国立大学の名誉教授として、長年教壇に立ち続けてきた郄倉良一氏(70)。知性の最高峰にいたはずの彼が、SNSで出会った見知らぬ美女の言葉に溺れ、総額925万円を騙し取られる事態に陥った。

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「兄さんは優秀」と自尊心を巧妙にハックされ、自ら破滅の檻へ入っていく姿を、高倉良一の新刊『70歳の法学者が、なぜロマンス詐欺に騙されたのか』(さくら舎)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)


写真はイメージ ©getty

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ロマンス詐欺に騙された男の「恥の記録」

 これから見せるのは、私と「愛子」と名乗る女が交わした、LINEのやり取りの記録だ。言い換えれば、私の恥の記録でもある。

 拙い日本語で書かれた愛子の甘い言葉と、それに舞い上がる間抜けな返事――ああ、なんと愚かしいことか。

 すべては5月5日のメッセージから始まった。

「はい、一緒に新しい人生を始めましょう。伯父と資産管理を勉強したばかりで、私は今の楽しい気持ちを分かち合いたくて待ちきれませんでした。さっきの勉強で、私は5191.5ドルの利益を得ましたよ。とても楽しかったです。きっと郄倉さんがもたらしてくれた幸運ですね💕💕💕」

“幸運”という言葉が妙に耳に残った。定年退職後のだらりとした時間、社会から忘れられたような感覚に麻痺していた私には、あまりに甘い響きだった。

 女はたたみかける。

「愛子がさっき見てみたら、約80万円に両替できることがわかりましたよ。今、日本の経済はあまりよくありません。政府も投資を奨励しています。郄倉さんも投資に参加しましたか?」

 80万円。その具体的な数字が、渇ききった私の心にじわりと染みた。退職金はあっても減る一方だ。

 毎朝、通帳の残高を確認するたびに、見えない不安が胸を締めつける。そんな生活の中に突然現れた、80万円という響き。私は心を動かされていた。いや、欲望を刺激されたのだ。今、冷静に振り返れば、この時点で逃げるチャンスは三度あった。

 にもかかわらず、私はすべてを見なかったことにした。女は私の過去の経歴を知った上で、計算ずくの言葉を選んでいたのだろう。

「兄さんは優秀な方だ。知識の宝庫ですね」

 そんな言葉を、私はまんざらでもない顔で聞いた。大学の教壇で学生たちの尊敬の眼差しを浴びてきた残り香を、会ったこともない年下の女に求めていたのだ。

 ちっぽけな自尊心が満たされる心地よさ――警戒するという当たり前の思考は、ここで放棄された。

女の切り札

 5月7日、罠の中心に潜む巨大な蜘蛛の存在が、初めて明らかになった。

「郄倉さんがシェアしてくれてありがとうございます。家に帰る途中でこの曲を繰り返し聴きます🚗🎶✨伯父と国際金市場の取引を習ったばかりで🤗🥰伯父の指導のもとで8950ドルの利益を得ました😀🙆♀️今は1ドルが154円で、8950ドルで137万円ぐらいに両替できます❗‌❗‌❗今日も幸運の女神に恵まれた一日です🎉✨‌✨」

 137万円――数字はどんどん大きくなる。私はただ感心したふりで返信するのが精一杯だった。

「愛子さん、素晴らしい結果が出て、本当に良かったですね」

 すると女は切り札を切ってきた。

「実は、私も普通の女性で、今の成果を得られるのは伯父の功績で💓💓私の伯父は非常に有名な経済学の専門家で、金融界には他人が入手できない情報を入手できる幅広い人脈を持っています」

 この「伯父」という権威こそ、詐欺の核心だった。私のような肩書や経歴に弱い人間を転がすには、これ以上ない手駒だったのだ。

 ネットで拾ったと思われる経済学者の写真と、輝かしい経歴が並べられた。並べられた肩書の数々。それは私の知的虚栄心をくすぐった。

 しかし重要なのは、目の前にぶら下がった蜘蛛の糸を、地獄から抜け出すための救いの糸だと信じたことだ。再び社会とつながれるはず。失った張り合いがある日々を取り戻せるはず。そんな焦りと希望が、私の目を曇らせていた。私は自らその糸に手を伸ばした。

「厚かましいお願いで申し訳ございませんが、資産管理は、愛子さんにお任せできないでしょうか?」

 今振り返れば、狂気の沙汰だ。だが、当時の私は、この申し出こそが新しい人生への扉を開く鍵だと信じて疑わなかった。

「郄倉さんが愛子を信頼しているなら、愛子も喜んで助けてくれますね🤗高倉さんは愛子を信頼していますか?」

 ここで「はい」と答えさせるのが女の目的だった。共犯者に仕立て、断れない状況を作る―この一言がすべてを決定したのだ。

秘密という名の檻

 5月14日からの一週間、私の人生の歯車は軋み始めた。

「兄さんは暇な時に20分間自分のゴールド口座を開設して、伯父が愛子を指導する時、兄さんも一緒に勉強できるようになりますね🌈🌈兄さんはいつ20分時間がありますか?」

 いつの間にか、私は「兄さん」と呼ばれていた。その呼び方が関係を親密に感じさせ、私は喜んで誘いに乗った。

 約束の日、書斎でスマホを握りしめ、アプリを検索・ダウンロード。遠隔指示に従い、メールや個人情報を入力する。頭のどこかで警報が鳴っていたが、信じたい気持ちが勝った。口座開設後、女は決定的な言葉を放った。

「私たちの間の秘密です」

「兄さんも愛子に一つ約束してくださいね〜🥰伯父の身分が特殊だからですね。もし悪い人に伯父が私たちの勉強を指導してくれたことを知られたら、伯父の評判に取り返しのつかない損失をもたらしますね✨‌!!!!だから兄さんはきっと秘密にしてくださいね。これも私たちの間の秘密です💕💕」

「私たちの間の秘密」――

 私に選民意識と義務感を植え付け、社会から隔絶する檻の格子となった。内側から鍵をかけたのは、他でもない私自身だ。

だから925万円を失った⋯「正気ではない」ロマンス詐欺グループとの【愛とウソにまみれたLINEメッセージ】を特別公開〉へ続く

(高倉 良一/Webオリジナル(外部転載))