柿澤勇人さんが『徹子の部屋』に登場。芸の道へのきっかけを語る「芸事の家に生まれ、サッカーに打ち込み、〈劇団四季〉を21歳で退団。限界を感じた時に声をかけてくれた人は」
2026年6月26日の『徹子の部屋』に柿澤勇人さんが登場。サッカーに熱中していた高校時代に出会った衝撃の舞台から芸の道へ。かつては反対していたという両親についてなどこれまでを振り返ります。今回は柿澤さんにこれまでの歩みを聞いた『婦人公論』2022年9月号掲載の記事を再配信します。*****劇団四季出身で、これまで数多くのミュージカルに出演してきた柿澤勇人さん。近年は映像作品でも活躍し、現在放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、源氏最後の将軍・源実朝として登場している。伝統芸能の家系に生まれながらも、自身は芸事の世界に興味がなかったと言うが──。(撮影=宅間國博 構成=上田恵子)
【写真】坊主頭でピースする柿澤さん。祖父の三味線奏者の清元榮三郎さんと
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サッカー漬けの日々からミュージカルの世界へ
役者の仕事を始めてから、15年が経ちました。これまで何度も挫折してやめようと思いましたし、これからも同じような経験をするはずですが、生きている限りは役者をやっていくのだろうと感じています。
僕は、祖父が三味線奏者の清元榮三郎(きよもとえいざぶろう)、曽祖父が浄瑠璃の語り手・清元志寿太夫(しずたゆう)という、いわゆる芸能の家系に生まれました。幼い頃から歌舞伎座や新橋演舞場に連れて行ってもらい、「おじいちゃんが演奏してる」と思いながら、祖父の舞台を観ていた記憶があります。
芸事に関わっている親戚は全員、祖父との会話は敬語。父は次男だったので跡を継がなかったのですが、いとこたちの厳しい稽古の話を聞いていたため、祖父から「おまえもやるか?」と声をかけられても、「なんでこんな怖い世界に入らなきゃいけないんだろう」という気持ちで(笑)。芸事の世界にはあまり興味がありませんでした。
当時夢中になっていたのは、サッカーです。高校時代は全国大会出場を目指し、朝から晩まで練習漬けの日々を送っていました。大きな変化が訪れたのは16歳の時。学校行事で劇団四季の『ライオンキング』を観に行き、初めて体感するミュージカルに圧倒され、「将来はあの舞台に立ちたい」と強く思ったんです。
大学生になると同時に、夜間の養成所でミュージカルを学び始めました。家族は大反対しましたが、なぜか僕には「大丈夫、やれる!」という根拠なき自信がありました。
とはいえ自分でアルバイトするだけではレッスン代が払えず、両親に「不足分を貸してください。半年後のオーディションに受からなかったら諦めます」と頼み込みました。そして19歳の時に劇団四季のオーディションに挑み、運よく研究所に入ることができたんです。もしもそこで落ちていたら、普通に就職していたと思います。
入団して1年が過ぎた頃には、念願だった『ライオンキング』の主役も演じさせていただきました。ただ、次第に芝居そのものを勉強し直してみたいと感じるようになり、21歳で劇団四季を退団することに。それからは、ミュージカルに限らず、ストレートプレイや映像作品にも積極的に参加させていただいています。

劇団四季時代『ライオンキング』で
限界を感じた時に声をかけてくれたのは
僕は一見、ひょうひょうとわが道を歩いているように見えるかもしれませんが、実際は全然違って。いつも悩んでいるし、何かあるたびにすごい勢いで落ち込むし、とにかく打たれ弱い(笑)。メンタルが脆弱な人間なんです。
退団も、考えに考えた末の決断でした。20歳前後の頃は勢いだけはあったので、オーディションを受ければ主役にもなれて。それで勘違いしていた部分もあったのでしょう。退団後は、芝居について思い悩むことが多くなりました。
自分へのダメ出しが止まらないと言いますか、演出家に指摘されたわけでもないのに、「もっとできるはずだろう!」と自分を追い込んでしまうんです。
なかでも精神的にキツかったのは、ミュージカル『メリー・ポピンズ』に出演していた2018年頃。思い描く自分と現実の自分とのギャップに、限界を感じてしまって。もう役者をやめようかとか、ほかに何かできることはあるだろうかとか、そんなことばかり考えていたある日、「柿澤さん、芝居しましょうよ」と声をかけてくださったのが、三谷幸喜さんでした。
僕は『メリー・ポピンズ』でハッピーに歌って踊る煙突掃除人・バートを演じていたのですが、それを見た三谷さんは「僕のシャーロック・ホームズがいた!」と思ってくださったそうで。なんと、三谷さん作・演出の舞台『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』の主演に抜擢してくださったんです。
