「殺人事件の容疑者」とインターネット上でデマを流され、中傷を受け続けたタレントのスマイリーキクチさんは、全国各地で講演し、地道に情報リテラシーの大切さを訴えています。

8日に金沢市で行われた講演会やインタビュー取材を基にネットとの向き合い方を考える記事の後編です。

ネットでのひぼう中傷が始まった1999年当時、警察や弁護士に相談しても相手にされませんでした。決まっていた仕事が突如なくなり、家族や交際相手にも殺害予告が届くなど窮地に追い込まれます。

転機となったのは、ある刑事との出会いでした。

スマイリーキクチさん「狂った歯車が、この日カチャカチャカチャってはまる音がした。本当に出会いって人生を変えるんだなと、痛感しました」

「警察の怠慢です。すいませんでした。」

キクチさんは、警察署に事前に連絡し、アクセス記録など資料をもって刑事課を訪ねます。

対応したのは、ネット捜査に詳しいという、いかつい顔をした3人の男性刑事。キクチさんの提出したアクセス記録などを丁寧に読み込んだ後、こう述べました。

刑事「キクチさん、これ俺がやる。」

キクチさん「ありがとうございます。」

刑事「なんで今までこんなにやられてんのに、なんで警察来なかったの?」

キクチさん「行きましたよ、何百回も、本庁にも」

9年間、全く耳を傾けられることがなかったキクチさんの話をじっくり聞いた刑事は、深々と頭を下げ、こう言いました。

刑事「警察の怠慢です。すいませんでした。(殺人事件で)キクチさんなんて犯人はいないことを私が証明します」

この刑事、実はスマイリーキクチさんが容疑者とデマを流された殺人事件の捜査に若いころ携わっていたのです。

警察の捜査が始まった瞬間でした。

この瞬間、長年たまっていた警察への怒りは、消えたと言います。

事務所の先輩・松村邦洋さんが見せた優しさ

警察が捜査を開始、書き込みをした人物は最終的に19人が特定され、北海道から大分まで、17歳の高校生から46歳の会社経営者までが検挙されました。

事件が大きく報道されると、マスコミが自宅に押し掛け、キクチさんは自宅から出るに出られない状態に。これまでとは違った意味で、仕事がキャンセルになってしまいます。

スマイリーキクチさん「松村邦洋さんから、電話がかかってきて、今から言うラーメン屋さんやうなぎ屋さん、お寿司屋さんの店名と電話番号をメモしろっていうんですよ。一通りメモした後に、『これらの店、松村のツケで好きなもの、出前頼んでいいよ』って言ってくれたんです」

千原せいじさんからは「ずーっとニュース見とるけど、今日お前のニュース全部トップやんけ。お前のほかにも被害者ぎょうさんいるはずやから、(ネットのひぼう中傷で)困っている人の道しるべにお前がなれや。いい弁護士つけろよ。弁護士費用貸したる、返さんでもええから。」と言葉をかけられたと言います。

ほかにも、仕事や趣味で知り合った人々が「うちの会社の顧問弁護士に聞いてみる」と動いてくれたり、食事を御馳走してくれたりと小さな支えが積み重なりました。

リポストは“連帯保証人”

摘発された人たちが口をそろえて言った言葉は「正義のつもりだった」「いいことをしたかった」「私はデマに騙された被害者だ」というものでした。

スマイリーキクチさん 「正義と暴力は紙一重です。自分の中では、これみんなに教えよう、こいつ気をつけてって。それはただの加害者になってしまう。自分で正義だと思ったとき、1番人間って残酷になります」

さらに、リポスト(拡散)という行為の重みについても明確に警告しています。

スマイリーキクチさん「リポストは連帯保証人になるボタン。私は同じ責任を取られてもいいですよ、というものだけを拡散してください」

安易な拡散のひとつひとつが、デマの連鎖を生む加害行為につながりうることを強く訴えます。

「見なきゃいい」は、NG。被害者が本当に必要なもの

スマイリーキクチさんが講演で繰り返し強調するのは、被害に遭ったときの「相談できる環境」の重要性です。

被害者が周囲に相談しても、「見なきゃいいよ」「気にしないほうがいい」と言われがちです。

しかし、その言葉こそが被害者をさらに孤立させてしまう、と指摘します。

スマイリーキクチさん 「それは助ける言葉じゃなく、突き放す言葉なんです。それ1回でも2回でも言われると、もうその人は相談しなくなります。心を閉ざしてしまう」

情報リテラシーの3原則・“エコーチェンバー”の恐怖

スマイリーキクチさんが講演で提唱しているのは、交通ルールになぞらえた情報リテラシーの3原則です。道路を渡るときに「止まる・見る・待つ」を教えられるように、ネットの情報と接するときにも同じ習慣が必要だといいます。

