■「物価の優等生」も9月最高値を記録

足元で、わが国の物価上昇に歯止めが掛からない。政府の電気・ガス料金補助の影響を受けて、8月は総合指数の上昇率が久しぶりに3%を下回ったものの、秋口以降、値上げ品数は増加傾向を辿りそうだ。当面、物価上昇に歯止めが掛かりにくい状況が続きそうだ。

物価上昇の背景として、人手不足が深刻化している影響は大きい。それと同時に、これまで上がりづらかった国内の家賃まで上昇し始めた。また、世界的に食料の価格も上昇している。かつて「物価の優等生」と呼ばれた卵の価格は、東京地区において9月としては統計開始以来の最高値を記録した(Mサイズ1kgあたり320円)。食料品価格の上昇傾向は今後も続くとみられる。

10月、電気代とガス代の政府補助は終了する。それは、物価の上振れ要因になる。中長期的に、国内の生産年齢人口(15〜64歳)は減少し人手不足は深刻化する。企業は人材確保のため賃金を引き上げざるを得ない。

今後、AIデータセンターの増設による電力逼迫懸念や、異常気象や地政学リスクなどの影響で物価が上昇することも想定される。家計への打撃は一段と高まりそうだ。

写真=iStock.com/CHUNYIP WONG
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■インフレに慣れていない日本人の戸惑い

現在、わが国の経済はインフレ気味の環境が定着しつつある。一時の米国などと比べると、まだそれほど物価上昇率はまだ高くない。ただ。これまで、インフレに慣れていなかったわが国の人々にとって、ここへ来ての物価上昇はかなり大きな負担になっている。

これまで、安定していたコメの価格が上昇しているのは象徴的だ。総務省が消費者物価の先行指標として発表する、各月中旬時点の東京都区部の物価を見ると上昇は顕著だ。9月中旬時点は前年同月比で2.5%上昇した。

総務省「2020年基準消費者物価指数 東京都区部2025年(令和7年)9月分(中旬速報値)」より

■業者が抱え込み、コメ価格が上昇する悪循環

モノとサービスに分けると、前者は前年同月比3.6%、後者は同1.5%の上昇だ。同じことは全国の消費者物価指数にも当てはまる。モノの価格上昇に影響を与えた品目として、コメ類は同46.9%上昇した。

政府の備蓄米放出、その期限延長、そして新米の出荷の開始にもかかわらず、コメの価格上昇に歯止めがかからない。今年の新米出荷時期、JAの中には農家に支払う概算金(コメ生産者の所得補償のために事前に支払うお金)を、何回か引き上げるところもあった。集荷の現場で逼迫感が高まっているためだ。

コメ消費から見てより川上の段階で、今後の価格上昇を見込んで出荷を渋る業者(生産、集荷、卸売り業者など)が増えている。そのため、政府が備蓄米を放出しても、新米の出荷が始まっても価格はあまり下落していない。

■東京の民営家賃は1994年以来の上げ幅

コメ以外にも、日用品、雑貨品の中には10%前後、価格が上昇した品目も散見される。わたしたちが日々必要とするモノの価格は、名目賃金(毎月勤労統計調査の現金給与総額は前年同月比3.4%上昇、7月確報)、実質賃金(同0.3%上昇、総合指数で実質化)を上回っている。これは、日々の家計の支出にかなりの負担だ。

また、気になる変化も起きている。それは家賃の上昇だ。今年3月の東京都区部の民営家賃(非木造)は前年同月比の1.1%で、1994年10月以来、30年5カ月ぶりの上げ幅となった。4月以降も前年同月比1.7〜1.8%前後で推移している。

出所=総務省「消費者物価指数(CPI)」

それに伴い、持ち家の帰属家賃(持ち家を持つ人は、実質的に居住の費用を負担していると仮定して物価に参入する)も上昇した。

もともと、家賃の上昇ペースは相対的に緩やかだった。わが国では1997年以降に深刻化したデフレ、その後の長期停滞もあり家賃が上がらないとの見方があった。ところが、ここへ来て家賃が上昇し始めた。首都圏の大学に通う学生の中には、23区内での下宿をあきらめる人も増えているという。

