(※写真はイメージです/PIXTA)

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孫の成長を近くで見守れることは、祖父母にとって大きな喜びです。一緒に食事をし、遊び相手になり、頼られることで生活に張り合いが生まれることもあります。しかし、訪問や預かりが習慣化すると、知らないうちに体力や家計への負担が積み重なっていくことがあります。かわいいからこそ断れず、無理を重ねてしまう人もいます。

「来てくれるのはうれしい」それでも疲れが残る週末

洋子さん(仮名・71歳)は、夫と二人で暮らしています。夫婦の年金は月21万円ほど、貯蓄は約1,300万円。住宅ローンはありませんが、固定資産税や医療費、家の修繕費を考えると、老後資金に十分な余裕があるとはいえません。

近くには長女夫婦が住んでおり、小学生の孫が2人います。洋子さんにとって孫は何よりかわいい存在でした。平日は夫婦だけの静かな生活ですが、週末になると孫たちが遊びに来ます。

「ばあば、今日も泊まっていい?」

そう言われると、洋子さんはうれしくなりました。夕食には孫の好きな唐揚げを作り、翌朝はホットケーキを焼きます。帰りにはお菓子や文具を持たせることもありました。

最初は月に1、2回でした。ところが、長女夫婦の仕事や用事が重なり、訪問は毎週末のようになっていきます。金曜の夜から日曜の夕方まで孫を預かることもあり、洋子さんの生活リズムは大きく変わりました。

孫たちは元気です。家の中を走り回り、食事のたびに好き嫌いを言い、夜もなかなか寝ません。洋子さんは笑顔で相手をしていましたが、日曜の夜になると足腰に重い疲れが残るようになりました。

ある日、夫がぽつりと言いました。

「最近、月曜になるとぐったりしているな」

洋子さんは苦笑しました。

「孫はかわいい。でも正直つらいときもあるの」

そう口にした自分に、洋子さんは少し驚きました。孫を嫌になったわけではありません。ただ、毎週末の訪問を当然のように受け入れることが、少しずつ負担になっていたのです。

負担は体力だけではありませんでした。孫が来るたびに食材費が増え、外へ連れて行けば交通費や外食費もかかります。帰り際に「これ買って」と言われれば、数百円、数千円だからと財布を開いてしまいます。1回ごとの支出は大きくなくても、毎週続くと家計簿にははっきり表れました。

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足が生じています。洋子さん夫婦の年金月21万円はこの可処分所得を下回っており、孫関連の支出が重なれば、貯蓄を取り崩すペースは早まります。

「喜んで来てくれるうちが花よ」

友人にそう言われるたび、洋子さんはうなずいていました。しかし心の中では、このまま続けられるのかという不安が大きくなっていました。

「預かれる日」を決めたことで戻ってきた余裕

転機になったのは、夏休み前のことでした。長女から「夏休み中、週に何日かお願いできないかな」と相談されたのです。洋子さんはすぐに返事ができませんでした。これまでなら「いいわよ」と答えていたはずですが、そのときは体力にも家計にも限界を感じていました。

夜、夫婦で通帳と家計簿を確認しました。食費や外出費は以前より増え、固定資産税や医療費の支払いも控えています。貯蓄1,300万円は安心材料ではありますが、将来の介護費や住宅修繕費を考えると、孫のために無計画に使えるお金ではありません。

厚生労働省の「地域子ども・子育て支援事業」では、放課後児童クラブやファミリー・サポート・センター事業など、家庭だけに負担を集中させないための支援制度が設けられています。祖父母の手助けは心強いものですが、すべてを家族内の善意に頼ると、負担が見えにくくなることがあります。

洋子さんは、長女に正直に話すことにしました。

「孫たちは本当にかわいい。でも、毎週末泊まりで預かるのは少しきつくなってきたの」

長女は驚いた様子でした。

「そんなに負担だった? 言ってくれればよかったのに」

「言えなかったの。来てほしくないんだと思われたくなくて」

話し合いの結果、孫の訪問は月2回を基本にし、泊まりは事前に相談することにしました。夏休みは放課後児童クラブや地域の支援も利用し、祖父母だけに頼らない形に変えることになりました。食費や外出費についても、長女夫婦が一定額を負担することになりました。

線引きをしたことで、洋子さんの気持ちは軽くなりました。孫が来る日を身構えるのではなく、楽しみに待てるようになったのです。

孫をかわいがっていても、すべてを引き受けなければならないわけではありません。祖父母にも体力や家計の事情があります。無理を続ければ、喜びだった時間まで負担に変わってしまいます。

これからも長く穏やかに関わるために、家族で無理のない距離を見つける必要があったのです。