プロ野球とMLB、「トレードデッドライン」に大きな温度差がある理由【小林至教授のマネーボールQ&A】#29
【小林至教授のマネーボールQ&A】#29
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【Q】 NPBでは新規選手契約と選手契約の譲渡は原則7月31日まで。一方、MLBは米東部時間8月3日午後6時(日本時間4日午前7時)が今季のトレードデッドラインです。メジャーでは期限間際にトレードが続出します。なぜ日米で、これほど温度差があるのですか?
【A】 同じ締め切りでも、NPBは戦力の微調整、MLBは「今年」と「3年後」を交換する大市場です。背景には、制度と野球文化の違いがあります。
NPBが7月末に詰めるのは、外国人補強や小規模トレード、育成選手の支配下登録です。優勝が難しくなった球団が、エースや4番を有望な若手と交換することはまずありません。やればファンから「白旗を揚げたのか」と批判されるでしょう。
MLBでは逆に、勝負にならないと判断した球団が主力をまとめて放出する「ファイアセール」が、期限前の風物詩です。2021年のカブスは、ブライアント、バエス、リゾらワールドシリーズ制覇を支えた主力を次々に放出しました。反発はあっても、「今を売って未来を買う」という判断は理解されます。
背景には選手層の厚さがあります。最多のソフトバンクでも、現時点で支配下66人、育成51人の計117人。MLB球団はメジャー契約40人、マイナー契約210人前後。ドミニカ共和国のアカデミーまで含めると300人を超えます。長く保有できる有望株が、事実上の通貨になります。
この発想を、単年の売却から複数年の再建に広げたものが、通称タンキングです。代表例が18年以降のオリオールズ。マニー・マチャドら看板選手を放出し、開幕時の年俸総額を17年の約1億6400万ドルから19年の約7300万ドルへ、2年で半分以下に削減しました。19年に108敗、21年に110敗を喫する一方、ドラフトと育成に資源を集中し、23年には101勝。数年間の低迷を織り込んで、将来の勝利を買う戦略です。日本では、ファンが許さないでしょう。このあたりは国民性の違いもあるのかもしれません。
今季は球宴時点で、30球団中23球団がプレーオフ圏から4ゲーム以内。1週間の連勝で買い手に、連敗で売り手になり得ます。判断が遅れるため、最後に注文が殺到する。さらに19年から8月のウエーバー経由のトレードがなくなり、40人枠の選手を動かす出口は一本になりました。
今年の教材は、タイガースのタリク・スクーバルです。2年連続サイ・ヤング賞、年俸3200万ドルで、今季終了後にFA。球宴時点でチームは44勝52敗、ワイルドカード圏まで6.5ゲーム差、プレーオフ進出確率27.8%です。残せば逆転進出を狙えますが、売れば複数の有望株を得られる。ただし、買い手が得るのは実質2カ月分の登板です。タイガースが残り年俸を負担すれば、見返りを上積みしやすくなります。
昨夏、パドレスはクローザーのメイソン・ミラーらを得るため、プロスペクト(有望株)ランキング3位だった18歳の遊撃手レオ・デブリーズを含む4人を放出しました。ミラーは29年まで球団保有が可能です。スターの値段は実力だけでなく、保有期間と年俸負担で決まります。
フロントにとっては資産の組み替えでも、選手にとっては突然の引っ越しです。拒否条項などがなければ断れず、配偶者の仕事や子供の転校まで動きます。
MLBのデッドラインは、今と未来を競りにかける大市場です。GMは翌朝、主要メディアに通信簿をつけられ、秋にはオーナーに答え合わせをされる。結果論ほど、厳しい採点者はいません。
(小林至/桜美林大学教授)
