決勝トーナメント第1戦の対戦相手はブラジルだ

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 日本代表がサッカーW杯2026で決勝トーナメント進出を決めた。グループF2位の成績以上に、確かな戦いぶりで国内外に与えたインパクトは大きかった。「日本は強い」、世界の強豪に肩を並べる最上位クラスのチームになりつつある事実を、多くの目撃者が認めたに違いない。

 サッカー日本代表を頼もしく見つめながら、野球少年として育った私は、「それに引き換え野球は……」と、ため息を漏らさずにはいられない。サッカー界は一丸となって切磋琢磨を続け、今日の勢いを実現した。しかし野球界は抜本的な改革も対策もせず、人気にあぐらをかいてきた。果たして、野球は生き残れるのか、とさえ私は危惧する。【小林信也(作家・スポーツライター)】

【写真】日本対ブラジルの試合が行われるテキサス州・ヒューストンの風景

日本代表が強くなったのは偶然ではない

 今回の日本代表は、献身的で執念あふれるプレーだけでなく、個々のレベルの高さと意識統一された自信にあふれる組織力で相手国を圧倒している。

決勝トーナメント第1戦の対戦相手はブラジルだ

 長年嘆かれ続けた「決定力不足」の課題は本当に過去の幻になった。現在は、頼もしい決定力が日本代表の魅力にさえなっている。

 私が何を言いたいのか? 日本代表が強くなったのは「たまたまではない」という厳然たる事実だ。「選手個人の努力」だけでもない、「運良くタレントが揃った世代」という一過性の幸運でもない。日本サッカー界全体が、同じ目標を共有し、明確なビジョンの基に環境を築き、組織を整え、フロントと現場の指導者たちがトップレベルからジュニア世代に至るまで一丸となって取り組んできた。その結晶が現在のサッカー日本代表の雄姿だ。

 大会が始まる前、私は川淵三郎さんにインタビューする機会を得た(講談社のウェブマガジン『現代ビジネス』に掲載)。開口一番、川淵さんは言った。

「私なんかが日本代表を語るなんて、おこがましくてできないよ。いまの選手たちの方が遥かに上で、サッカーの技術はもちろん、栄養学からトレーニングからあらゆる分野の勉強をしている。だから、アマチュアの経験しかない僕はサッカーに関してはもう喋らないと決めているんだ」

 そして、「今大会は負ける心配をせずに見られる。運さえ良ければどんな相手にも勝てるというレベルに、いまの日本代表は来たんだね」と、頼もしげに語った。

 なぜ強くなれたのか? 尋ねると、川淵さんは即座に答えた。

「選手が次々に海外に行ったこと、それしかないね。僕はJリーグが出来る前、30年以上前からずっと『海外に行け!』と言い続けてきた。だって、海外のレベルを自分も身体で感じて知っているからね。海外の厳しさの中で感じなければ変わらない。それがようやく実を結んできた」

長老が幅をきかせる野球界

 川淵さんのこうした言葉を聞きながら、私は溜息をつくしかなかった。もっと正直に言えば、“野球側”の私は打ちひしがれた……。

 大半の読者は、いま紹介した川淵さんの言葉をとくに違和感もなく受け止めただろう。だが、野球界の常識に慣れている私には、御年89歳、サッカー界では誰もがリスペクトする川淵さんの謙虚な言葉に驚きと深い感銘を受けてしまう。

 これが野球界ならどうだ? 長く野球界に君臨したナベツネこと元読売新聞主筆の故渡邉恒雄氏は、90歳を過ぎてなお巨人を通して球界全体に影響力を持ち、野球経験もないのに選手・指導者を上から目線で評価し続けた。彼に限らず、野球界では長老たちが幅をきかせる。

 Jリーグ開幕の1年後、1994年秋に野茂英雄が近鉄を退団し、ドジャースとの契約を選んだ時、日本球界の関係者は大半が「裏切り者」と野茂に白い眼を向けた。

 今は誰もが礼賛する大谷翔平選手でさえ、花巻東高校から直接メジャーリーグに挑戦したいと希望した時、どれほどの野球ファンがその選択を支持していただろう。本人の希望を無視してドラフト会議で強行指名し、大谷選手の翻意に成功した日本ハムファイターズとスカウト陣はヒーロー扱いされたように思う。結果的に日本のプロ野球で過ごした時期が大谷の礎になった可能性は高いから、一概に否定はしないが、国内重視の発想が根強くあったことを思い起こしてほしい。

 社会人野球(新日本石油ENEOS)から直接MLBに挑戦し、実働9年で21勝を挙げた田澤純一がMLBのキャリアを終え、日本球界へ復帰を望んだ時のNPB球団の態度は冷淡だった。年齢や当時の状態のせいもあろうが、「田澤を許せば、第二第三の田澤が現れる。それを防ぐため、決してドラフト指名しない」といった目に見えない結束が漂っていた。それが日本の野球界、野球人の体質なのだ。

みんなで将来の日本代表を育てている

 印象的な取材体験がある。20年以上前、サッカー評論でも知られた作家・泉優二さんが大田区内で主宰していた少年サッカーチームの練習を訪ねた時のこと。チームのエースストライカーの父親が泉さんにうれしそうに報告に来た。Jリーグの横浜マリノスジュニアのセレクションに合格したという。泉さんは破顔一笑、大喜びで親子を送り出した。たったそれだけのことも、野球側の人間には不思議でたまらなかった。野球人は、大事な選手を他チームに取られることを嫌う。

