ノーマスクで接種会場に押しかけて開場を妨害するなど、主張や行動を先鋭化させる反ワクチン団体。関係者やその家族を取材してきた著述家のKヒロ氏は、「彼らはワクチンを批判する情報に感化されて反ワクチン派になったのではない。まず知的エリートへの劣等感や医療への不信感がある」という――。
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新型コロナウイルスワクチンの大規模接種会場として使われてきた東京ドーム(2021年8月16日、文京区、新宿区、港区の3区合同接種事業の初日の模様) - 写真=時事通信フォト

■なぜ他人の接種にまで干渉するのか

新型コロナウイルスワクチンの接種率は約80%に達し、いまやサードショットの接種が粛々と進められている。しかしそんな21世紀の今でも、ジェンナーが種痘を考案した18世紀後半同様にワクチンを恐れる人はあとを絶たない。

2022年3月15日、ノーマスクで反ワクチンを訴える陰謀論団体が新型コロナウイルスワクチンの接種会場となった東京ドームに押しかけ、開場を2時間近く遅らせた騒動があった。騒動の模様はテレビ朝日などの記事でも報じられた。

ワクチンの効果をいくら説明しても聞く耳を持たないばかりか、他の人々への接種をも威圧的に妨害するというのは、多くの人にとって理解しがたい行動だろう。いったいどんな人々が、どんな理由で反ワクチンの立場を取るようになり、なぜ他人の接種にまで干渉するのだろうか。

筆者がこれまでに経験した反ワクチン派への取材では、注射で体内に異物を入れることに、経口薬よりも一層強い抵抗感を抱いているケースが多かった。また、いくらやさしく説明されても、(ワクチンに限らず)科学的な話題を理解できない人が多い。「専門家の説明はわからないことが多くて頭に入らない。聞きたくなかった」といった言葉を、反ワクチン集団の内情を教えてくれた人々はよく口にしていた。

■日本人の3分の1以上は科学的な話が苦手

そもそも、科学的な話に苦手意識を持つ人が人口に占める割合は決して少なくない。内閣府の「科学技術と社会に関する世論調査」(平成16年2月調査)によれば、「科学技術に関する知識はわかりやすく説明されれば大抵の人は理解できる」という問いに対し、「あまりそう思わない」と答えた人は19.3%、「そう思わない」と答えた人は16.0%を占めた。

「機会があれば、科学者や技術者の話を聞いてみたいと思うか」という問いへの回答では、「あまり聞いてみたいとは思わない」が22.8%、「聞いてみたいとは思わない」が24.4%だった。つまり、日本人の実に3分の1以上は「科学的な話は理解しにくい」と考えており、半数近くは「科学者や技術者の話はできれば聞きたくない」と思っているわけだ。

■「『間違っている』と言われるのは嫌がらせに感じる」

もちろんこうした人々のすべてが、反ワクチン派になるわけではない。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/francescoch

過去に取材したケースの中から、実際の声をいくつか紹介したい。「尾身さん(尾身茂・新型コロナウイルス感染症対策分科会会長)のことが気に入らない人はみんな、『偉そうに指図しやがって』と思っている」(元陰謀論者の40代男性)。「そうなったらいいなと思っていることを、専門家に『間違っている』と言われるのは嫌がらせをされているように感じる。こんな雰囲気が仲間うちにあった」(元陰謀論者の20代女性)。「アトピーの治療で医者が信じられなくなった。どうして嫌みを言われていじめられなくてはいけなかったのか」(ワクチンが信じられない男子大学生)。

科学的な説明を理解できない、あるいは理解する気がない。専門家が難しい話をしていると「偉そうだ」と劣等感を募らせ、自分の願望どおりの話をしないことに嫌悪感を抱く。医師への不信感を拭い去れない――。こうしたタイプの人々が、ワクチンを勧める専門家や医師の話を信用できないと、かたくなになっているケースが多かった。彼らはワクチンを批判する情報に感化されて反ワクチン派になったのではない。まず知的エリートへの劣等感や医療への不信感があり、そうした感情を正当化したり肯定したりしてくれるものとしてワクチン害悪論や陰謀論に引き寄せられた面が大きいのではないか。

ワクチン派が他人のワクチン接種に干渉するのは、それが一層の自己肯定感を得られる行為だからだ。会員制交流サイト(SNS)やデモで「ワクチンを打つな」と声をあげたことがある人々は、主張しているときとても気分がよかったと語っていた。

■承認欲求やプライドを刺激される

家族が反ワクチン派になってしまったという30代女性は言う。「(問題の家族にとっては)『反ワクチンの先生たちは自分たちをわかってくれている』という信頼感がすごい。わかってもらえたり認めてもらえたりした経験がきっかけで、深入りしていったみたいです」

高齢者が陰謀論に染まって反ワクチンデモに参加する場合も、承認欲求やプライドを刺激されているケースが多い。若い人たちが参加を歓迎してくれるだけでなく、役割を与えられた気がする。運動に貢献すればするほど、自分本来の能力に見合う尊敬を得られる気がする。次々と新しい情報が耳に入り、未知のできごとが発生し、みんなで協力して乗り切る充実感がある――。そんなポジティブな精神状態になれるのだ。