「止まる」・・・感情的になる前に、まず一度立ち止まる。

「見る」・・・フェイクニュースや危険の見分け方を意識して、情報を確認する。

「待つ」・・・発信する前に、その言葉がハラスメントや炎上の原因になりうるかを考える。

情報の発信者が普段どのような投稿をしているかを確認する。災害時・選挙時・事件事故の際は特にデマが拡散されやすく、最初から疑ってかかる姿勢が必要。

近年、スマイリーキクチさんが特に警戒しているのがAI技術の悪用です。2024年1月に発生した能登半島地震の際には過去の東日本大震災の映像が「能登の被害」として拡散され、警察・消防の業務を妨害するような偽のSOS投稿も現れました。

こうした行為の背景には、アテンションエコノミー=閲覧数を稼ぐことで収益を得る行為、さらにインターネット自体が持つ「エコーチェンバー」の構造があります。

SNSは利用者の好みに合わせた情報を次々と表示するため、自分の考えと似た意見ばかりが目に入り、「これが真実だ」という思い込みが強化されていきます。

スマイリーキクチさん 「自分の正しいをあまり見せつけず、情報化社会においては『分からない』に慣れること。世の中には分からないことがたくさんあって、深読みしないこと、深掘りしないこと。これが今、情報と接する上で1番必要じゃないかなと思います」

テレビドラマ撮影めぐる問題、SNSでひぼう中傷

今、SNSを中心に様々な意見が出ているテレビドラマ撮影をめぐる問題。

渦中にある俳優2人へのひぼう中傷が相次いでいることについて、金沢での講演会終了後、キクチさんにインタビューしました。

キクチさんは、2020年、恋愛リアリティ番組に出演していたプロレスラー・木村花さんがSNSで激しいひぼう中傷を受け自死した件を例に思いを語ります。

スマイリーキクチさん「結局その場にいない人たちが叩く。過去にネットリンチで人の命が失われた事例があるにもかかわらず、同じ過ちを繰り返すことになってしまうのではないかって思うと、悲しくなります。こういうことがずっとコンスタントに起きている。ひぼう中傷やめましょう。でもそんなの、1か月で風化して、また誰かを叩く。もうその繰り返しをしていることがほんとに嘆かわしい。ネットリンチがなくなる社会にしなければいけないんだなと思って講演しています。」

「人と遊ぶ」か「人で遊ぶ」か 27年が教えた人生の原則

長年の被害を経て、スマイリーキクチさんがたどり着いた1つの考えがあります。「人と遊ぶ」と「人で遊ぶ」の違いです。

スマイリーキクチさん「自分をひぼう中傷した人たちは、人をおもちゃにして『人で遊んだ』。だから誰も助けてくれなかった。一方、自分は人と笑い、人とふれ合い『人と遊んだ』からこそ、危機のたびに誰かが手を差し伸べてくれた。だからこそ、今までやってこれた」

そして、講演会に参加した人たち、ネットとの向き合い方を考える人たちにメッセージを送りました。

スマイリーキクチさん「たくさんの人と出会って楽しんで、人生を謳歌してほしい。人をいじめたりしないこと、憎しみのコミュニティに依存しないこと。これが1番大切かなと思います。」

「被害者になるために生まれてきた人はいない」

デマ、中傷と戦い続けてきたキクチさん、心が折れそうになった時、どう考えていたのでしょうか?

スマイリーキクチさん「ひぼう中傷されるために生まれてきたんじゃなくて、(人生を)楽しむために生まれてきたから、こんなので死ねない。俺が幸せなのが最大の仕返しだと思って生きてきた。」

現在も、年に2〜3件の殺害予告や爆破予告が届き、警察による見回りが続いているといいます。それでも全国を飛び回り講演を続けるのは、「誰も被害者になるために生まれてきた人はいない」という信念があるからです。

ネットのひぼう中傷は他人事ではありません。被害はある日突然やってきます。そして加害者になることもまた、「正義のつもり」の一クリックから始まります。

あなたが次にSNSで情報をシェアしようとするとき、あるいは誰かに言葉を向けようとするとき、一度だけ立ち止まり、「自分はその責任を取れるか」と自問する。その一瞬のブレーキこそが、加害者にならない最大の防衛策になります。