 現に高校野球はいまも事実上、転校を禁止している。転校すれば一年間の出場停止処分を受ける。つまり、高2の7月を過ぎて転校したら来夏の地方大会には出られないから、転校は躊躇せざるをえない。

 私は、泉さんと父親のやりとりを、不思議な思いで見た。同じ日本で、同じ時代にいるのに、サッカー界と野球界、完全に分離した別の価値観、別の空気が流れている。なぜ移籍を歓迎するのか、思わず訊くと、泉さんは当然のようにこう答えた。

「我々サッカー人は、みんなで将来の日本代表を育てていると思っているんだ。だから、その子に合った最適な環境に送り出すのは当然です。よかった、よかった」

 目を細める泉さんの顔を私はただ無言で見つめるしかなかった。

「野球人、野球指導者みんなで、将来のサムライジャパンの選手を育てているんだ」

 そんな科白は、半世紀近い野球取材の現場で一度も聞いたことはない。大半の指導者が、自分のチームの勝利と栄光を最大の価値のように据えている。

野球の秘める本来の魅力

 10代の野球人口は174万人、サッカー人口は237万人と笹川スポーツ財団は報告している(2023年)。全世代でもサッカー人口は369万人、野球人口は297万人。野球が「日本で一番の人気スポーツ」の座をサッカーに譲ってもう久しい。

 サッカーは組織一体となって選手の育成・強化、競技の普及振興に努め、野球は世代ごとに分立する団体がそれぞれ独自の運営をするだけで有機的な連携は活発とはいえない。同じ世代でも複数の組織が乱立している。この状況で、野球に未来はあるのだろうか?

 私は単に野球人口の減少を嘆いているのではない。W杯中継を見ていればわかる通り、サッカーという競技は、創造的であり、芸術的である。個の才能の輝きと躍動の眩しさ、個の閃きと個の感受性の連動に心打たれる場面がしばしば展開される。素直にサッカーに魅了される。それはもちろん日本代表に限らない。現在の野球に比べると、サッカーは遥かにダイナミックで自由でアーティスティックだ。

 一方、野球界は一人ひとりが「野球の秘める本来の魅力」を無限に引き出す方向に向かっているだろうか? そういう問いかけ自体、メディアや指導者間でされる機会は少ない。

 日本はいつまで「勝利至上主義」「上意下達」「監督支配の野球」を選択し続けるのか。野球規則は一球ごとに監督が指示できるルールになっている。だが発想次第で、「監督が判断を選手に任せ、選手の閃きを主にする自由」だってあり得るのだ。「負けられない宿命」から解放されるためには、高校野球をトーナメント制からリーグ戦に変えるのもひとつの策だろう。

 私は端的に統一的な「日本野球協会」の設立と、野球のJリーグ創設(プロ野球の大幅改革)を提言する。

 協会の運営メンバーは公募が前提だ。偏った権力構造やメディアの支配は排除する。運営の中心メンバーは立候補、希望する野球ファンの「国民投票」で選任する。ビジネスマンに偏ることなく、哲学者、研究者、教育者、母親など多彩な立場から代表を選ぶ。立候補者はそれぞれの構想を発表し、議論を重ねた上で投票日を迎える。スピードは重要だが、3年くらいかかっても仕方がないだろう。

野球界、どうする?

 サッカー界はJリーグをホームタウン制とし、企業名の排除を基本とした。Jリーグ発足と同時にtotoも導入し、スポーツ界への還元システムも作った。サッカー界には世界のサッカーというお手本があったからだ。Jリーグの構想はほとんどヨーロッパのプロリーグを模したものだ。ジュニアを含めた下部組織、他のスポーツも巻き込んだ統合型の地域スポーツクラブの設立も各チームに義務付けた。

 実はNPBにも、MLBというお手本がある。ところが、ルーキーリーグから3Aまであって全米各地に本拠を置くマイナーリーグ制度や、コミッショナーを中心とする全球団一体のビジネスモデルなど、MLBが進め大成功を収めた改革を日本野球は学ぼうとしなかった。

 日本代表の活躍を誇らしげに語るサッカー関係者のインタビューの中で幾度となく、「我々は全国にトレセンを作り、ジュニアから選手を育てる体制を作ってきた」、と胸を張る姿に接した。サッカー界は、ナショナルトレセンを頂点に、「個を高めることを目標に」全国津々浦々にトレセンを組織し、連携する態勢を整えている。野球界にそれはない。

 野球界にも一部で変革の動きがあるのは知っている。高校野球ではリーグ戦の輪が広がっている。全日本軟式野球連盟は公認指導者資格制度を導入した。だが、いずれも断片的にすぎない。テニス、ゴルフなどの個人競技にも押され、野球が衰退する未来はこのままでは変えられないだろう。どうする? 野球界。それでもまだ、自分たちの権益を守りたがるのか。まずは、サッカー日本代表の今大会での活躍を刮目しよう。

スポーツライター・小林信也

デイリー新潮編集部