40年をかけて選び抜かれた60台|ティエリー・ディエック・コレクション、2027年2月パリへ
数字だけを見れば、近年めずらしくない規模のセールに映るかもしれない。しかし内容を追っていくと、このコレクションが量ではなく選択の精度によって成り立っていることが見えてくる。
本稿は、発表資料をなぞったものではない。僕の質問に対し、アールキュリエル・モーターカーズ社長マチュー・ラムールが単独で応じてくれた回答をもとに構成している。どの個体をなぜ選んだのか、資料が価格に何をもたらすのか、そして日本の愛好家をどう見ているのか。プレスリリースには一行も書かれていない話を、彼自身の言葉でお届けする。
25年前の食卓から始まった関係
アールキュリエル・モーターカーズ社長のマチュー・ラムールとディエックの縁は、およそ25年前にさかのぼる。当時のラムールは、競売人でありレーシングドライバーでもあったエルヴェ・プーランのもとで働く若い専門家で、パレ・デ・コングレでクラシックカーのオークションを手がけていた。ディエックはそこへ定期的に車を委託していた。多くはアメリカ車だったという。
「彼を訪ねるたびに一緒に昼食をとった。僕の大好きなベルギー料理、ヴォローヴァンを出してくれてね。そうやって、自動車という共通の情熱について語り合っていた」とラムールは振り返る。当時のディエックは、詰め物用のペストリー生地で世界的なメーカーとなったPidyを率いる経営者だった。焼き上げた器に中身を託す製品を手がけた男が、自動車という器に情熱を注ぎ込んでいたことになる。
その関係が四半世紀を経て、コレクション全体の売却という形に行き着いた。「ティエリーは今、自分の蒐集の過程が完結したと考えている。旅に出たいのだが、車の世話に一日のすべてが費やされてしまう。だから、自分と同じだけの情熱を持ち、同じように手をかけて生かし続けてくれる愛好家を見つけるために、我々に託すことを決めたのだ」
「そのモデルの規範」という選び方
ラムールがこのコレクションを語るとき、繰り返し使う言葉がある。それぞれの車が「そのモデルの規範」として選ばれている、という表現だ。具体的に何を意味するのか。彼はシトロエンから説明を始めた。
「ティエリーは最も希少なモデルを選んでいる。アンリ・シャプロンが架装した最も稀少で最も特別な個体、たとえばカブリオレのミロールや、ベルリーヌのオペラ。ユーリエが手がけた唯一のSMもある。格納式ルーフと専用インテリアを備えた、実に未来的な一台だ。そしてザ・リグ、ボンネビルで速度記録を打ち立てたSMを忘れてはいけない」
SM Opéraはわずか7台、Mylordカブリオレは5台。The Rigは1987年、ボンネビルの塩湖で325.6km/hを記録した個体である。加えて、当時パリ、ブリュッセル、ジュネーブの各サロンに出展されたDSカブリオレ・シャプロンが複数含まれる。展示歴という来歴が、同型の他個体との決定的な差になっている。
フェラーリでも同じ基準が貫かれている。「275 GTBを選んでいるが、これはマラネッロの傑作であると同時に、ヴェルデ・ピーノというきわめて希少な色をまとっている。この仕様は8台しか存在しない。デイトナも2台あるが、スパイダーは欧州仕様のグレーで、ハードトップ付き。クーペのほうも非常に稀な仕様で、プレキシガラス製ノーズを持つシリーズ1、しかもノッチオーラで納車された5台のうちの1台だ」
デイトナ・スパイダーは、この仕様で出荷された6台のうちの1台にあたる。ロールス・ロイスについては「最も美しいカブリオレを選んでいる。シルバークラウドもそうだ。彼はすべてのバージョンを揃えている」という。
「規範と言うとき、僕が指しているのは、市場で通常見かけるものに対して常に何らかの特異性を持つ個体を選ぶ、その選択の周到さのことだ」
世界で最も完全なSM群
このコレクションの重心がどこにあるかは明白だ。ラムールは、ディエックのSM群を「世界で最も完全な特別仕様SMのコレクション」と言い切っている。
