断熱材を保管している、住宅建材を工務店などに販売する会社の倉庫。中東情勢悪化で供給不足や価格高騰といった影響が出ている(写真:山陽新聞/共同通信イメージズ)


 米国とイランの衝突を受け、原油価格およびナフサ価格が高騰している。これは、単なる燃料コストの問題にとどまらない。特に建設業界では、断熱材、防水材、接着剤、樹脂製品、塗料、配管材など、石油由来製品への依存度が高い。

 これまで日本の住宅供給は、比較的安定した建材供給と価格環境を前提に成立してきた。しかし、原油・ナフサ価格の急騰と供給制約の長期化は、建材価格や物流費を通じて住宅価格や工期にも波及し、「固定価格・固定工期」という建築請負契約を前提とした住宅供給モデルを揺るがし始めている。

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IEAデータが示す石油供給量「日量1010万バレル減少」の衝撃

 WTI原油先物価格は2026年3月9日に1バレル119ドルを超え、ナフサ価格は4月7日に1トン当たり1010ドルを上回った。いずれも2026年初比で8割超の上昇である。

 原油市場では価格変動幅が大きくなっており、企業側も従来通りの価格設定や在庫運営を維持しにくくなっている。帝国データバンクが4月に実施した調査では、原油高騰や供給不安について、9割超の企業が「マイナスの影響がある」と回答した。

 IEA(国際エネルギー機関)が4月に公表したデータによれば、世界の石油供給量は、衝突開始前と比べて日量1010万バレル減少している。

 米国とイランは戦闘終結に向けた協議を進めていることを認めているものの、産油国の石油関連施設は深刻な被害を受けている。仮に戦闘が明日終結したとしても、一部の施設の供給能力の回復には時間を要する。また、施設が復旧したとしても、ホルムズ海峡を従来通り安全に通行できる保証はない。

 市場は今回の事態を「一時的な価格高騰」ではなく、「供給不安の長期化リスク」として見始めている。

 米ダラス連邦準備銀行が、石油・ガス企業の経営幹部に対して4月中旬に実施したアンケートでは、「ホルムズ海峡が正常化する時期」について、「2026年8月」が39%で最多となり、「2026年11月」が26%で続いた。また、「今後5年以内にホルムズ海峡閉鎖などの地政学リスクが再発する可能性」については、「可能性が高い」が48%、「やや可能性が高い」が38%を占めた。

「売れば売るほど赤字」に陥る石化メーカー、限界を迎えた企業努力

 これまで日本国内では、原油価格変動リスクを、主に石油由来製品を製造する石化メーカーが一定程度吸収してきた。原材料価格については四半期平均による事後調整を行う一方、製品価格には将来の価格変動を織り込むことで、価格変動の影響を和らげてきた。

 しかし、現在の原油・ナフサ価格上昇は、企業努力のみで吸収できる水準を超えている。特に国家備蓄対象外であるナフサの影響は大きい。

 政府は原油備蓄や代替調達で一定の対応は可能としているものの、その調達価格は平時の2倍超に達するとされる。つまり、石化メーカーは、製品価格を据え置いたままでは、売れば売るほど赤字になる。製品の販売停止や値上げが相次いで発表され、製品価格を後付けで調整する「サーチャージ型」の価格設定を公表する企業も出始めた。

 建材供給についても、サプライチェーン上流の停滞を無視できない。多くの建材が石油由来製品に依存しているうえ、物流費や電力コスト上昇も重なり、建築コスト全体を押し上げている。

 実際、建材メーカーの多くは、1〜3割の製品価格改定を公表している。市場では、原油・ナフサ価格の高止まりを見込む声も多い。建材価格についても、今後さらなる値上げや供給停止が繰り返される可能性もある。

大手は事前調達で在庫を抱える方向へ、完成建物価格は1割以上上昇の見込み

 建材の値上げと供給制約は、建設事業者の経営リスクを急速に高めている。

 従来、住宅の建築請負契約では、まず、期限を設定した見積書を注文者に提示し、その内容について合意したうえで契約書を締結していた。その際、設計前の段階から建材価格を概算で織り込み、完成建物価格を約束し、工期を一定程度固定したうえで契約を締結してきた。

 建築資材はジャスト・イン・タイム方式で調達され、工事進捗に応じて現場へ搬入されることで、在庫コストや運搬コストを抑制してきた。

 また、建設事業者は通常、複数現場を並行して動かしている。建設現場では、専門技能を持つ職人が工程ごとに分業し、工事完了後は次の現場へ移ることで、工事全体の効率化を図ってきた(別掲の図参照)。

ジャスト・イン・タイム型建設の流れ(筆者作成)


 しかし、供給制約により一部の建材の到着が遅れると、建物全体の工期に影響が及ぶ。加えて、2024年以降は労働時間規制強化によって残業対応が難しくなっており、人手不足から追加人員確保も容易ではない。

