美さんも掃除や買い物を終えると、特にすることがありません。

友人から旅行に誘われても、正夫さんは料金を見るとためらいました。

「2人で20万円か。別に今行かなくてもいいだろう」

明美さんが「元気なうちに行こうよ」と言っても、結局見送ります。

外食でも同じでした。

3,000円のコース料理を見れば「家ならもっと安く食べられる」。新しい家具を見れば「まだ使える」。夫婦には、貯める習慣だけがそのまま残っていました。

ある冬の日、明美さんがぽつりと言いました。

「私たち、毎日何を待ってるんだろうね」

総務省『家計調査報告〔家計収支編〕2025年平均結果』によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯では、月平均の可処分所得が22万1,544円、消費支出が26万3,979円となっています。平均では日々の収入だけですべての支出を賄えているわけではなく、貯蓄の取り崩しも高齢期の家計では現実的な選択肢となります。

正夫さん夫婦は数字だけを見れば、すぐに生活に困る状態ではありませんでした。それでも、二人には「貯金を減らしてはいけない」という感覚が染みついていたのです。

「何のために貯めたの?」夫婦がようやく始めたこと

転機になったのは、正夫さんが昔の同僚と久しぶりに会ったときでした。同年代の男性が、妻と毎年旅行をしていると聞いたのです。

「そんなに使って老後は大丈夫なのか?」

正夫さんが尋ねると、相手は笑って答えました。

「もちろん全部使うつもりはないよ。でも、70代の1年と90代の1年は同じじゃないだろ」

帰宅後、その会話を明美さんに話しました。すると明美さんは、「私もずっと同じことを思っていた」と言いました。

「あと何年我慢するの? 何のために貯め続けたんだろうって思うことがある」

夫婦は初めて、貯蓄を「減らさないもの」ではなく、「これから使うために貯めたもの」として考え直しました。

とはいえ、急に高額な買い物を始めたわけではありません。年間100万円を「楽しむために使っていいお金」と決め、まず2泊3日の温泉旅行を予約しました。明美さんは以前から習いたかった陶芸教室へ通い始め、正夫さんも地域の写真講座へ参加しました。

月に一度は、値段だけで店を選ばず外食する日も決めました。

内閣府『令和7年版高齢社会白書』によると、65歳以上で何らかの社会活動に参加した人のうち、生きがいを「十分感じている」「多少感じている」と答えた割合は84.6%で、活動に参加していない人を23.0ポイント上回っています。高齢期の充実には、資産だけでなく、人とのつながりや活動を持つことも関係しています。

半年後、夫婦の貯蓄は当然ながら以前より少し減りました。それでも正夫さんは、以前ほど通帳の残高を気にしなくなったといいます。

「お金は少し減りました。でも、減っているのはお金だけじゃないんですよね。使わなくても時間は減っていく。それに気づくのが遅かったんです」

老後資金は、長生きへの備えや医療・介護、住宅修繕などのためにも必要です。一方で、残高を減らさないことだけを優先すれば、元気に動ける時間まで先送りしてしまう可能性があります。

老後の資産設計では、「守るお金」と「今の生活に使うお金」を分けて考えることも必要なのでしょう。