SMという車の成り立ちを思えば、その意味は重い。マセラティのV6エンジンとシトロエンのエンジニアリングが交わったところに生まれたモデルであり、フランスとイタリアの技術が一度だけ結んだ果実でもある。最も特別で、最も歴史的で、最も探し求められている仕様が、ディエックのもとにはひととおり揃っている。加えて、1974年製のマセラティ・クアトロポルテ・シリーズIIが1台。SMをベースに製作され、13台しか存在しない個体だ。
コレクション全体を見渡せば、フェラーリはブランドの5世代を代表する5台、ジャガーはXK120からEタイプまでスタイルの変遷をたどる構成、メルセデス・ベンツは300 SLのガルウィングとロードスターに現代の後継たるSLS AMGを添えた並び、アメリカ車はシボレー・インパラからシェルビーGT500キング・オブ・ザ・ロードの2台まで。ブランドごとの系統で組まれた、明快な設計が読み取れる。
60台のなかで最も注目するロットを問うと、ラムールは即答を避けた。「どの車も興味深い。どれが好きかと聞かれるようなもので、答えようがない」。それでも一つだけ挙げるとすればと続けて、彼はThe Rigの名を出した。「あの記録車の一式は、とりわけ特異で例外的だと思う。しかるべきコレクションのなかで、特別な位置を占めることになるだろう。唯一無二だ」
履歴という、もう一つの価値
このコレクションを語るうえで、車と同じだけの比重を占めるものがある。各車に付随する資料だ。
「この仕事に30年携わってきたが、これほど細部に重きを置くコレクターに出会ったことはない」とラムールは言う。出品される各車には、完全な来歴、整備の請求書、アーカイブ写真、マセラティとフェラーリについてはメーカー発行の認証、そして歴代所有者の完全な記録が、前例のない精度と厳密さで整理された資料一式が付く。
それが価格に反映されるのは当然だという見方を、彼は隠さない。「車の歴史は、車そのものとほとんど同じくらい重要だ。過去のない車、資料のない車を買うことは、完全な血統書を持つ個体を手に入れることと決して同じ価値にはならない」
近年のクラシックカー市場で来歴の重みが増していることは、多くの読者が実感しているところだろう。ディエックのコレクションは、その傾向を四半世紀先取りしていたとも言える。しかも彼の車は静態保存されてこなかった。専属の工房と、このコレクションだけを見る整備士たちの手で維持され、ヴィラ・デステ、シャンティイ・アール・エ・エレガンス、ハンプトン・コート、クノック、コペ城、そしてペブルビーチといった舞台に、実際に走る状態で送り出されてきた。
日本の読者へ
最後に、日本のコレクターの反応をどう見ているかを尋ねた。ラムールの答えは、こちらが予想していた方向とは違うところへ向かった。
「日本は、コレクターと自動車愛好家の偉大な国だ。日本の方々は非常に目が肥えていて、ヨーロッパのブランドに対して確かな趣味を持っている。アルピーヌやアバルトのような通好みのブランドを収めたコレクションも数多い」。そこまでは想定の範囲だった。彼は続けた。
「日本の読者が読んでくださるのだから、僕からも日本の自動車づくりと、その名車たちに心からの敬意を表したい。惚れ込んでいるのだ。ホンダS600、トヨタ2000GT、あるいはダットサンのフェアレディ。日本の自動車文化にはずっと魅了されてきたし、あの国を訪れれば、その熱量の大きさが分かる」
その言葉のあとで、彼はディエック・コレクションが日本の愛好家の心を確実に動かすだろうと結んだ。精度、歴史、要求水準の高さ、そして稀少性。それらは、この国の蒐集家が最もよく理解している価値でもある。
公開展示は2027年2月3日から5日まで、シャンゼリゼのロン・ポワンに面したアールキュリエル本社で行われる。40年をかけて一人の男が選び抜いた60台が、一堂に並ぶのはこの三日間だけだ。翌日には、それぞれが新しい持ち主のもとへ散っていく。ディエックが望んだとおり、次の四半世紀を走り続けるために。
文:櫻井朋成 写真提供:Artcurial Motorcars, Dennis Noten
Words: Tomonari SAKURAI Photography: Artcurial Motorcars, Dennis Noten

