大相撲の元関脇・長谷川で「史上最強の関脇」と言われた元秀ノ山親方の長谷川勝敏(はせがわ・かつとし)さんが5月31日午前8時40分に膵臓(すいぞう)がんで亡くなったことが8日、分かった。日本相撲協会が発表した。81歳。北海道空知郡栗沢村(現岩見沢市)出身。葬儀・告別式は家族葬で執り行った。

 1960年春場所で初土俵を踏み、65年初場所で新入幕。左四つからの速攻や足技を駆使し「上位キラー」として活躍した。関脇だった72年春場所では12勝3敗で並んだ平幕・魁傑との決定戦を制し優勝。獲得した金星は9個。関脇21場所、小結9場所で三役は通算30場所も務めたが大関には届かなかった。

 現役中は本名の四股名で取り続け、76年夏場所で引退。年寄「秀ノ山」を襲名し、佐渡ケ嶽部屋の部屋付きとして後進を指導した。2006年には相撲協会の理事にも選出され、名古屋場所担当部長を2年務めた。