(※写真はイメージです/PIXTA)

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「働かなくても暮らせる状態」を目指すFIREは、自由な時間を手に入れられる一方、会社を辞めたあとに何をして過ごすのかという問題もあります。仕事から離れることで得られるのは時間だけではありません。それまで当たり前にあった人とのつながりや、自分の役割まで失うこともあります。

40歳で会社を辞め、「何もしなくていい生活」に飽きるまで

朝6時半。直人さん(仮名・42歳)は、自宅近くの畑へ向かいます。近所に住む70代男性から借りている一角で、トマトやナスの様子を見るためです。

「曜日の感覚はかなり薄くなりました。毎日が日曜日みたいです。でも、不思議と退屈ではないですね」

直人さんは大学卒業後、IT企業で約18年間働きました。30代前半から投資を始め、給与の半分近くを貯蓄や投資に回す生活を続けてきたといいます。

独身で子どもはおらず、40歳のときの金融資産は約7,500万円。うち約6,000万円を投資信託や株式などで運用し、残りを現金で保有していました。

年間生活費を200万円前後に抑えれば、運用資産を取り崩しながら暮らせると判断し、会社を退職します。

ただし、「一生絶対に働かない」と決めていたわけではありません。

FIREという言葉を使っていますけど、嫌になったらまた働けばいいくらいの感覚でした。とにかく、会社に行かなければ生活できない状態から一度離れたかったんです」

退職後は家賃や生活費を抑えるため、長く暮らした都市部を離れました。

選んだのは人口数万人の地方都市。駅から少し離れた築年数の古い一戸建てを月5万円ほどで借りました。

最初の数ヵ月は理想通りでした。

目覚まし時計をかけずに起き、平日の昼間に温泉へ行く。混雑していない観光地を訪れ、夜は映画を見る。通勤も会議もありません。

ところが半年ほどすると、気持ちが変わりました。

「今日は何をしよう、と毎朝考えるんです。でも明日でもできる。来週でもできる。そうすると、何もしなくなるんですよね」

都市部にいた友人は平日には働いています。電話をするにも時間を気にするようになり、会社員時代に毎日顔を合わせていた同僚との連絡も次第に減りました。

お金の不安より先に感じたのは、「自分が誰からも必要とされていない」という感覚だったといいます。

内閣官房『東京圏、地方での暮らしや移住及び地方への関心に関する意識調査』では、東京圏在住の若年層が地方居住を考える条件として、「希望する仕事がある」「納得できる給与水準の仕事がある」といった仕事に関する項目が多く挙げられています。移住では、その土地でどう生活を組み立てるかも重要になります。

直人さんの生活が変わったのは、散歩の途中で近所の男性に声をかけられたことでした。

「若いんだから、ちょっと手伝ってくれない?」

頼まれたのは、地域のイベントで使う机や椅子を運ぶ作業でした。

「会社員には戻っていないが…」増えた予定と人とのつながり

その日をきっかけに、直人さんは地域の行事を時々手伝うようになりました。高齢者が多い地域だったこともあり、スマートフォンの設定を頼まれたり、自治会の資料をパソコンで作ったりすることもあります。

近所の男性からは、使わなくなった畑の一部を「好きに使っていい」と貸してもらいました。

「仕事だったら、効率が悪いとか時給にしたらいくらだとか考えていたと思います。でも今は、午前中に畑へ行って、午後に誰かのパソコンを見る。それで一日が終わっても悪くないんです」

収入になる活動も始めました。

以前の勤務先で培ったITスキルを生かし、知人から紹介された仕事を月に数時間だけ請け負っています。収入は月によって0円のときもあれば、数万円になるときもあります。

直人さんは生活費を年間200万円以内と決めていますが、投資資産が大きく下落した年には旅行などの支出を減らすつもりだといいます。

FIREしたら一生安心、とは全然思っていません。数字は毎月確認します」

それでも、会社員に戻りたいとは今のところ考えていません。最近では、地域の子ども向けイベントでパソコンの使い方を教えてほしいと頼まれました。

「毎日が日曜日なのは今も同じです。でも、明日は畑に行くとか、XXさんのスマホを見に行くとか、予定はあります。給料は出ないけど、自分の出番がある。それが意外と大事でした」

生活費をどう賄うかに加えて、自由になった時間を何に使い、誰と関わり、自分なりの役割をどう持つのか。直人さんが地方で見つけたのは、資産額だけでは測れない「退職後の生活設計」でした。