家賃上昇は、今後、モノやサービスの価格が上昇するとの予想が増えていることを意味する。物価が上がれば、その分お金の価値は減る。資産の価値を守るため不動産や株式に資金を投じる人は増える。その結果、不動産の価格は上がり、家賃も上昇する理屈だ。

■もう物価上昇を受け入れるしかない

最近、銀行は預金金利を引き上げて、資金調達を急ぐことが必要になりつつある。そうした状況下、家賃まで上昇しはじめたことで、さらに物価は上昇するとの予想は増える。結果として、お金を借りる際の“レンタル料”に当たる金利は上昇する。

わが国は超低金利といわれた環境から、金利ある世界に戻りつつあるといえるだろう。ここ半年ほどの家賃上昇のペースアップは、物価上昇を受け入れる人の増加を示唆する。

世界的な食料価格の動向も、物価予想の上振れをもたらしただろう。それは、国連食糧農業機関(FAO)が算出している食料価格指数から確認できる。

コロナ禍、ウクライナ戦争の勃発により世界的に食料価格は高騰したあと、上昇圧力は後退したのだが、昨年9月以降、幅広い食料の価格は上昇基調にある。乳製品、食用油の価格はおおむね前年同月比で、10〜30%の値上がりを記録する月が増えている。肉類の価格も上昇傾向だ。コーヒーやカカオ豆の価格も上昇した。

■10月の値上げは3000品目を超えた

その背景にはいくつかの要因が絡む。中国は、原油と並んで食料の備蓄を積み増している。その他の新興国でも、経済成長に伴う所得増によりカロリー摂取量は増加傾向だ。

需要が拡大傾向にある一方、農畜産品の供給は不安定化した。干ばつ、熱波、寒波の影響で世界的に牛、豚、羊の生育に悪影響が出ている。国内では、豚熱、鳥インフルエンザなど感染症の影響から豚肉や卵の供給が減少した。国内外で食料の需給は逼迫している。

国内の主要な食品メーカーでは、原材料、人件費の高騰などで、追加的な値上げを実施するところが増えた。民間調査の一つによると、10月の値上げ品目は3000を超えたようだ。コメや世界的な食料価格の上昇圧力を考えると、飲食料品のさらなる値上がりも避けられない。

物流コストも上昇している。人手不足を解消するために、企業は賃上げを行い、これまで以上に価格転嫁を急ぐことになるだろう。

■AI時代に対応する電力を確保できるか

政府の補助によって値下がりした電気代も、趨勢的に上昇する恐れは高い。わが国では、再エネ利用の切り札といわれてきた洋上風力発電の増加が難しくなった。韓国や台湾は、原子力を活用しながら再生エネルギー由来の電力供給を増やし、AIデータセンターの増設に対応しようとしている。

しかい、日本は天然ガスなどの化石燃料に発電源を依存している。その中で、中東、ウクライナ、さらには台湾海峡など地政学リスクが高まると、エネルギー資源価格、肥料、農作物、物流コストなど経済全体でインフレ圧力は高まらざるを得ない。そのリスクも上昇している。

また、外国為替相場の動向も懸念材料だ。日銀が利上げを実施する可能性はあるものの、足元では円安傾向が続いている。インフレ傾向で個人消費に勢いはない。それに加えて、米トランプ政権の政策による米国経済の減速懸念もある。

写真=iStock.com/Kokkai Ng
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■インフレを放置してはいけない理由

当面、日銀が積極的に金利を引き上げて、インフレファイターとしての姿勢を示すことは難しいだろう。海外では再度インフレが上昇し、わが国以上に金利が上昇するリスクは高い。実質金利がマイナスに沈む中で円売り圧力は強まり、再び輸入物価が国内のインフレ率を押し上げる恐れもある。

今後、食料、日用品などの価格が上昇する可能性は高まっている。政府は社会保障関係費などを見直すと同時に、必要な世帯に給付を実行すべきだろう。

それが遅れると、わが国では経済格差の拡大に加え、景気の減速と物価上昇という経済環境に陥ることが懸念される。その場合、金利上昇で財政悪化の懸念も増す。わたしたちの生活を取り巻く環境の厳しさは高まりそうだ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)