 本来は次の現場へ移動予定だった職人を現場に留め続ける必要が生じるため、追加人件費も発生する。このため、一つの現場の遅延が別現場へ波及するケースも増えやすい。

 建設事業者の資金面では、建築資材調達前に完成価格を固定した場合、現在のように工事期間中の建材価格上昇によって、赤字が発生するリスクが高まる。また、一部でも建材供給が停止すれば全体の工事を完了できず、引き渡し遅延や損害賠償リスクも発生する。

 リスクを回避するために、資金力のある大手事業者は、建築資材を事前にまとめて調達し始めている。しかし、それは一定在庫を抱える方向への転換と、保有コスト増加を意味する。建材価格上昇に加え、在庫費用や工期長期化コストも上乗せされることで、完成建物価格は2026年初比で1割以上上昇することが見込まれる。

「見えない部分」で仕様変更も? 住宅ローン利用者が迫られるコスト調整

 このような環境変化を受け、見積書の期限に関する慣行や、今後締結する建築請負契約の内容の見直しが進んでいる。

 従来は、提示した見積書の価格を数カ月据え置くことが一般的であった。しかし、建設事業者は将来の建材価格を見通せず、見積価格を長期間維持できない。今後は見積書の有効期限を短縮し、契約時点の資材価格を反映して完成建物価格を予定する慣行へと変わるだろう。

 契約書に盛り込まれる条文も追加されることになろう。主な変更点は、「資材価格変動条項」、「仕様の免責条項」、「工期延長免責条項」である。

 資材価格変動条項は、建材価格が大幅に変動した場合、建設事業者のみが一方的にリスクを負担することを避けるため、完成価格見直しなどを可能とする条項だ。追加費用の支払いはコストが確定した建物の完成・引き渡し時となる。つまり、注文主にとっては、最後まで支払総額が確定しない。

 仕様の免責条項は、価格調整が難しい場合には、設備仕様変更や代替材利用によってコスト上昇を吸収し、当初予定していた仕様や品質を維持できない場合の免責を認める条項だ。特に住宅ローン利用者では、契約後の金額変更が難しいため、完成価格そのものを変更するよりも、設備グレード変更や代替材利用によってコスト調整を行うケースが増えそうだ。

 その際、デザインなど目に見える部分よりも、断熱性能や配管、防水など、完成後すぐには気づきにくい部分で仕様変更が行われる可能性もある。建設事業者とは、工事期間中も継続的に情報共有を行う必要が高まるだろう。

 工期延長免責条項も重要性を増している。これは、建材メーカーによる供給停止など、建設事業者の責任によらない事情で工期が遅延した場合、建設事業者の責任を一定範囲で免除する条項だ。注文者に発生した仮住まい費用などについても、従来のように建設事業者側が個別協議で負担する対応は難しくなりそうだ。

 なお、マンションについても、建材価格上昇や供給停止による影響は避けられない。ただし、注文者は住宅購入者ではなくデベロッパーであるため、工事途中のコスト上昇リスクや供給停止リスクは、デベロッパーが負担することになる。

 このため、建物完成まで販売価格が確定しにくくなり、引き渡しまでの期間が長期化するケースも増える可能性が高い。販売方法も、従来の「青田売り」中心から、「完成後販売」中心への移行が進むだろう。

フルローンは危険? 値上がり局面だからこそ求められる慎重な判断

 つまり、従来当然視されてきた「固定価格・固定工期」という住宅の建築請負契約の常識そのものが揺らいでいるのである。こうした変化の中では、住宅注文者側にも、従来と異なる対応が求められる。

 第一に、価格上昇を理由に拙速な契約判断を行わないことである。現在は建材価格や供給状況が不安定な局面である。確かに建築コスト上昇は続く可能性が高く、注文者側も一定の負担増加は避けられないだろう。数カ月後の建材価格上昇前に駆け込むメリットもそれなりにある。しかし、それを理由に契約を急がせる提案には注意が必要であり、十分な説明を受け、納得の上で契約することが重要だ。

 第二に、一定の自己資金余力を持つことである。今後は建材価格の上昇や仕様変更によって、契約後に追加費用が発生する可能性が高まる。当初予算をフルローンで調達する前提ではなく、建物引き渡しまで一定の予備資金を確保しておくことが望ましい。

 第三に、契約条項を十分確認することである。「資材価格変動条項」、「仕様の免責条項」、「工期延長免責条項」などについては、まだ慣行が定まっていない。契約ごとに建設事業者が負う責任の内容が違う可能性がある。必要に応じて、法律をよく知る専門家へ相談する姿勢も重要になる。

 原油・ナフサ価格高騰と石油由来製品の供給制約は、建設事業者にとっては無視できない経営課題である。それが、建設業界の住宅供給モデルを変化させ、請負契約の内容の変化を促している。

 注文者側も無関係ではいられない。多くの家計にとって、住宅購入は30年を超えるローンを伴う契約である。今後は建築コスト上昇だけではなく、契約条件や工期リスクも含めて住宅取得を考える必要があるだろう。

筆者:渡邊 布味子