■過激陰謀論団体に高齢の父親がハマった

東京ドームで接種阻止をもくろんだ陰謀論団体は、「神真都Q(ヤマトキュー)」という名を名乗っている。構成員は40代から50代がボリュームゾーンで、次にそれ以上の高齢者が多い。デモや実力行使の様子を見ると、地方ではむしろ高齢者を中心にした組織のように思われる。

父親が主催者のYoutubeをきっかけに神真都Qの構成員になった女性は、筆者の取材にこう答えた。「もう誰も父を止められません。うれしそうにデモに行っていた頃とも別人になってしまった。正義の味方ごっこだったのが、ほんとうに正義の味方になったと信じ込んでしまっているんです。やめてほしいと家族が言えたのは(2022年)1月ごろまでで、飲みかけの缶ビールをぶつけられてからもう何も言えなくなりました。私のことを悪の手先だと思っているんだと思います。おまえが二度と来られないように玄関の鍵を替えると言われました」

ワクチン害悪論や陰謀論には、大抵「敵」が設定されている。金もうけをする製薬会社や医師、世界を支配しようとする権力者や民族などさまざまだが、神真都Qの場合は「悪い宇宙人」が敵だ。こうした敵と闘う仲間同士が助け合い、尊重し合うことで、それぞれの自尊心が満たされる。社会から期待されるものがなくなり人付き合いが減った高齢者にとって、世のため人のために貢献できる集団の心地よさは格別だ。

■現代社会に居場所を見つけられない人々

高齢者だけでなく現役世代の構成員たちも、現代社会に居場所を見つけられない人が多いようだ。「本も雑誌も読まない人っていますよね。世界地図で知ってるのは日本とアメリカと中国くらい。浜崎あゆみくらい(の時代)で時間が止まってる人、やたら堅物で冗談ですらない世間話も通じない人もいたし。みんな何かがずれてる」と話してくれたのは、神真都Qの構成員と接触した40代の元反ワクチン派男性だ。

「この世界は自分の目に見えたままに存在している」と信じ、これがすべての人が共有している世界と疑わない人々が世の中にはいる。世界観が狭く、多面的で複雑な情報を処理できない。自分の感覚がすべてで、自分と違う価値観や知識を持つ人を受け入れられない。神真都Qはこうした人々に、いま目に見えている世界の意味と解釈を初めて与えたのだ。

コロナ禍が終わっても反ワクチン派や陰謀論者は消えてなくならず、ありふれた隣人からまた新たなメンバーが生まれていくだろう。自分の年老いた家族が陰謀論にハマり、説得など聞く耳を持たずに迷惑を振りまきはじめるかもしれない。自分自身すら、社会に居場所を失ったときにそうならないとは言い切れない。

■反ワクチン団体指導者の2つのパターン

では、こうしたグループで指導的な立場にあるのは、どのような人々なのだろう。筆者の観察したところ、2つの系統があるように思われる。

ひとつめは末端の構成員と同じ成り立ちを持つ者で、ここまで説明してきたようなさまざまなタイプの人々が、時を経てリーダーに昇格したパターンだ。自分を正当化してくれたり肯定してくれたりする説を普及させる伝道師(エバンジェリスト)といえる。

2つめは商売や名誉のためにワクチン害悪論や陰謀論を利用する者で、当人たちは説をまったく信じていないか、部分的にしか信じていない。敵を設定することで、味方を増やして何らかの実利を得ようとする詐欺師や山師(インポスター)だ。

インポスタータイプの指導者もまた2つの系統に分かれる。商売と割り切って構成員や顧客との距離を保ち続けるリアリストと、距離を保つことができなくなり、自らが作り出した熱狂に巻き込まれていく者だ。後者は味方からの期待を裏切れず、言動にどんどん過激さが増して、収拾がつかなくなる。接種妨害騒動を起こすような過激な反ワクチン団体の幹部や、おかしな説を唱え続けてファンを増やしメディアでもてはやされた医師たちには、筆者から見て後者の傾向が感じられる。

■「自ら作り出した熱狂」をコントロールできるのか

自らが作り出した熱狂に巻き込まれていくパターンを見て思い出すのは、1995年に地下鉄サリン事件を引き起こした新興宗教団体、オウム真理教のケースだ。筆者は、ある女性がオウム真理教に帰依して出家するまでの経緯を間近に見て、教団崩壊の5年後に話を聞く機会を得たことがある。オウム真理教の教祖や幹部は信者たちを洗脳と恐怖で操縦していたが、「信者をロボットのような言いなりの存在とは考えていなかった」という。

教義や洗脳で信者に植え付けたものをやすやすと裏切れないと自覚していた幹部たちは、たとえおかしな論理だったとしても、それなりの整合性を取ろうとしていた。麻原彰晃が悪質な犯罪行為をヒートアップさせていった原因は、こうしたつじつま合わせの動機にある。

今、自ら作り出した熱狂に巻き込まれている陰謀論団体の指導者たちは、果たしてどこかでソフトランディングできるのだろうか。

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K ヒロ(けい・ひろ)
著述家、写真家
1964年北海道北見市生まれ。大学在学中から写真家として活動。広告代理店勤務の後、コピーライティングおよび著作活動に従事。東日本大震災後10年を契機に、日本と日本人を見つめなおすプロジェクトに改めて着手。noteにてハラオカヒサ氏と共同で、コロナ禍を記録する「コロナ禍カレンダー」ほか、反ワクチンや陰謀論、さまざまな社会運動などについての論考を展開している。
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(著述家、写真家 K ヒロ)