「バートが笑えば笑うほど泣けてくる。それが孤独や悲しみ、闇を抱えているシャーロックと重なった」というのが、キャスティングの理由だったと聞きました。三谷さんには、ニコニコしている僕がひどくかわいそうに見えたらしいんですね(笑)。「あんなに陽気な役だったのになあ……。この人はほかの人と観点が全然違うんだ」と、心底驚いたことを覚えています。
三谷さんに誘っていただいたおかげで、どん底でもがいていた自分がまた前を向くことができた。あの時の出会いが、僕のターニングポイントになったことは間違いありません。そして今回、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で3年ぶりにご一緒する機会をいただきました。常に新しい景色を見せてくださる三谷さんは、まさに僕の恩人です。

「今年で35歳。甥っ子が2人いて、ものすごく可愛いんですよ。毎週のように会って遊んでいます。結婚に焦ってはいませんが、憧れはありますね」
源実朝の終焉の地、鶴岡八幡宮へ
『鎌倉殿の13人』では、源頼朝と北条政子の次男として生まれ、12歳で征夷大将軍の座に就いた源実朝を演じます。早くに父を亡くし、二代将軍となった兄・頼家も追放されたことで第三代鎌倉殿に据えられ、責務を果たしている最中に28歳という若さで暗殺されてしまう。
一言で言えば、儚く悲しい人生を送った人ということになるのでしょう。台本を読んで、一生懸命生きていただけなのにパワーゲームに巻き込まれて命を落とす、本当にかわいそうな人だという印象を受けました。
役作りのために、とにかく実朝について書かれた資料や論文を読み込みました。兄の頼家は思ったことを口に出し、やりたいことをやるタイプですが、実朝はそうじゃない。静と動で言ったら完全に「静」の側の人間です。文献では、弱々しく政治に興味がない人物として描かれていることが多いようですが、実際は自分の考えがしっかりあるけれど、表に出さなかっただけなのでは、と……。
三谷さんも実朝には深い思い入れがあるそうで、オファーをいただいた昨年の春には一緒に鎌倉へ行き、お墓参りをしてきました。最期を遂げた鶴岡八幡宮でご祈祷を受けて、由比ヶ浜を散歩して。その時に実朝の人物像について話をしましたが、三谷さんも「彼はすごく賢くてピュア。本当にいい子だったんだと思う」とおっしゃっていましたね。
実朝を演じる時は意識的に声量を落としているので、ドラマを観た方は「本当にこの子で大丈夫なの?」と、頼りなく思うかもしれません。しかし、ある出来事をきっかけに言動も変化していく――その成長物語にぜひ注目してほしい。
和歌が好きで、あんな殺伐とした時代に生まれなければ穏やかに過ごしていたであろう彼の生涯を思うと、無念でなりません。観てくださる方々にも彼の人生を感じていただき、応援してもらえたら嬉しいです。
祖父の言葉を思い出して
撮影も順調に進んでいます。途中参加ですし、アウェー感があるのかなと少し心配していたものの、全然そんなことはなくて。主演の小栗旬さんをはじめ、皆さんあたたかい方ばかりで、「本当に大河ドラマの現場なの?」と思ってしまうくらいアットホーム(笑)。毎日、撮影に行くのが楽しいです。
共演者のなかには、映画を中心にやってきた方もいれば、歌舞伎の世界で芸を磨いてきた方々もいて。それぞれ持っている強みが違うため、現場ではそれらがぶつかり合い、火花が散っている。和気あいあいとしたなかにも凜とした緊張感があり、ものすごく刺激的で勉強になります。
この仕事が向いているかと聞かれると、正直今でもよくわかりません。この世界に入ると決めた時、祖父から「役者というのはお金を稼げる仕事ではないし、外から見えるほどキラキラした世界でもないぞ」と言われたんです。やはり芸の道の厳しさを知っている人は違いますね。今になって、やっと祖父の言葉を本当の意味で理解できるようになりました。
僕自身、たまに祖父や曽祖父の血みたいなものを感じることもありますが、何年やっても芝居は難しい。「ハッピーで楽しい」「心から満足」という経験は、これまで一度もありません。今だって現場は楽しいけれど、「この演技でよかったのか?」と常に己を疑っていますから。とはいえ、そもそも正解のない仕事なので、この先もそうした迷いから解放されることはないのでしょうね。
今年で35歳。甥っ子が2人いて、ものすごく可愛いんですよ。毎週のように会って遊んでいます。結婚に焦ってはいませんが、憧れはありますね。
両親は僕が『鎌倉殿の13人』に登場するのを楽しみにしていて、登場人物の相関図を見ては「いつから出るの?」と聞いてきます。本当に嬉しそうで、ちょっとした生きがいになっているんじゃないかと思うほど(笑)。いろいろと心配をかけている息子ですが、少しは親孝行できたかなと思っています。

